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2章 夏休み。
85.成功したら
しおりを挟む(未来斗side)
「これと、これ…………あとこれ下さい」
「かしこまりました!ご注文繰り返しますーーー」
注文は優馬がしてくれた。
店員さんがいなくなってから、
「ねえ澪、澪は注文1人出できる?」
「はぁ?出来ないわけないじゃん」
優馬が澪にそんなちょっかいをかけて、澪は水を飲みながらジト目で優馬を睨んでいた。
「そういえば澪、中1までは注文1人でできなかったよな!」
「み…未来斗!」
俺も一緒にからかっていると、ふと……郁人の足元の箱の中に置かれた袋が、目に入った。
(あ…………あの本、知ってる)
袋…………その中身に、知っているアニメの表紙が見えた。
(確か、病弱な女の子と、その後の病室に毎日来てくれる不思議な男の子の話…………)
郁人って、あういうのも読むんだ…………
(そういえば郁人と出会ったのも病室だったっけ………あの頃は本当に大変だったな……確か……)
なんてしみじみ思いながら、その本から視線を逸らした。
ーーーーー
祖父のお見舞いに来る度に郁人の病室に遊びに行って、何日もの時が過ぎた。
「そういえば郁人、俺達今週から年長組になったんだぞー!!」
広い病室の中にいつものように果物の皮をむく郁人のお母さんと、ベッドの上で上半身だけ起こして俺の話を聞いてくれる郁人、そしてベッドの横の椅子の上に行儀悪く座っていつものように世間話をする俺。
今週は、俺達が年長組になった日だった。
「にゅうえんしき?があって!俺達より小さい子がたくさんきたんだぞ!!」
「そうなんだ…………僕も……行きたかったな…………」
その言葉で、ハッとした。
(そっか……郁人は、行けないんだ)
それなのに俺は、毎日毎日幼稚園や外で起こったことを楽しげに話していた。
郁人も、近くで聞いていた郁人の母親も、俺の事をどう思っていたんだろう。
しばらく沈黙が続いていると、
「…………み……未来斗にだけ、言ってもいいかな…………」
郁人が、そう呟いた。
「えっ、なに?!」
「そうね、…………あのね、未来斗くん」
すると、郁人のお母さんが…………果物を切る手を止めて、俺の元へ来た。
なんだろうと思ってお母さんを見ていると、お母さんは少しだけ微笑んで、
「郁人ね、来月に大きな手術があるの。それが成功したら退院…………幼稚園にも、行けるようになるんだよ」
優しい声で、嬉しそうに…………でもその声は、少し辛そうで、
でも…小さい俺には、そん事わからなかった。
「……ほんと!!?郁人と一緒に幼稚園いけるの!!?」
なんて…………
お母さんは、小さく微笑んだ。
「うん!だから応援して欲しいな。」
「わかった!!郁人……がんばれ!!」
郁人の方を振り向いて、俺はにぱ、と笑ってみせた。
「…………う、うん」
郁人の表情は、少しだけ曇っていた。
ーーーーー
今更分かったことだけど、あの手術の成功率はとてつもなく低かったらしい。
失敗したら助からない。寿命は長くなく、死ぬまでずっと病室の中。
そんな…………リスクの高い手術で、郁人たちが素直に喜べるわけ、なかった。
「今度は話すだけじゃなくていろんなことして遊ぼう!かくれおにとか、あ、そういえばいつも1人で遊んでる子がいて………その子にも声かけたい!」
「うん……ぼくも、未来斗といっぱい遊びたい……!」
そう言って笑いあったあの日の翌週。
祖父が………………亡くなった。
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