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少年と少女 それぞれの理由

少女の理由〜ゼピス侯爵令嬢誘拐事件〜8

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「させるか!」

 聞き覚えのある若い男の声と共に、
「ザクリ」
という、何かが切り裂かれた鈍い音がすると、目の前にいる魔族の金色の瞳が見開かれた。

(リジル様だ!)

 魔族越しではあるが、涙で潤むレイリアの瞳に、赤髪の騎士の姿が映し出される。

 レイリアにとってこの瞬間に現れたリジルは、正しく古くから語り継がれた『悪者に捕らわれた姫君を救うために戦う勇者』の様だった。

「リジル様!」

 レイリアは涙でぐしょぐしょの顔をパッと輝かせると、今の一撃で動きを止めた魔族の脇をすり抜け、リジルの元へと駆け寄ろうとした。

『風の…、娘ぇ…』

 だが、破邪の剣をその身に突き立てられながらも、魔族は執拗しつようにレイリアへと腕を伸ばしてきた。

 レイリアを魔族の手から護るためには、リジルが剣を引き抜いている時間は無い。
 そして、味方はすぐ近くまでやってきている。
 ならば…。

 リジルは、魔族へと突き刺した剣をそのままに手を離すと、レイリアへと体の向きを変え、大きく一歩を踏み込んだ。

「グエン様!」

 リジルはその一言と共に、黒髪の剣士がやってくる方へ向け、力いっぱいレイリアを投げ飛ばした。
 そこからの時の流れは、レイリアにとり、恐ろしいくらいゆっくりと流れていった。

 レイリアを投げ飛ばしたリジルが、その身を魔族とレイリアの間に割り込ませた。

 そこへ、レイリアを求めて伸ばされた魔族の四本の腕が伸びていき、リジルの上半身へと容赦ようしゃ無く食い込む。

 リジルの目が大きく見開かれ、口からは獣の雄叫おたけびの様な叫び声が上がった。

「この野郎!」

 猛烈な怒りを掲げて走り込んできた黒髪の剣士の元へとレイリアが落ちていった時、リジルの身体は地面へとうつ伏せに倒れ込み、床に血の海を描き始めていた。

(リジル…様…)

 黒髪の騎士に抱きとめられたレイリアは、あまりの衝撃的な出来事に、ただ唖然あぜんとリジルを見つめ続けた。

「リジル様…」

 ポツリと呟いた小さなレイリアを、黒髪の騎士がギュッと抱きしめた。

「直すぐに終わらせてやるからな。もう少しの辛抱しんぼうだ」

 黒髪の騎士はそう言い残すと、レイリアを別の騎士へと託し、魔族の元へ駆け出した。

 床へと下ろされたレイリアは、動きの鈍い魔族を相手に剣を振るう黒髪の騎士達と、その近くで倒れているリジルとをぼんやり視界に入れたまま、よろよろと立ち上がった。

 魔族との戦いをヴィモットと呑気のんきに眺めていた時は、目の前で起こっているにも拘らず、どこか自分とは関係の無い出来事の様に思えていた。
 だが、今は違う。
 これは、自分自身が関わっている現実なのだと、レイリアは身を以て感じていた。

 レイリアを守るために、ヴィモットが、リジルが倒れ、更にはレイリアを狙い、文字通り二人を地に伏せさせた魔族を滅する為、未だ騎士や魔導士達が戦っている。

 それも、正真正銘命懸けで…。

 それなのに、小さな自分は守られるばかりで、何の役にも立っていない。

 悔しかった。悲しかった。

 泣くしか出来ない自分が、情けなかった…。

 だから、何か一つでも役に立てないかと考えたレイリアは、小さな自分でも出来る『女神への祈り』を捧げた。

「天にまします我らが女神、フロディアよ。尊き御身おんみの名の下に、我らに御慈悲を与えたもう。我らに御加護を与えたもう。我らが捧ぐは我らの心、我らの祈りなり」

 教会の礼拝で唱える祈りの言葉を呟くと、レイリアは女神に願った。

(どうか女神様。ヴィモット先生を助けて下さい。リジル様を助けて下さい。これからは、ちゃんと良い子になります。だからどうか、皆んなを護って下さい。お願いします)

 両手を胸の前で握りしめ、必死に祈った。祈り続けた。

 そして、祈るレイリアの前で、魔族は遂に、黒髪の剣士の手により最期を迎える。
 全てのアーブレ・ロウスを削り取られた魔族は、全身を灰色に固まらせると、
「パリン」
という音と共にその身を粉々に砕け散らせ、その場に大人の頭くらいの大きさの濃い紫色をした石の様な塊を残した。

「これで、終わりだ!」

 その濃紫こむらさきの塊を黒髪の剣士が破邪の剣で叩き斬ると、塊は最後の抵抗を示すかのように紫色の炎を一瞬巻き上げ、そして消え去った。

(終わったんだ…。やっと、終わったんだ…)

 魔族の終焉しゅうえんをその目で見て取ったレイリアは、よろよろとリジルの元へ歩み寄った。
 既に騎士や魔道士、更には騎士に支えられているヴィモットが、リジルの周りを囲んでいる。

「リジル様…」

 大人の脇をすり抜けリジルの元へと近づくと、レイリアは血溜まりも気にせず、その体のすぐ脇に座り込んだ。

 ピクリとも動かないその体へと、レイリアが魔法を唱える。

「ウィア」

 それは、レイリアが一番使い慣れた魔法。即ち、回復魔法だ。

 大抵の怪我は、この魔法を掛ければ治る。
 だから、今回だって、大丈夫。
 きっと、すぐに治るはず。

(だから起きて、リジル様…)

 目の前にいるこの人を、救いたい。

 その一心で魔法をかけた。
 こんなにも頑張って魔法を使ったのは、きっと生まれて初めてだ。
 それくらい、一心不乱に魔法をかけ続けた。

「リジル様。お願い、起きて。リジル様…」

 知らず知らずのうちに、流れ落ちてくる涙を拭いもせず、ひたすらに回復魔法をかけ続けるレイリアの手を、ファウスがそっと制した。

「レイリア、もう止やめるんだ。もう、魔法は効かない。わかるだろう?」

 震えるように紡がれたファウスの言葉を無視し、それでも回復魔法をかけ続けるレイリアを、ファウスは抱きしめた。

「もう、リジルに魔法は効かない。リジルはもう、死んだんだ…」

 受け入れがたい事実を突きつけられたレイリアは、ファウスにすがり、ただ声を上げて泣きじゃくり続けた。
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