7 / 9
7
しおりを挟む
冬に入る頃、愛莉は仕事の研修で、今まで訪れたことのない街へ行くことになった。
秋に行った温泉旅行のとき以来、ラブ・ウォッチのアラームはどの男性を前にしても鳴っていない。
ラブ・ウォッチが反応した、旅行中に会った男性のことはいつも愛莉の頭の片隅にある。
運命の人だったのかもしれなかったのに、あんなふうに別れてしまうなんて、あんまりだわ、
と思っていた。
愛莉の仕事の研修は自宅から直行直帰だった。
研修を終えた帰り道、駅へ行くまでの道に〈アシエット〉という、すてきな外観の店を見つけた。
なかをのぞくとケーキ屋だったので、両親と自分の分のケーキを買うことにした。
店に入った途端、愛莉は目を疑って、息をのんだ。
おいしそうなケーキがきれいに並んだガラスケースの向こうに、温泉旅行でラブ・ウォッチが反応した男性が立っていたのだ。
ツーリングファッションのときと今、着ているケーキ屋の白いユニフォームでは雰囲気が違って見えるが顔は確かにあの人だ。
「あのときの!」
愛莉と男性は顔を合わせると、とっさに一緒に声を出した。
「ピピピピ、ピピピピ」
また愛莉の手首のラブ・ウォッチのアラームが鳴った。
愛莉は「落ち着け、落ち着け」と心のなかで自分に言った。
愛莉はガラスケースをはさんで男性と向き合うと、落ち着きはらった声を出した。
「あのときはありがとうございました。冷却シートを使わせていただいて、すぐ体調がよくなったんです」
「そうでしたか。よかった」
男性はうれしそうな顔をして言った。
愛莉はつづけた。
「あのあと観光名所をまわったり、温泉につかったり。おかげさまで楽しめました」
「ぼく達も観光と温泉からの帰りだったんです。日帰り温泉へ入って、気持ちよかったです」
「あのとき、バイクだったんですよね」
「ぼく、ツーリングが趣味なんです」
「そうなんですか」
愛莉は店のなかを見まわして訊いた。
「えっと、ここでケーキ屋さんを?」
「ええ。ぼくの店です。開店してから5年ほどたってます。でも、まったくびっくりだな。こんなふうにまた会えるなんて」
「わたしはこの近くのビルで仕事の研修があって、その帰りなんです。この街は初めてで」
「研修でしたか」
男性はこたえると、黙って愛莉をじっと見つめた。
愛莉も男性を見つめ返した。
愛莉は心臓がどきどきした。それでいて穏やかな気持ちにもなり、心がじんわりと温かくなる。
なにもかもこの人にゆだねたいとまで思えてきた。
ふたりが見つめあっていると、別の客が店に入って来た。
愛莉はあわてて言った。
「なにかおすすめのケーキ、ありますか? いくつか買っていきたいんですけど」
「これはいかがでしょう」
男性はガラスケースに並んだケーキを説明しながら選んでくれた。
愛莉は男性が選んだケーキを買って、帰るとき、男性から店の名前と住所と電話番号、男性の名前が載っている名刺を渡された。
男性の名前は結城斗真だった。
秋に行った温泉旅行のとき以来、ラブ・ウォッチのアラームはどの男性を前にしても鳴っていない。
ラブ・ウォッチが反応した、旅行中に会った男性のことはいつも愛莉の頭の片隅にある。
運命の人だったのかもしれなかったのに、あんなふうに別れてしまうなんて、あんまりだわ、
と思っていた。
愛莉の仕事の研修は自宅から直行直帰だった。
研修を終えた帰り道、駅へ行くまでの道に〈アシエット〉という、すてきな外観の店を見つけた。
なかをのぞくとケーキ屋だったので、両親と自分の分のケーキを買うことにした。
店に入った途端、愛莉は目を疑って、息をのんだ。
おいしそうなケーキがきれいに並んだガラスケースの向こうに、温泉旅行でラブ・ウォッチが反応した男性が立っていたのだ。
ツーリングファッションのときと今、着ているケーキ屋の白いユニフォームでは雰囲気が違って見えるが顔は確かにあの人だ。
「あのときの!」
愛莉と男性は顔を合わせると、とっさに一緒に声を出した。
「ピピピピ、ピピピピ」
また愛莉の手首のラブ・ウォッチのアラームが鳴った。
愛莉は「落ち着け、落ち着け」と心のなかで自分に言った。
愛莉はガラスケースをはさんで男性と向き合うと、落ち着きはらった声を出した。
「あのときはありがとうございました。冷却シートを使わせていただいて、すぐ体調がよくなったんです」
「そうでしたか。よかった」
男性はうれしそうな顔をして言った。
愛莉はつづけた。
「あのあと観光名所をまわったり、温泉につかったり。おかげさまで楽しめました」
「ぼく達も観光と温泉からの帰りだったんです。日帰り温泉へ入って、気持ちよかったです」
「あのとき、バイクだったんですよね」
「ぼく、ツーリングが趣味なんです」
「そうなんですか」
