ラブ・ウォッチ

ミユー

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冬に入る頃、愛莉は仕事の研修で、今まで訪れたことのない街へ行くことになった。
秋に行った温泉旅行のとき以来、ラブ・ウォッチのアラームはどの男性を前にしても鳴っていない。
ラブ・ウォッチが反応した、旅行中に会った男性のことはいつも愛莉の頭の片隅にある。

運命の人だったのかもしれなかったのに、あんなふうに別れてしまうなんて、あんまりだわ、

と思っていた。

愛莉の仕事の研修は自宅から直行直帰だった。
研修を終えた帰り道、駅へ行くまでの道に〈アシエット〉という、すてきな外観の店を見つけた。
なかをのぞくとケーキ屋だったので、両親と自分の分のケーキを買うことにした。

店に入った途端、愛莉は目を疑って、息をのんだ。
おいしそうなケーキがきれいに並んだガラスケースの向こうに、温泉旅行でラブ・ウォッチが反応した男性が立っていたのだ。
ツーリングファッションのときと今、着ているケーキ屋の白いユニフォームでは雰囲気が違って見えるが顔は確かにあの人だ。

「あのときの!」

愛莉と男性は顔を合わせると、とっさに一緒に声を出した。

「ピピピピ、ピピピピ」

また愛莉の手首のラブ・ウォッチのアラームが鳴った。
愛莉は「落ち着け、落ち着け」と心のなかで自分に言った。
愛莉はガラスケースをはさんで男性と向き合うと、落ち着きはらった声を出した。

「あのときはありがとうございました。冷却シートを使わせていただいて、すぐ体調がよくなったんです」

「そうでしたか。よかった」

男性はうれしそうな顔をして言った。

愛莉はつづけた。

「あのあと観光名所をまわったり、温泉につかったり。おかげさまで楽しめました」

「ぼく達も観光と温泉からの帰りだったんです。日帰り温泉へ入って、気持ちよかったです」

「あのとき、バイクだったんですよね」

「ぼく、ツーリングが趣味なんです」

「そうなんですか」

愛莉は店のなかを見まわして訊いた。

「えっと、ここでケーキ屋さんを?」

「ええ。ぼくの店です。開店してから5年ほどたってます。でも、まったくびっくりだな。こんなふうにまた会えるなんて」

「わたしはこの近くのビルで仕事の研修があって、その帰りなんです。この街は初めてで」

「研修でしたか」

男性はこたえると、黙って愛莉をじっと見つめた。
愛莉も男性を見つめ返した。
愛莉は心臓がどきどきした。それでいて穏やかな気持ちにもなり、心がじんわりと温かくなる。
なにもかもこの人にゆだねたいとまで思えてきた。

ふたりが見つめあっていると、別の客が店に入って来た。
愛莉はあわてて言った。

「なにかおすすめのケーキ、ありますか? いくつか買っていきたいんですけど」

「これはいかがでしょう」

男性はガラスケースに並んだケーキを説明しながら選んでくれた。
愛莉は男性が選んだケーキを買って、帰るとき、男性から店の名前と住所と電話番号、男性の名前が載っている名刺を渡された。

男性の名前は結城斗真ゆうきとうまだった。



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