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 自分の身を滅ぼす。その言葉を聞いて、ギルドにいた受付嬢の言っていたことを思い出した。ディネクスを創設した三人、その内一人が転移者で、崩壊して死んでしまったのだとか。その死をこれからも繰り返さないように転移者を手厚く保護するとかどうとか。それがディネクスでの転移者に対する好待遇。カレン曰く、そのお陰か以降転移者の崩壊は起こっていないと言われているけれど、目の前のカエル忍者はまるでその逆の意見を言っているように聞こえた。

「転移者はディネクスの国のサービスのお陰で崩壊はしないって聞いたけどな、でたらめ言ってんのか?」

「誰から聞いたか知らねぇが、そうか、それくらいの情報は耳にしているのか」カエル忍者は数秒言葉を選ぶように考え「まぁそれならいいけどよ、そう思いたいならそう思うがいいさ」と、明らかに誤魔化すように話題を打ち切った。

「なんだよ、含みのある言い方だな」

「いや、選択権をくれてやろうと思っただけさ。ゲロも本当は心苦しいんだぜ、けどこれしかないからよ」

 カエル忍者は俯く、その表情は憐れみというか悲しみというか、何か諦めを感じさせる顔だった。

「積極的にあの子を追いかけてきた割には、えらく消極的な感じだな。これしかない? 何がだよ。お前が行っているのは人との繋がりを断つ行為だ、殺人よりも悪質と言ってもいい」

「わかってんだよ! 偉そうに知ったこと言ってんじゃねぇぞボケが!」

 カエル忍者は怒鳴った、これでもないくらいの怒りがその顔から感じられる。変温動物であるカエルが沸騰せんばかりの怒り。吊り上がる目に面食らっていると、カエル忍者は気を取り直したように平静に戻った。

「お前もいずれは、自分から記憶を差し出すことになるだろうよ、ゲロはそういう平和的な終幕を望むね」

「平和的だって?」あまりにそぐわない言葉に疑問を呈するしかなかった。「記憶を一方的に奪って、何が平和的だってんだ。お前の言いなりになって――」

 いや、違うのか? そこで言葉が一瞬途切れる。カレンの転移者の友達は確か、記憶を失った後どうなったんだろう? 強制労働施設にでも入れられたのだろうか? 記憶を奪われて、一方的な搾取を受け入れるようになったのだろうか? いや、そんな話は聞いていない。

 何かまた重要なことに気づきかけていると、背後から植物をかき分けるような音が聞こえた。恐らくカレンが駆けつけてきてくれたのだろう、それはカエル忍者も認識したようで「おっと、流石に二人は分が悪い」と言ってから手を合わせ始めた。合掌、そして最後の言葉を残す。

「今回は彼女が目的だったが、次はお前もターゲットだ、一応名乗っといてやるよ。ゲロはスクミトライブが1人、カゲロー。お前の名前は何て言うんだい?」

 スクミトライブ、そんなヘンテコな名前からして、こんな奴があと二人もいるのかと思うと嫌気が刺す。しかし名乗りを上げた以上、僕も名乗らなければならないような気がしたので乗っかった。

「僕は、山田サツキだよ。だが次に会ってもこの名前は忘れないし、忘れたいとは思わない」

 カゲローは胸のキーチェーンのかぎ針を引っこ抜いて、血が垂れても尚手を地面についた。その瞬間に地が揺れ始めてバランスが取れなくなる。

「その方が健全だって、分かっているはずなんだけどな」

 哀しそうに小さく呟いてから、カゲローは言う。

『魔術忍法:下楼閣』

「待て――」

 と言ったけれど、伝わらなかっただろう。樹木を持ち上げるように、横にとてつもなく大きな背の高い泥の壁が僕の前に現れて、まんまと逃げられてしまったのだった。その間、動く事ができなかった。忘れたいとは思わないと言ったものの、反発心からそう言ったものの、カゲローと名乗ったカエル忍者の言っていたことが何故か引っかかったからだ。というか、一理あると思ってしまったから。

 記憶を差し出すことになるということは、つまり記憶を捨てたくなるということだ。
 過去を忘れたいと思うということ。過去を思い出したくないということ。
 そう言いかえれば、思わなかった時の方が少ないかもしれない。

 カレンが後ろで立ち止まる。振り返ると、目の前の大きな茶色い泥の障壁を見上げていた。目と目が合うと、また泥の障壁を黙って眺める。呆気に取られているというように空いた口が塞がっていなかった。トイレに行くと嘘をついて駆け付けた癖にこの様だ、呆れられるのも無理はない。と思ったのだが。違った。

「サツキ、あんたの野クソでかすぎるでしょ」

「んなわけあるか!」
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