愛莉は店のなかを見まわして訊いた。
「えっと、ここでケーキ屋さんを?」
「ええ。ぼくの店です。開店してから5年ほどたってます。でも、まったくびっくりだな。こんなふうにまた会えるなんて」
「わたしはこの近くのビルで仕事の研修があって、その帰りなんです。この街は初めてで」
「研修でしたか」
男性はこたえると、黙って愛莉をじっと見つめた。
愛莉も男性を見つめ返した。
愛莉は心臓がどきどきした。それでいて穏やかな気持ちにもなり、心がじんわりと温かくなる。
なにもかもこの人にゆだねたいとまで思えてきた。
ふたりが見つめあっていると、別の客が店に入って来た。
愛莉はあわてて言った。
「なにかおすすめのケーキ、ありますか? いくつか買っていきたいんですけど」
「これはいかがでしょう」
男性はガラスケースに並んだケーキを説明しながら選んでくれた。
愛莉は男性が選んだケーキを買って、帰るとき、男性から店の名前と住所と電話番号、男性の名前が載っている名刺を渡された。
男性の名前は結城斗真だった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。
棗
恋愛
セラティーナ=プラティーヌには婚約者がいる。灰色の髪と瞳の美しい青年シュヴァルツ=グリージョが。だが、彼が愛しているのは聖女様。幼少期から両想いの二人を引き裂く悪女と社交界では嘲笑われ、両親には魔法の才能があるだけで嫌われ、妹にも馬鹿にされる日々を送る。
そんなセラティーナには前世の記憶がある。そのお陰で悲惨な日々をあまり気にせず暮らしていたが嘗ての夫に会いたくなり、家を、王国を去る決意をするが意外にも近く王国に来るという情報を得る。
前世の夫に一目でも良いから会いたい。会ったら、王国を去ろうとセラティーナが嬉々と準備をしていると今まで聖女に夢中だったシュヴァルツがセラティーナを気にしだした。
(完結)何か勘違いをしてる婚約者の幼馴染から、婚約解消を言い渡されました
泉花ゆき
恋愛
侯爵令嬢のリオンはいずれ爵位を継ぐために、両親から屋敷を一棟譲り受けて勉強と仕事をしている。
その屋敷には、婿になるはずの婚約者、最低限の使用人……そしてなぜか、婚約者の幼馴染であるドルシーという女性も一緒に住んでいる。
病弱な幼馴染を一人にしておけない……というのが、その理由らしい。
婚約者のリュートは何だかんだ言い訳して仕事をせず、いつも幼馴染といちゃついてばかり。
その日もリオンは山積みの仕事を片付けていたが、いきなりドルシーが部屋に入ってきて……
婚約解消の果てに、出ていけ?
「ああ……リュート様は何も、あなたに言ってなかったんですね」
ここは私の屋敷ですよ。当主になるのも、この私。
そんなに嫌なら、解消じゃなくて……こっちから、婚約破棄させてもらいます。
※ゆるゆる設定です
小説・恋愛・HOTランキングで1位ありがとうございます Σ(・ω・ノ)ノ
確認が滞るため感想欄一旦〆ます (っ'-')╮=͟͟͞͞
一言感想も面白ツッコミもありがとうございました( *´艸`)
聖獣がなつくのは私だけですよ?
新野乃花(大舟)
恋愛
3姉妹の3女であるエリッサは、生まれた時から不吉な存在だというレッテルを張られ、家族はもちろん周囲の人々からも冷たい扱いを受けていた。そんなある日の事、エリッサが消えることが自分たちの幸せにつながると信じてやまない彼女の家族は、エリッサに強引に家出を強いる形で、自分たちの手を汚すことなく彼女を追い出すことに成功する。…行く当てのないエリッサは死さえ覚悟し、誰も立ち入らない荒れ果てた大地に足を踏み入れる。死神に出会うことを覚悟していたエリッサだったものの、そんな彼女の前に現れたのは、絶大な力をその身に宿す聖獣だった…!
【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~
山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。
この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。
父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。
顔が良いから、女性にモテる。
わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!?
自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。
*沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる