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<最終章:己が世界を支配せよ>

しかし、効果はないようだ

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「結局、人を助けるという自分に酔おうとしてるんじゃないのか?」
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「自分の正しさではなく、他者から賞賛される正しさを選んでるんじゃないのか?」
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「関係を壊したくないというのは、世界の人々のためであり、自分のためじゃないんじゃないのか?」
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「結局は世のため人のため、自分の中に正義を見出していないんじゃないのか?」
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「結局自分も、綺麗事に酔いしれているだけなんじゃないのか?」
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「自分のために動くべきだ」 
      |
「他人のためなんかじゃない」
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「俺は俺のために動くべきだ」
           |
「こんな無駄に危険な戦いに身をやつさず、自分だけが助かるような。そういう選択を――」
                    |          |
 車
     「うるせぇ!」
                  斤
                    !

 振り下ろされた斬撃を、叫ぶことで一蹴する。心の声は今も、自分だけは助かれと囁いていた。魔王の剣の力によって、俺の中の本音がより引き出されそうになっている。俺は俺だけのための選択をすべきだと。
 しかしそれは既に手遅れである。何故ならば、俺は今、俺の心の声に忠実に耳を傾けているから。愚鈍なる自我を引き出されるが、それは既に引き出されていたのだ。今の俺は、人生で一番の自分勝手なのだ。

「なんじゃと? 魔王の剣の力を最大限に引き出したんじゃぞ? それなのに、何故立っていられる? 何故己の醜さに苛まれぬ!? 何故!?」

 震えて、魔王の手から剣が落ちる。カラカラとした金属音がドームの中で響き渡った。蒼白する魔王に向かって、俺は優しく微笑んだ。

「これが俺の人生の道だって確信しているからだ、醜くても、浅ましくても、卑しくても、これが俺の人生だって思えるから」

「そんなはずはない! 誰しもが本音を隠して生きておる! 自分を偽り、他者を優先し、自我を放棄しているのじゃ! その愚かさをさらされて、心が保てるはずがない!」

「まぁ確かにな、意固地に自分の道を確定させて、柔軟にできず動けないのは考えものだろうよ、けどさ、そういう時は回り道すればいい。そうやって色んな経験をするのが人生、いや、命ってもんだろ」

 未来は誰にも分からない。だが進まなければ未来はやってこないんだ。そして進む道や曲がり道は、他人の声ではない、自分の心の声に従って決めるのだ。それが茨の道でも、皆に心無いことを言われても、突き進む。

 魔王は首を横に振り、声を震わせながらゆっくりと一歩、一歩と退いていく。

「わしは、魔王じゃぞ? 魔王は人を滅ぼさなければならないんじゃ。それが決められた未来なんじゃ」

 俺は退かれた倍の歩幅で近づく。ズカズカと。

「それは本当にお前が決めた道なのか? 戦士でも武具を作りたがるやつもいれば、嫌々魔法使いしてたやつは剣闘士になれる素質を秘め出たぜ? 自分で自分の道を狭めるな、お前は確かに魔王だ。それは変わらない事実で、変えようがない。けどさ、魔王がヒーローになってもいいし、ウルトラマンになってもいい、それが『自分の本心で決めた道』ならばな」

 魔王の手を握りしめた。強く、強く、震える俺の心が共振することを信じて。

「人間を滅ぼすことが、お前が幸せになる道なのか?」

 瞬間、掴む手に重さが感じられた。魔王は崩れ落ちるように、ガクリと膝を曲げたからだ。息が粗くなり、手汗が滲む。

 そして、ビルがその振動で壊されるのではないかというほどの叫び声が上がった。掴む手を離して咄嗟に耳を塞ぐ。体中の内臓という内臓が震えるような叫び声は、地下のドーム全体を震えさせているようで、天井から砂粒がパラパラと落ちてくる。

 更に、魔王の体から何か透明な、真夏のコンクリートが空気を揺らすような、しかし若干紫がかったそんな気体が放出される。それはドームの天井に張り付き、しかし隙間という隙間に吸い込まれるようにして消えていく。それを見上げていると、耳にザザザっと大音量が聴こえた。

『ミナだ! ミナが魔王から逃げ出した!』

「何!?」

『魔王が「魔王は人を滅ぼすもの」というレコメンドに抗ったから、宿主に適応できないと判断して脱出したんだ! ミナを叩くなら今、魔力体の今しかない!』

「なら、今すぐ、地上に戻らんと、のぉ」

 ゆらりと、俺の手を引いて立ち上がるのは、漆黒の髪とドレスを纏った、見え麗しい魔王だった。フラフラと病人のような立ち居振る舞いで、心配になる。

「立てるか」

「バカ言え、わしは魔王じゃぞ、お主を地下から地上にぶっ飛ばすくらい余裕じゃわい」

「元気そうで何よりだ、……って、今なんて?」

 なんだろう、さっきまでシリアスな感じだったのに、急にギャグっぽい空気に変わった気がする。そして更に、俺はただならぬ嫌な予感があった。

「話は聴こえたわ、地上に漂う魔力体、ミナを倒すんじゃろ? 分かってる分かってる。わしは魔王じゃぞ? 1を聞けば100を知れる魔王様じゃ」

 いや、結構アホな印象が強かったけれど。1、2とその先を尋ねれば「たくさん」と答えそうな印象だけれども、それは言わないでおいてやろうと思った。

「そっかそれはすげぇなぁ、さぁ肩を貸してやるから、階段をゆっくり昇ろうぜおばあちゃん?」

 引きつる顔を向けたが、反面魔王は満面の笑顔だった。その雰囲気はまさしく、俺の知る魔王。福利厚生充実、リモートワーク推奨、フレックスタイム制導入、心理的安全性を意識できる空気感を作れるような、そんなホワイト企業な感じ。

「さぁ、最後の仕事じゃぞ! ミナを討て!」

 なんかよく分からない、紫色の魔力――魔王の剣で魔法のオーラを作った時とは比較できない程の密度の魔力が俺の体中に覆われて。

「ちょ、待って!?」

 地下のドームの天井にぶっ飛ばされた。
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