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3章勇者、本格始動。

20話旅立ち前のあれこれ。

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「さて、と」

俺は今本格的に旅をする為に準備を整えている。
あの後、結局また騎士団がロネースル何でも屋本部に押し掛け、俺に免税の書面を押し付けて去っていった。
それぐらい一人で来いよ・・・。
ともあれ、俺は賞金も報酬も受け取り、この国にいる理由もなくなったわけだが、いざ旅立ちとなるとちょっと寂しいな。
リフィルには泣かれるし、ヴィクトリアを代わりに残していこうとも思ったんだが、そこはヴィクトリアの本気の抵抗により没になった。

「そろそろ本格的に魔王の一体でも倒すのを目標にしても良い頃合いかもな」

魔王と呼ばれる存在は世界各地に入るっぽいし、この近くにいる奴に狙いを定めてみるか。
その前に勇者養成所に顔を出して行っても良いが・・・。
いや、止めておこう!!
あそこに帰るのは魔王を倒して一人前になってからだ!!

「じゃあまずは隣の国でも目指してみますかね」

この国からまっすぐに向かえばニコスタリアがあるが・・・実はその中間で横に曲がればオーブエンと言う別の国に行ける。
しかもそっちのほうが地味に近い。
よしっ!!最初はそこにするか!!

「魔王の情報はオーブエンに着いてから調べるとするか!!」
「ワンッ!!ワンッ!!」
「ん?どうした?ヴィクトリア?」

ヴィクトリアが何か紙切れのようなものを咥えて来た。

「何々・・・?祭り・・・?」

あぁ!!そう言えばそんなものもあったな!!
・・・出発、遅らせちゃおっかな・・・。
せっかく泣いて送り出してくれたリフィルには悪いが、俺はこの異世界をエンジョイしたいのだ。

「出発は今日の祭りを楽しんでからでも良いかな!!」
「ワンッ!!ワンッ!!」

俺は荷物と可愛らしい相棒を背負って町の喧騒の中に繰り出すのであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~ローイ視点~

「ふぅ・・・疲れたねぇ・・・」
「そうね・・・まさか旅立ちまでにこんなに時間がかかるなんてね・・・」
「ラーフの家がある山であんなに吹雪が・・・」
「私の・・・せいじゃ・・・無いわよ・・・?」
「そんな事分かってるよ。でも、早めにロードネス王国に向かった方が良いかもね」
「何で?」

ベルンが急かして来る。
ロードネス王国で何かあっただろうか?

「祭りがあるじゃないか」
「あぁ!!お祭りか!!」
「でもよ、俺達に祭りを楽しむ余裕なんて無ぇぜ?・・・主に金銭的な意味で・・・」
「あぅ・・・」
「だからあれほど私の家から援助しますと・・・」
「それはダメ。皆で使うお金は皆で稼いだものだけって決めたでしょエイリー」
「え~・・・」
「ロッド君ならきっとそう言うだろうね」
「援助なんて糞食らえですわ!!」
「エイリー!!品性!!」

そんなこんなで旅立ちまで時間がかかった挙句に吹雪の対策のせいでお金を使い果たし、貧乏パーティーになってしまっているのが現状である。
ロッド君がいればきっとこうはならなかったんだろうなぁ・・・。

「ふっふっふ・・・」
「どうしたベルン?気持ち悪い笑い方してもイケメンなだけだぞ?」
「これを見てくれ」

ベルンが取り出したのは一枚の紙切れ。
そこには『闘技大会』『賞金在り』『ランダムタッグ戦』『団体戦』受付中と書かれていた。

「賞金・・・?金貨10枚!?」
「それに一級の鍛冶師が打った二本の剣が貰えるらしい」
「マジかよ・・・お宝じゃねぇか・・・」
「参加するしかないわね・・・いつなの?」
「今日だね」
「バッカお前!!こう言うのはもっと早く言えって!!」
「ごめん、僕もさっきこの紙を拾ったんだ」
「とにかく急ごう!!まだ時間はあるよね!!」
「「「「「おう!!」」」」」

