コスモス

近藤タケル

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洞窟の戦い

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 サムに連れられてコスモスとアリアが村の集会所に着くと、村長を始めほとんどの大人たちが集まっていた。
 「村長、連れてきました」
 サムが息を弾ませながら報告する。
 「雨の中ご足労、感謝いたす、コスモス殿。ご苦労、サム」
 「小僧たちが消えたなら、さっさと探さねば骨じゃぞ」
 コスモスは挨拶もそこそこに、近くの椅子に腰掛けながら言った。
 深くしわの刻まれた顔を、渋く苦ませながら村長は言った。
 「朝からピコとポコの姿が見えない。外はこの雨じゃ。もし川や森に行っていたら危険じゃ。みな、力を合わせて二人を探すのじゃ」
 「どこに行ったとか、心当たりはないんですか?」
 「女将にも分からんようじゃ」
 アリアが見ると、女将は部屋の脇でげっそりと肩を落としていた。影が落ちた彼女の姿は、細く頼りないものに見える。アリアは、自分の心はきつく痛むのを感じた。
 「お師様、急ぎましょう」
 「みな、頼んだぞ。何かあったらすぐに知らせてくれ」
 大人たちは慌てて雨の中に飛び出していった。
 
 村人たちの大声が、村の中に飛び交う。
 コスモスとアリアはそれを耳にしながら、村の外れまで歩いてきた。
 「お師様、どこを探しましょうか? 南側の川か……北側の森まで行ったかもしれませんね……」
 「ふぅむ。情報も人手が足りぬのう。おまけにこの土。人形は使えぬか」
 コスモスはあごに手を当てて少し考え、近くの木々の下に入った。
 「お師様?」
 「まぁ、見ておれ。お主、すまぬが少し力を貸しておくれ」
 コスモスはそう言いながら、太い木の幹を優しく撫でている。
 怪訝そうなアリアの横で、コスモスはカツン、と靴を鳴らした。
 すると、ごうごうと強い風が吹き、今まで雨にうなだれていた木々が大きく葉を逆立てた。思わずアリアは目を閉じてスカートと髪を押さえる。薄目を開けてかすかに見える視界の中で、飛び散った葉がみるみる集まり、いくつもの蝶の形になった。
 「そら、行ってこい!」
 コスモスが手をかざして叫ぶと、緑色の蝶たちはそれぞれ四方に向かって飛び立った。
 「す、すごい」
 「せっかく生えておる植物を引っ剥がすのは心苦しいがな。緊急事態ゆえ、許せよ」
 コスモスは雨の向こうを見ている。まるで見えない何かに話しかけているようだった。
 「さて、アリア」
 「は、はい」
 「わしらはここで待とう。何か気づけば、あやつらが知らせてくれる」
 そう言うとコスモスは、木の幹にもたれかかって小さな腰を落とした。
 アリアは落ち着かずそわそわと雨の向こうを見ている。自分の師匠のやることに間違いはないと分かっていても、今にも雨の中に飛び出していって、あちこち探し回りたい気持ちでいっぱいだった。
 雨に濡れたメガネが、視界の邪魔をする。焦ったアリアは思わずメガネを外して、そして息を呑んだ。
 降りしきる雨の中に、無数のきらめきの痕跡が見える。空から星のかけらが降り注いで、辺りに満ち満ちているようにも感じられた。ずっと遠くまでその輝きは、暗い雨の中を舞っている。
 「見えたか?」
 今まで眠っていたのかと思うほど動かなかったコスモスが、そんなアリアの様子を見て言った。
 「は、はい……」
 「よろしい」
 アリアは少し落ち着きを取り戻して「ふぅ」と息を吐いた。
 その時、コスモスが立ち上がった。
 「何かを見つけた。あちらじゃ」
 コスモスが指さしたのは、北の森の奥の奥だった。

 草木を分け入りながら、頬を伝う水滴も気にせず、アリアは前を進むコスモスの小さな背を追った。コスモスは迷うことなくまっすぐに進み続ける。
 やがて、コスモスが足を止めた。村からはかなり距離のある場所だ。
 そして、屈んで何かを拾い上げた。
 「見よ。アリア」
 アリアがコスモスの持っているものを見ると、小さな靴の片方だった。
 「これ、ピコの靴……!」
 「この近くに川はない。どうやら、流されてはおらんようじゃの」
 「ピコー! ポコー! どこにいるのー!」
 たまらずにアリアが大きな声で叫ぶ。だが、聞こえるのは雨の音だけだった。
 「アリア、今度はこれを見よ」
 呼ばれてアリアがコスモスの指差すものを見ると、折れた枝だった。
 「枝……? あの子たちが折ったんでしょうか?」
 「もっとよく見てみよ」
 アリアが目を凝らすと、明らかにその枝は何かで切り落とされたものだった。思わずアリアの体に緊張が走る。
 よく見ると、この辺りには似たような痕跡があちこちに見られた。
 「向こうの土は、雨が降ったにしては荒れすぎておる。どうやらここで荒事があったようじゃのう」
 「ど、どうしましょう……!」
 「落ち着け、アリア。蝶がまた何か見つけたようじゃ。急ぐぞ」
 「は、はい!」
 コスモスたちは、森の中を駆けた。

 しばらく進んだ先には崖があった。地面には、かろうじて何かを引きずったような跡が見える。コスモスとアリアは茂みから様子を伺っていた。
 そしてすぐに、コスモスが小声で鋭く言った。
 「あそこじゃ」
 そこには小さな洞窟がぽっかりと口を開けていた。
 そして武器を持った屈強な男が二人、その辺りをうろうろしている。
 「あれは……」
 「おおかた野盗崩れじゃろう。たいした連中ではない……そうじゃのう」
 コスモスは少し考えた。
 「お、お師様。あの洞窟に、二人が捕まっているかもしれないんですよね? は、早く助けに行かないと……」
 「うむ」
 コスモスはそう言うと、アリアの肩をがっと掴んだ。
 「行ってこい、アリア」
 「はい! ……えっ、お師様はどうなさるんですか?」
 アリアは立ち上がる途中で動きを止め、中腰のままコスモスに尋ねた。
 「わしは別行動を取る」
 「い、一緒に来てくださらないんですか?」
 「案ずるな。これまでの修練を思い出せ。ほれ、急がんと小僧どもが取って食われるぞ」
 ぐい、とコスモスが押したはずみで、アリアは茂みからよろよろと飛び出した。
 二人の男はすぐにそれに気づいて、アリアのほうに歩み寄ってきた。
 「何だ、お前」
 山のように大きな二人の男を見上げながら、アリアは頭が真っ白になった。
 「ここは満員だ。よそへ行きな」
 「おい待て。こいつ、なかなか上玉じゃねぇか?」
 片方の男がにやにやと笑うのを見て、もうひとりもじろじろとアリアを舐めるように眺めた。
 「言われてみりゃあ、こりゃいい女だ。こいつも金になるぜ、きっと」
 「そういうこった、お嬢ちゃん。痛い目見たくなけりゃ、こっちに来な」
 「ひひひひ」
 二人の男が手を伸ばしてくる。
 「ひ、や、やめてーっ!」
 アリアは思わず目を閉じて、二人の体をそれぞれ思い切り手で押した。
 「ぐわっ!」
 次の瞬間、男たちは宙を舞い、数回転しながら頭から地面に落ちた。
 「あ……」
 その様子を見て、アリアは思わず放心状態になる。
 「痛ってーっ!」
 「こ、このアマ!」
 男たちは声を上げながら、すぐに体を起こした。それを聞きつけたのか、数人の男がぞろぞろと洞窟の奥から出てきた。
 「なんだぁ? うるせぇぞ、お前ら」
 「おい、あの女は誰だ?」
 「まさかお前ら、あの小娘にやられたのか?」
 状況を見て、後からきた男たちが一斉に大声で笑う。
 「情けねぇなぁ」
 吹き飛ばされた男たちが慌てて弁解する。
 「ば、ばか言え。一瞬で吹き飛ばされたんだ。何が起きたっていうんだ」
 「分かった分かった。どうせ雨で滑って転んだんだろ」
 「う、うるせぇ!」
 男たちはアリアをじろじろと睨めつけながら、各々の武器を抜いた。
 「なぁに、たかが小娘一人。囲んで袋にしちまえばいいだろ」
 「よく見りゃガキのくせにいい体してるじゃねぇか。高く売れそうだぜ」
 「待て、その前に俺たちで味見してからだろ。ひひひ」
 「おい、体に傷をつけるなよ。腕か足を狙え」
 あっという間に、男たちはアリアを取り囲む。
 アリアの膝が、がくがくと揺れる。
 「震えちゃってまぁ、かわいそうに」
 一人の男が、太い棍棒を無造作に振ってアリアの右腕を思い切り打ち付けた。
 どん、と重たい衝撃を感じて、男が頬を歪ませる。
 しかし、すぐに男の顔は驚きに変わる。
 大の大人でも折れたはずの右腕は無傷どころか、自分の棍棒はアリアの小さな左手で止められていた。
 「な、なんだこいつ!」
 その声を合図に、男たちが一斉に飛びかかる。思い思いに大きな武器を振りかぶり、小さなアリアを殴りつける。
 がぁん、という衝撃とともに、男たちの武器は一斉に弾かれた。
 その衝撃で、アリアのメガネが地面に落ちる。
 「な、何が起きた?」
 アリアが顔を上げた。その目を見て、男たちは身のすくむような気持ち悪さを一斉に感じ取った。
 「ちッ、嫌な目をしたガキだ……売るのはやめだ。ここで殺してやる」
 一人の男が飛びかかるのに続いて、他の男たちも飛びかかる。
 『瞬間を見るでない。流れをよく見るのじゃ』
 コスモスの声が脳裏をよぎる。アリアの目は、確実に一人目の男の武器を捉えた。
 『怖がるな。大精霊の脈を見よ、その声をしかと聴くのじゃ』
 次の男の武器を避ける。土人形の動きよりもはっきりと分かる。
 『そうじゃ。今の動きはなかなかよいぞ。次はどうじゃ』
 鋭い刃がアリアの頭上に迫る。
 アリアは手のひらで、力任せに刃を打ち上げた。
 がぎぃん、と音を立てて、男の持っていた武器の刃が吹き飛ぶ。
 男たちはひるんでその動きを止める。アリアはそのまま勢いよく走り出し、洞窟に入っていった。
 「ま、待ちやがれっ!」

 「ピコー! ポコー! いたら返事してーっ!」
 アリアが叫びながら奥に進むと、数人の男たちがアリアのほうを睨んでいるのが見えた。
 アリアの後ろから、外にいた男たちが追いかけてくる。
 「おい、誰がこいつを入れていいと言った! このグズどもめ!」
 「頭、その女、化け物ですぜ!」
 雨に濡れた男の一人が慌てて叫ぶ。
 「化け物だぁ?」
 「ピコとポコはどこにいるの?」
 アリアが聞くと、男たちの横に置いてある大きな樽から、くぐもった叫び声がした。
 「お姉ちゃん? お姉ちゃんなの?」
 「助けてーッ! 僕たちはここだよー!」
 「うるせぇ!」
 二人はどうやら無事のようだった。アリアはほっとしたが、頭と呼ばれた男が樽を激しく蹴りつけたので、慌てて叫んだ。
 「ひどいことをしないで! 二人を返してください!」
 「バカな女だ。おい、やっちまえ」
 頭の脇の男たちが飛びかかる。だが、アリアに傷一つつけることはできず、一瞬ののちには吹き飛ばされた。
 「二人を、返してください」
 「ふ、ふざけやがってェー!」
 頭がそう叫んだとき、奥の暗闇から声がした。
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 「これは珍しい。こんなに若いお嬢さんが、廃れた魔道の力をお持ちとは」
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 「これは失礼。私の名はルクレール。しがない魔術士ですよ、お嬢さん」
 アリアは、また足が震えそうになるのを感じた。魔術士と向かい合ったことが一度もない。アリアの目に見えるルクレールの身を覆う光は、今までに見たこともないものだった。
 「ルクレールさん、早くやっちゃってくだせぇ」
 「二人を返してください」
 「いいでしょう、子どもたちはお返しします。ただし」
 ルクレールが構えた。
 「私を倒せたなら、ね」
 その言葉と同時に、アリアはルクレールの光を流れを見て身構えた。
 激しい閃光がアリアに直撃し、洞窟内で爆発した。何人かの男も巻き込まれて吹き飛んで、洞窟の壁に激しく叩きつけられてぐったりと動かなくなった。
 「さすがだぜ、魔術士先生!」
 「…………」
 頭は喜んでいたが、対照的にルクレールは眉一つ動かす様子がない。
 土煙が引くと、そこには無傷のアリアが、腕で体を覆う姿勢のままで立っていた。
 途端に頭の顔が青くなる。
 「な、なんだありゃ……本当に、化け物か?」
 「生半可な攻撃では通用しませんか」
 続けて閃光が放たれる。次々に洞窟内が光で満たされ、爆発音と熱風が辺りを包む。
 アリアは動かずに攻撃を受けながら、かすかに目を開いてルクレールを見た。
 (ち、違う……)
 衝撃と爆風の中で、アリアは確かに感じ取っていた。
 いつも横で見ているコスモスの魔道は、環境に溶け合い、大精霊の光となじんでいた。目に見えない大きな流れの中で、世界と一つになっている、と言っても言い過ぎではないだろう。だがこの男のまとう光はどうだ。それと比較して、まるで周囲の光をガリガリと削り取り、無理やり撒き散らしているように見える。その上強引に周囲の力を剥がしているせいで、ルクレールにも反動が来ているようだった。
 そして攻撃が止んだ。
 ルクレールは肩で息をしながら、それでも虚勢を張ろうとしているようだった。
 「と、とんだお嬢さんだ。私の魔術をこれほど身に受けて……」
 その時、緊張を破って、この場に似つかわしくない力の抜けたため息が聞こえた。
 「はぁ~……」
 その場にいた全員が、ぎょっとしながらため息の聞こえたほうを見る。
 そこには、樽の上で足を組んだコスモスがいた。
 「な、なんだこいつ!」
 頭がたまらず声を上げる。
 「終わりか? 魔術士の小僧」
 呆れたように言うコスモスをルクレールはしばらく睨んでいたが、やがて顔を恐怖に引きつらせた。
 「どうやって入った! このガキ!」
 頭が叫ぶ。コスモスは呆れて答えた。
 「どうやって? お主らが遊んでおる間に、普通に歩いて入ったんじゃが……まさか気づかなんだ、なんてことはないじゃろうのう。これだけでくのぼうを揃えて、やっておることは非力な子ども二人をさらうだけ。おまけに、自分より小さなおなごにも傷一つつけることはできぬとは。とんだ腑抜けどもじゃな」
 「貴様ーッ!」
 カツン。コスモスの靴の音とともに、頭は白目を剥いて倒れた。
 「な、なんだ……し、び、れ、て……」
 「う、ご、け、ね、ぇ……」
 後ろにいた男たちも、ばたばたと泡を吹いて倒れる。
 「こんな老いぼれに、指一本触れられぬか」
 「あ……あ……」
 ルクレールはすっかり震え上がっている。
 「約束じゃったのう。お主を倒せたら、ピコとポコは返してもらえるんじゃったか」
 フードからのぞいたコスモスの口が、三日月の形に歪んだ。
 その瞬間、ルクレールもどさりと倒れた。
 「なんじゃ、つまらんのう」
 コスモスはぴょんと樽から飛び降りて、倒れているルクレールに近づいた。
 「お、お、お師様~」
 アリアは泣きながら、よろよろと自分より小さなコスモスにすがりついた。
 「ようやった、アリア。ご苦労じゃったな」
 しばらく泣いているアリアの頭をなでていたコスモスは、ふと、ルクレールの腰からぶら下がっている銀の紋章を見て、そっとそれをちぎって衣の裾にしまった。

