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後編 A bouquet of flowers for dearest you

どうか、貴方に幸運がありますように

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 花の長さや大きさ、バランスを揃えながら、ちらりと紫葉さんの横顔を盗み見る。何かを考え込むその姿は凛としていて、やっぱりどこから見ても格好良くって、気が付いたら『ああ、好きだなぁ』って想いが胸にどんどんと沸き起こっていく。

 びっくりするくらい真面目で、何事にも真剣で、けれど、意外と仕事以外は結構不器用な人。切れ長の目は、普段はちょっと近寄りがたさを感じさせるけれど、笑うと案外幼さを滲ませる……そんな貴方が好きで。――――でも、今更そんな事を口にする勇気を、僕はもう持ち合わせていない。

 何よりあの紫葉さんが、こんな慣れない贈り物をするということは……それだけ紫葉さんが、相手の事を真剣に想っているということだから。それをこんな、自分の気持ちさえ碌に伝える事も出来ない臆病者が、どうこう言える筈もないのだ。

 視線を手元へと戻す。そこには、一面に、紫葉さんの指示で選んだ花たちが所狭しと広がっている。

 自分が仕入れ、手塩にかけて手入れしてきた花たちは、いつも通り綺麗で瑞々しい姿で咲き誇っている。胸の奥は、変わらず痛みを訴えてくるけれど、それでもそんな花たちの姿を誇らしいとも思うのだから、僕も大概仕事バカだなと自分ながら呆れてしまう。

 紫葉さんの想いが通じたら、彼はもう、今迄みたいに頻繁にこの店には来ないだろう。恋人が出来たなら、きっとそっちを優先するだろうし、そんな彼に、流石の将虎さんも雑用を押し付けるなんて野暮な事、しないと思うから。


 ――――……あれ、それじゃあ紫葉さんがこうして来てくれるの、今日が最後なのかな。


 花束を用意しているそんな時、不意に、そんな考えが頭を過る。

 それは、非常にあり得る話だ。なにせ、紫葉さん自身は特に花に興味を持っていない。であれば、用もなければ、こんな小さな花屋に来る筈がない。……どちらかというと、来る可能性が高いのは――――。

 次いで、行き着いた自分の思考に、胸の奥が歪に軋んだ。いつか見る事になるかもしれない、紫葉さんとその想い人が二人並んで店に訪れる光景。そんなものを想像して、たまらなく辛く、胸が張り裂けそうになる。


 まったく……自分の妄想で勝手に傷付いて、苦しんで。これじゃあ、紫葉さんも迷惑極まりないよな。そう、苦笑を漏らしそうになる。


 ――――でも……。


「…………紫葉さん」
「……ん?」


 静かだった店内に、ぽつり、零した僕の声が響く。

 どうした、そう尋ねてくれる紫葉さんの声は、ひどく優しい。きっと、僕の様子がいつもと少し違っていることに気付いているんだろう。……だって、紫葉さんはすごく優しい人だから。

 その声音に、胸がきゅう、と切なく痛んだ。


 これからこの花を贈られる人を、羨ましく思う。妬ましいと思う。……でも、それ以上に、強く、彼の幸せを願いたいとも思う。


 これは、紛れもなく僕の本心からくる願いだ。


「その……すみません。少し、中に置いてるものを取りに行ってもいいですか?」


 すぐに戻ってくるので、と添えて、紫葉さんに声を掛ける。すると、彼は驚いた様子で目をまん丸に見開いた。


「それは良いが……」


 そう零した紫葉さんは、けれどそう言うやすぐに眉を釣り上げ、どことなく呆れた様子で僕を睨みつけてきた。

 一ノ瀬、と続ける紫葉さんの声が、なんだか子供を叱るような口振りだったものだから、僕はあれ、と目を瞬かせる。何を言われるのかと身構えていると、紫葉さんは仕方ないと言わんばかりに続けた。


「お前……以前にも思ったが、仮にも客を一人で店内に残すのはどうかと思うぞ? いくら閉店後で、それに気心が知れた人であろうと、お前は警戒心が足りん」


 いくらお前の体格が良いとは言え、不意を突かれれば危ないだろう。そう軽く嗜められてしまい、思わず声が詰まる。


「うっ……すみません、次からは気を付けます……」


 まさか、そんなことを指摘されるとは思わず、二の句が告げられなくなる。

 実際のところは、気心が知れたというより、紫葉さんだから、という理由だからなのだけれど……それを今言おうものなら、余計に拗れてしまうのは目に見えていたから、素直に謝罪を口にする。