こうして僕たちは持てる力の限りロードネス王国に走ったのでした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~ロッド視点~

「んめ、んめ」
「ハフッ!!ハフッ!!」

俺とヴィクトリアは屋台で目に付いた食べ物を片っ端から食っていた。
それにしてもこの仮面、着けたまま食事が出来るのが本当デカいな。

「ん?もう食い終わったのか?」
「ワンッ!!ワンッ!!」
「3個か?串焼き3個ほしいのか?3個・・・イヤしんぼめ!!」
「ワンッ!!ヘッヘッヘ・・・!!」

どこかで聞いたことのあるようなセリフを吐いていると、誰からか声を掛けられる。

「お、あんた・・・その仮面に黒いもこもこの子犬・・・『負け犬』か?」
「え?あぁ、そうだけど?」
「この王国を救った、まさに救国の英雄に会えるなんてなぁ」
「よせやい照れるぜ」
「実は俺もあの場にいたんだがな、皮剥ぎ、どうにも奴は他のS級冒険者から受けたダメージが見えなくてなぁ・・・」
「確かにそうだな」
「あんたのおかげで生きてるようなもんだよ、ほれ、何か奢らせてくれよ!!」
「あぁ、悪ぃな」
「良いって事よ!!・・・それより、あんた、出るのかい?」
「あぁ?何に?」
「決まってんぜ!!『闘技大会』だよ!!」
「あぁ、でも、俺タッグ組む奴も居無いし、団体戦にも出れ無いし・・・」
「タッグ戦は完全ランダムでタッグを決められるし、団体戦は一人から出られるぞ」
「じゃあ、こいつは?」

俺は未だ咀嚼中のヴィクトリアを抱き抱えて聞いた。

「テイマー何かが良く魔獣やペットを戦わせてはいるが・・・」
「じゃあ出てみようかな」
「おっしゃ!!そう来なくっちゃ!!皆ー!!聞いてくれ!!『負け犬』が『闘技大会』に出るってよー!!」
「な!?」
「おい!!嘘だろ!?」
「マジで!?」
「絶対見に行くわ!!」
「俺達のヒーローだもんな!!」
「あいつほど薬草積むのがうまい奴を俺は見た事が無ぇ!!」
「それは多分あんまり関係無いぞ!!」

ちょ・・・マジかぁ・・・。
住民共は勝手に盛り上がって勝手に俺のエントリーシートを提出する始末。

「『闘技大会』はこの祭りの目玉でもあるからな!!この国に限らず全国の猛者共がこれ目当てでこの国に集まるんだ!!」

やっべええええええええ!!
そんなんS級冒険者のパーティーとか来られたら詰むんだが!!

「じゃあ開始は昼の2時30分からだ!!」
「・・・おう」

時間まではもう間も無く。
俺はせめて自分のタッグが強い事を祈るのだった。

~2時30分~

「あばばばばばばばば・・・」
「らしくねぇな」
「だってよ、ゲンさん、誰が敵でだれが味方かわからないんだぜ?」
「そうだな」
「ゲンさんにタッグになって欲しいなぁ・・・」
「俺は出場し無ぇからな」
「あばばばばばばばば・・・」
「しっかりしろって!!ほら、こっちに向かって来る一団、あのうちの一人がお前のタッグなんじゃねぇか?札持ってるぞ?」
「へぁ?」
「あ、あの!!あなたがアンダーさん!!で!!よろしいでしょうか!?」
「あ!?」
「ひっ!?」
「おい、どうした?アンダー?」