 しばらくして雨はすっかりと上がり、空には晴れ間が戻っていた。
 洞窟の入り口では知らせを受けて村人たちが集まっている。
 その視線の先では、通報で駆けつけた国境警備隊が野盗の男たちを連行しているところだった。
 『母ちゃん!』
 「ピコ! ポコ! あんたたちはまったく!」
 双子は母親の胸に飛び込んで、わんわん泣いた。
 そこへ、野盗の頭が通りかかった。
 「よくもやってくれたね!」
 女将はエプロンに取り付けたフライパンを素早く取り出すと、野盗の頭を強かに打ち付けた。ごぁん、と低く鈍い音が辺りに響き、野盗は気絶して目を回していた。
 暴れる女将をなだめる村人たちを、少し離れたところから眺めながら、警備隊長と村長はコスモスに礼を言った。
 「ありがとう、コスモス殿……」
 「ご協力に感謝いたします!」
 コスモスはそっけなく答えた。
 「アリア。うちに帰るぞ。久々にうろうろ歩き回って、疲れた」
 コスモスはあくびをしながらすたすたと歩き去った。
 「あ、お師様!」
 アリアは村長たちに軽く頭を下げると、慌ててコスモスの後を追った。
 「それにしても助かりました。あの野盗どもはしばらくここらを荒らしていたのですが、なかなか捕らえられませんで……この度はご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
 頭を下げる警備隊長に、村長は笑って答えた。
 「いや、けが人が出なんだで何よりじゃ。コスモス殿のおかげじゃ」
 「はい。……ところであの方、私の記憶違いでなければ、もしや先の……?」
 村長はしばらく黙っていたが、小さく首を振ってつぶやいた。
 「昔の、遠い遠い昔の話じゃ。あの方は……ただ隠居なさっている、魔道士のお方じゃ」
 村長はそれ以上何も語らなかった。
 警備隊長はそれを見て、敬礼をして去った。

 「私、分かった気がします」
 家に着いてお茶を淹れながら、アリアが言った。
 「お師様が、魔術を嫌う理由が」
 コスモスはソファでぐったりと寝ていたが、アリアのほうに顔を向けた。
 「お主の目は、どんどんと良くなるのう」
 フードの下からのぞく唇が、優しく微笑んでいるように見えた。
 「……いいえ、まだまだ頑張らないと。今回もお師様に助けていただきましたし」
 とは言え、コスモスに褒められて素直に嬉しい。アリアは顔がとろけるような気がして、コスモスに背中を向けて慌ててお茶を淹れた。
 「お師様。お茶をどうぞ」

 後日。
 暗い部屋の中で、ルクレールは喚いていた。
 「聞いていないぞ! 今回の仕事で、まさかあんなやつが出てくるだなんて! 報酬を釣り上げてもらわねば、割に合わない!」
 向かい合って腰掛ける男の顔は、闇に沈んでよく見えなかった。
 「私はここを辞めさせてもらうぞ。こんなことでは、命がいくつあっても足りない」
 ルクレールはそう言うと、男に背中を向けて部屋を出ようとした。
 そして、違和感に気づいた。
 (何だ……腹が、熱……)
 視線を下げると、自分の腹部から血まみれの剣が生えているのが分かった。
 (は、速……)
 がくがくと震えながら、ルクレールは倒れて動かなくなった。
 男は鋭く刃を振って血を払うと、静かに納刀した。
 窓の外で大きく雷が轟いた。
 「……嵐が来るな」
 男のつぶやきは、雷とともに激しく降り出した雨にかき消された。

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