 すると、紫葉さんはそんな僕に満足したのか、一つ頷いてみせた後、ならさっさと行って来いと手を降った。それに甘えて奥へと引っ込むと、僕は迷うことなく小さな花の包みが置いてある棚へと向かう。

 複数置いてあるそれは、店先にも陳列してある、手製のフラワーアレンジメントだ。そこから一つ、この時期によく見かける赤と白色の花が植えられた包みを持ち出し、足早に店内へと戻った。

 『おまたせしました』そう一声かけると、丸椅子に腰掛けたままの背中が此方を振り返った。


「……それは?」


 ぱちくりと瞬かれたその視線は、真っ直ぐ僕の手元に注がれていた。尋ねる声に返すよう、僕はにこりと笑う。


「はい、ポインセチアです」


 そう言って、小さな包みを前に突き出す。

 この時期、街のそこかしこで見かける、目に鮮やかな赤と青々とした緑色の葉を持つ、クリスマスの風物詩。今手元にあるのは、赤以外に白の葉も植えられている。

 それを唐突に持ってきた僕に対し、紫葉さんは困惑した様子でいや、と零した。


「それは流石の俺でも分かる。いやまぁ、白色の方は初めて見たが……。そうではなくて、俺が言いたいのは――――」
「これ、僕が作ったアレンジメントなんですけど。紫葉さん、良ければ貰ってくれませんか?」
「――――は?」


 紫葉さんが言い切るよりも先に、自分の声を重ね、再度花を彼へと差し出す。流石に強引過ぎたせいか、その瞬間、紫葉さんは上手く僕の言葉を飲み込めなかったのか、瞳を丸く見開いていた。

 その姿に、けれど、僕は続けて口を開く。


「そうだなぁ……あっそうだ! これ、僕からのクリスマスプレゼントだと思って! ……ダメ、ですか?」


 ――――どうしても、貴方に貰って欲しいんです。


 まだ何か言おうとしていた彼を押し退けて、駄目押しで言葉を続けてみる。……すると、紫葉さんは暫く無言で口をぱくぱくと開けたり閉じたりしていたけれど、最後には、無言で一つ、深い息を吐き出した。


「…………分かった。お前がそこまで言うのなら、受け取ろう」


 しばらくの間を置いた後、紫葉さんはそう言って、ポインセチアの小さなアレンジメントを受け取ろうと手を差し出してくれた。

 そんな紫葉さんの言動に僕はというと、ちょっとだけ予想外で、目を丸くしてしまう。


「えっ、いいんですか?」


 我ながら、突拍子もない贈り物だって分かっていたから。まさか、詳しい理由も聞かずに受け取ってくれるとは思わず、驚いてしまう。すると、紫葉さんは僕の様子に可笑しそうに笑った。


「なんだ、その言い草は。お前が受け取ってくれって言ったんだろう」


 そう言うなら受け取らないぞ、と茶化すように笑う紫葉さんに対し、僕は焦ってそういうつもりじゃないと首を振った。

 そんな僕を前に、紫葉さんは眉尻を下げ、苦笑を零した。


「すぐに枯らしても文句は言うなよ」


 そんなやり取りをした後、包みを手渡すと、紫葉さんはまたそう言って、茶化すように笑った。その言葉がなんだか嬉しくて、そんなことは、と勢いよく首を振る。


「そんなこと絶対言わないです! ……ありがとう、紫葉さん」


 思わず零した僕の言葉に、礼を言うのはこっちの方だろうと紫葉さんはまた笑う。それもそうですねと、僕も笑みを浮かべながら、それでもやっぱり、僕の今の心を表すには『ありがとう』が合っていたから。否定だけはしなかった。


 ありがとう、深く理由を聞かないでくれて。ありがとう、受け取ってくれて。……今まで来てくれて、ありがとう。


 その時僕は、やっと上辺だけじゃない、本当の笑顔が出来た気がした。



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