間違い無い。
忘れるはずも無い。



・・・ローイ。

俺の目の前に立つのはかつて俺を裏切り、お仲間・・・と旅に出た俺の元幼馴染、ローイ・ロスその人だった。

「あ、あの、何か?」
「おい、アンダー!?アンダー!!どうした!?」
「いや、何でも無い・・・何でも無いんだ・・・」

・・・そうだ、何でも無い。
今の俺はアンダーだ。
アンダー・ドックだ。
ロッド・ウィルソンじゃ無い!!
深呼吸しろ。
落ち着け。
・・・落ち着け。

「大丈夫か?」
「あ、あぁ、もう大丈夫だ」
「まだ体と腕の調子が・・・」
「いや、平気だ。心配しないでくれ」
「あ、あの・・・」
「あぁ、すまねぇ、こいつがアンダーで合ってる。『負け犬』にして救国の英雄、アンダー・ドック様と言えばこれこの人よ!!」
「わたっ・・・僕はローイです、ローイ・ロスです。こっちは僕のパーティーの仲間です」
「ども」
「よろしくね」
「どうも」
「よろしくお願いしますわ」
「よろしく・・・」
「あぁ、よろしく」

俺は誰よりも見知った奴らの自己紹介を聞いて回った。
噛み締めた口の端から垂れた血を啜りながら挨拶をする。

「それにしても救国の英雄ねぇ・・・どっちかっつーと『負け犬』の方がぴったりと来るな・・・」
「こらっ!!ゲイン!!」
「す、すいません!!僕の仲間が!!」
「いや、気にして無い」
「アンダーさーん!!ローイさーん!!出番ですよ~!!」
「お、お前らの出番っぽいぞ!!行って来い!!」
「おう、ゲンさん!!」
「よろしくお願いします!!」
「足を引っ張るなよ」
「はいっ!!」
「ッチ!!」

俺はローイを置いて闘技場までの通路を進む。
暗い通路を抜けると眩い光が差す。
目を手で覆いながら円形状の闘技場の真ん中に来る。
そこには既に相手のタッグが立っていた。
鎖付きの棘付きの鉄球を持った大男と、大きく湾曲した長刀を持った男だ。

「あれが・・・」
「あぁ」
「へっ、チビに『負け犬』か」
「救国の英雄何て呼ばれてるからどんなもんかと思ったが、これなら楽尚そうだな」

お相手は相当こちらを舐めている様子。
これは負ける訳にはいかないな。

「それでは皆さんお待たせしました!!次のカードは、力自慢の大男、モッボォとテクニック重視の速撃師、ザーコー選手!!相対するは勇者期待のニューフェイス、ローイ・ロス!!そしてぇ!!我らが救国の英雄!!たった一人でS級賞金首に立ち向かい、これを倒した冒険者!!『負け犬』のアンダー・ドックだぁああああああああああああ!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」

何か俺の紹介だけ長くない?

「それでは、スタートです!!」

実況のような人物が空に放つ魔法が弾け、勝負が開始された。
先ずはローイと相手の刀を持った男が素早く駆け出し、激突した。
おいおい、ローイの奴、勇者武器を使っていないじゃないか。
今使ってるのは普通の鉄の剣だ。
両者、激突した直後に大きく飛び退き、間合いを取る。

「そっちは不味い!!」
「え?」

ローイが飛び退いた先には大男が振り下ろした鉄球が丁度迫っていた。

「どけっ!!」
「うぁあ!!」

俺は着地直後に硬直し、動けないと悟ったローイを思い切り蹴り飛ばした。

「なっ・・・!!今の見た!?あいつ、ローイの事蹴り飛ばしたわよ!?」

観客席からアンナの声が聞こえてくるが、無視。
安全な方向に蹴り飛ばしたので平気だろう。
俺は振り落とされた鉄球を鎖を掴んで何とかそらし、そこに迫っていたもう一人の男の斬撃を躱す。
鉄球男が鎖を手繰り寄せている隙に刀男にパンチを放つ。
しかし、これはフェイク。
後ろに仰け反る様に避けようとした刀男の背後に素早くホバー移動で回り込む。
そして、腰あたりに思いっきり掌底を放った。
刀男の腰骨がミシミシと悲鳴を上げる。
その勢いに任せて吹き飛ばされた刀男。
俺はホバー移動でそれに追いつき、襟首をつかむ。

「あぁ!!」
「わっ!?」

体制を立て直したローイに向かって鉄球が再度振り落とされる。
そこに思いっきり刀男を投擲した。
鉄球はローイよりも先に刀男に当たり、その勢いを消した。
既に気絶している刀男を大男に向かって再度投げる。

「何だあの戦い方・・・」
「それにあんな動き見た事無いよ・・・」

大男は飛んで来た刀男を薙ぎ払い、鎖を巻いた拳を振り上げて走ってくる。

「死ねっ!!」
「避けろ!!」
「ッ!?」

大男の拳はローイを狙うが、これを回避、拳は地面にめり込んだ。

「シッ!!」

大男は地面にめり込んだ拳を引き抜き、薙ぎ払うようにローイに追撃をかける。

「させるか!!」
「なっ!?」

俺はその太い腕を抱えるようにして止める。
これで男の背後はがら空きだ。
流石にその意図はローイにも伝わったらしい。

「今だ!!」
「はぁあ!!」
「ぐぇ!?」

ローイは剣の腹で大男の後頭部を殴りつけ、昏倒させた。

「勝負あり!!勝者!!ローイ、アンダーチーム!!」

実況に合わせて観客も大きな歓声を上げる。
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶローイを見つつ、俺は次の対戦の準備を始めた。

そんなこんなで俺の活躍もあり、タッグ戦では危なげ無く・・・は無いな。
主にローイを庇いつつ、蹴り飛ばしつつ、優勝に導いた。

「痛たた・・・でもこれで賞金が貰えるんだよね!!」
「やったじゃない!!ローイ!!これで極貧生活ともおさらばね!!」
「うんっ!!」
「おう、アンダー!!優勝か、まぁ、俺はそうなると思ってたけどな!!」
「あぁ、ゲンさん、ありがとう」
「・・・ちょっとあんた!!」
「あ?」
「ローイの事蹴り飛ばしまわした事、許したわけじゃないから」
「はぁ?」
「ちょっと、良いよアンナちゃん!!」
「良くないわよ!!あんた味方の事を何だと思ってるわけ?」
「じゃああのまま鉄球につぶされたほうが良かったのか?」
「何ですって?」
「ローイ、お前は反応速度は良いが、避ける方向を考えた方が良い。相手が複数いる場合、常に相手の攻撃範囲に気を配って回避しないと危ないぞ」
「え?あ、はい!!」
「何であんたなんかにそんなこと言われなきゃなんないのよ!!」
「じゃあお前は何とか出来たのか?」
「ぐぬぬ・・・」
「ははは、それぐらいにしといてやれよ、アンダー。・・・お前が何にイラついてるかは知らねぇが、あまり良く無ぇ態度だってのは分かってるな?」
「あぁ、ごめん、ゲンさん、ちょっと俺もおかしかった」

気が付けば昔の様に指導してしまう自分がいる一方で、単純にこいつらに悪意をぶつけたいだけの自分もいる。
ゲンさんのおかげで冷静になれた。

「さて、と次は団体戦だぜ?」
「あぁ、行ってくるよ」

俺は団体戦の対戦カードを見たのだが・・・。
え?全員辞退?
どうやらタッグ戦で徹底的にやりすぎたようで、タッグ戦から団体戦に出ようとしていた奴らが全員のびてしまって、参加者がまさかの俺一人と言う・・・。

「えぇ・・・」
「お前さん、どうすんだ?」
「どうすんだって言われても・・・」
「ねぇ、ローイ」
「え?」
「あぁ、アンナ、お前の言いたいことは大体わかるぜ?」
「僕も」
「私もですわ」
「アンナ・・・そう言う・・・顔・・・してる・・・」


「その団体戦、あたし達が参加するわ!!」
「はぁ」
「良い?あたしたちが本領を発揮するのはパーティーの時なんだからね!!」
「じゃあ一人になったときはどうするんだよ?」
「うるさいわね!!あんたなんてパーティー組んでくれる相手もいない一人ぼっちじゃない!!」
「ぐっ・・・うぅ・・・ゲンさぁん・・・」
「負けんな」

ゲンさんが冷たい・・・。
・・・ここは俺の実力を見せつけるためにもヴィクトリアには頼らずにこいつらに勝つ!!

「闘技場で合おう・・・」
「ふんっ・・・精々吠え面かか無い事ね!!」

こうして俺は時間ぎりぎりまで準備をして闘技場に向かった。

「待たせたな」
「良く逃げなかったわね」
「この人数差でやるのは気が引けるけど・・・全力で行くよ!!」

ジャキッと音を立てて特徴的な武器を構える勇者軍団・・・っておい!!
それ、勇者武器だろ!?

「ふふっ・・・どう?怖気付いたかしら?」
「・・・」

俺は無言で拳を握り、ファイティングポーズを取った。

「「「「「「なっ!?」」」」」」

俺が武器を持た無いのがそんなに意外だろうか?

「余裕なのか諦めか・・・」
「どちらにしろ、射抜けばそんなの関係無いわ!!」

行き成り放って来た矢を体をひねって避ける。
複数の矢のうちの一本を掴み、魔法を詠唱し始めたラーフに投擲する。
勿論それは肉壁に阻まれる。
いつの間にか近付いて来たベルンが槍を突き出して来る。
避けたと思ったその槍の切っ先から暴風が吹き荒れ、吹き飛ばされる。

「良し!!」
「今よ!!」

空中に投げ飛ばされた俺に容赦無く矢の雨が降り注ぐ、も、俺はホバー移動で全てを躱す。
そのまま空中を滑り、真上に位置取る。
全員がこちらを向いた瞬間にその場から一気に移動する。
すると・・・。

「うぉっ!?」
「ま、眩しい!?」

見事に目くらましが決まった。

「ファ、ファイアボール!!」
「よっと・・・」

ラーフが打ったファイアボールがこちらに向かう中、俺は懐から袋を取り出す。
それを空中で放り投げて魔法を詠唱する。

「アースシールド!!」
「空中で土魔法!?」

ごく微量ではあるが、袋の中には砂が入っており、それを使用する事で空中でも土魔法が使えると言う訳だ。

「でも、そんな薄さじゃ・・・!!」

そうだ、土魔法の強みは圧倒的な物量。
これだけの薄い盾ではすぐに破られてしまうだろう。

「ファイアボール!!」
「これで・・・!!」
「あぁ、破れるだろうな」
「待て、様子が・・・!!」

ラーフの放った二発目のファイアボールは見事に俺のアースシールドと相殺した。
そう、砂の盾を唯の砂に戻したのだ。

「ウィンド・カーテン!!」

盾の後ろでは既に魔法の準備は済んでいた。
威力は無いが、効果範囲のデカい風魔法だ。
唯の砂と風魔法。
そして頭上で相手は皆こちらを向いている。
これが意味する事は・・・。

「ぐぁあ!?目に砂が!?」
「目だけじゃない・・・空気中に砂が待ってるせいで・・・魔法が・・・唱えにくい・・・!!」
「皆!!待ってて!!直ぐに僕の槍で!!」
「させるかよ!!」
「ぐぁああ!?」

ベルンに思いっきり飛び蹴りをした。
この調子でいけば楽勝だな。
俺は小細工を挟みつつ、遊びながら戦うのであった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

一方その頃、その戦いに一人見入っている女がいた。
『断絶姫』ティア・エンブレム。
S級冒険者であり、切れぬものは無いとまで言わしめた剣姫。
膝まで伸びた色素の薄い灰色の髪に整った顔立ち、抜群のプロポーションから剣の女神とまで言われている。
そんな彼女が今、たった一人の冒険者の戦いに釘付けになっていた。

「何だ、あの戦い方は・・・」

それは彼女が今まで見た事の無い技術の連続だった。
いや、そもそも、どうやって空中に留まり続けているのだ?
『負け犬』の多彩な戦い方。
それは今まで一本の剣筋を極め、無駄をひたすらそぎ落とし、鋭さを増すと言うまさに一枚の刃のような生き方をしてきた彼女にとってはひどく新鮮に映るものだった。
もっと近くで見たい。
そう思ってはいてもたってもいられなくなる。
気が付いたら幼い子供の様に身を乗り出して見入っていた。
咳払いをしてそれをごまかしつつ、冷静に名前を思い出す。

「『負け犬』のアンダー。アンダー・ドックか・・・ふふっ、覚えたぞ・・・」

こうして彼女は花の匂いを嗅いだ乙女の様に軽やかに微笑むのであった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」

もう20分もたっただろうか?
明らかにローイチームの動きが悪くなってきている。

「ま、魔力が・・・無い・・・」
「腕が・・・」

各々弱り切っているようだ。
これならあと一押しで行けるだろう。

「じゃあ止め行くぞー」
「くっ!!舐めやがって!!」

俺は前に出て盾を構える肉壁に向かって全速力で走った。
肉壁まであと数メートルと言うところで俺は懐からあるものを取り出してぶん投げた。

「また砂かっ!?」

砂を警戒して顔を覆う奴らのもとに着弾したのは一匹の黒い毛玉。

「ワンッ!!」
「犬?」

ヴィクトリアは肉壁の盾をすり抜け、奴らパーティーの中心に位置取ると、大きく口を開けた。
その口の中には小さな光の玉が出来ている。
このまま撃てばいつも通り太い光線が発射されるのだが・・・。

「ワフッ!!」

ヴィクトリアはそれをかみ砕いた。
途端、行き場を無くしたエネルギーが炸裂し、閃光となってその場を覆った。

「うおっ!?まぶっ!?」
「よっと」

俺は閃光にひるんだ肉壁の後ろに回り込み、後頭部を殴って昏倒させた。
その要領で一人ずつ意識を刈り取っていく。
最後にその場に残されたのは、意識を失った1パーティーと、一匹の子犬と仮面をかぶった冒険者だけだった。
え?結局ヴィクトリアに頼ってるって?
ハハッ!!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

俺は商品である剣を手に取り、考え込んでいた。
竜の意匠が施された二本の細剣。
一本は金で一本は銀なのだが・・・。

「金は目立ちすぎるだろう・・・」

俺はやりすぎたとの思いも込めて気絶しているローイたちの足元に金の方の剣を置いていった。

「んぅ・・・」

やべ、目を覚ました。
俺はあいつらが起きないうちにそそくさとその場を立ち去るのであった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ねぇ」
「何よ」

僕はまだむすっとしているアンナに向かって話しかけた。

「あんなに強い人がいるんだね」
「そうね」
「悔しいね・・・」
「そうね・・・」

悔しい。
自分たちが束になってもかなわなかったことが。
それに加えて、足手まといだと言って置いてきたロッド・ウィルソンと言う一人の青年に対して、ものすごく申訳がなかった。

「これじゃあロッド君に合わす顔がないよ」
「悔しいけど、今はそうね」
「宿屋に行って休んだら、ギルドに行こう。もっと上を目指すんだ!!」
「・・・えぇ!!」

その言葉に今まで黙っていたメンバーも頷き、着いてきてくれる。

「待っててね、ロッド君。いつか君に誇れるような勇者になるからね・・・!!」

こうして負け犬に負けた勇者一行は体を癒しにかかるのであった。
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