上 下
29 / 87
<四章:人間の国を調査せよ>

バスジャック?ハイジャック?

しおりを挟む
 急にナイフ持ちの男が背後にいると宣告されると、僅かにでも戦々恐々にならざるを得ない。流石にナイフの切っ先が触れた瞬間に反応しても避けられるかどうか分からない。だから忠告は素直に助かった。

 だが、ジャックナイフを懐にこしらえるバスジャックがいるとなると、このバスが無事トースターにたどり着けるのか不安になってきた。もしもバスが道すがらバスジャックの存在にパニックを起こし横転し、バスガス爆発なんてことになったら洒落にならない。
 なので。振り返った。周囲に聞こえないように、俺と彼だけが聞こえるほど近づいて。

「よお、あんたナイフ持ってるんだろ?」

「ちょっ!?」

 先手必勝。男のシルクハットから僅かに覗く顔が驚きに変わる。視界の端で、紙とペンを持つ女性もびくついた。ついでに神官の女子の顔も驚きに変わった。しかし男はすぐに落ち着きを取り戻し、男がかなり大きくてバスに乗る前は認識できなかったが、隣に小さな子供が座っていた。男の連れなのか、その子供の頭に手をおいて俺に向き直った。顔をよく見ると、ツギハギのような、フランケンシュタインを思わせた。

「なんだね藪から棒に。これから仕事なんだ、黙って座っていろ」

「仕事? 犯罪が仕事か、結構手慣れてるじゃねーかよ。犯罪に手慣れてるってのもどうやって慣れるのか皆目見当がつかないが、させると思うか?」

「犯罪ねぇ。」とそこで男は顎を手でさする。ふむふむ、と口ずさんだ後。「君は何をもって犯罪と断ずるのかね?」と聞き返した。正直驚く。悪びれもしないとはこのことか。こんな初対面に憎しみこそ湧かなかったのだが、今俺はこいつのメンタリティに興味がわいた。

「そうだな、確かに法律が全てって考えは改めるべきだろうな。だがそれでも、明らかに人に迷惑をかけることを見過ごすってのは、正義じゃねぇわな」

 我ながら言葉を選んで、それでもバスジャックには通用するかもしれない『正義』という言葉を用いた。しかし男はその言葉が気に入らなかったのか、いや気に入らないという仕草が正しい仕草だと認識したのか、言った。

「正義か、そんなもんこの世の中にありはしない」

 なかなか格好いいことを言う。どこかで聞いたことがあるようなセリフだが、一度は言ってみたいセリフではあった。そんな言い切り返しを期待して『正義』を選んだわけでもなかったのだが。多分俺と同じことを考えていたのか、後ろでは「おおおお! かっこいい!」と小声で神官の女子が言っていた。窓ガラス越しに薄く映る姿は目を輝かせていた。俺が悪者みたいに見えるから後でしょっぴいてやる。

「ならお前がそれをすることは、人を傷つける行為だ。そしてこの中でそれをされちゃ、トースターに行けないんだよ」

「人を傷つけるか、まぁそんなことにならなければいいがね、必要でなければ傷つけたりはしないさ」

 まるで必要なら人を傷つけるような言いぐさに、男の迷いのなさを見た。彼は、多分恐ろしく修羅場を潜り抜けている。だからこそ自身の中での優先順位が明確で、人を傷つける必要があるならば迷いなくそれをする。直感的にそう感じた。

 瞬間だった。血塗られたような悲鳴がバス前方から聞こえる。振り向くとそこには、揺れ動くバスに揺られながら倒れる一人の女性。

 まさか、いやそういうことか? いくらジャックナイフを持っていようと、バスジャックだろうと、この世界には魔法があるんだ。物理的なものがなくったってバスをジャックすることはできる。この『ジャック』という言葉は実は正しくなく、飛行機であろうとバスであろうと潜水艦であろうと等しく『ハイジャック』と言うらしいのだがそんなことはどうでもよく。今はこいつの犯罪行為を未然に防ぐことが最優先に思われた。

「お前、何して――――」

「どきたまえ、仕事だ」

 男は立ち上がった。子供も立ち上がった。その場違いな言動に呆気に取られて男の動向を見ることしかできない。魔王も神官の女子もぽかーんと見ることしかできない。後ろに座る紙とペンを持つ女性も、何かを書いていたのだろうがその手を止めて様子を窺っていた。「仕事だ」という言葉は、本当にバスジャックなのか?

 男は女性の元へ歩いて行くと、女性の旦那さんなのか、一人の男が女性を心配して寄り添っている。顔を上げ「お医者さんはいらっしゃいませんか!?」との悲痛な叫びを見下ろし、男は残酷に言う。

「いくら払える」

「……!? 何を言っているんだ、足元見やがって!」

「その様子だと、今すぐ手を施さないと命に係わる。あんたは奥さんよりも金の方が大事かね?」

 一瞬躊躇った後、命には変えられないと判断し、泣き崩れて頭を下げる男性。しかし苦しみながら女性が首を横に振った。その表情はとても苦しそうにしており、滝のような汗が流れている。

「私は……大丈夫だから……一緒におうち、建て……よ」

 そう言って意識を失う。蒼白になる旦那さんを見て、男は通告した。

「5000万だ。いいな」

「んな!? そんな法外な金額……」

 信じられないと顔に出た旦那さんだったが、反面、氷のような表情を崩さない男。迷い悩んでいる旦那さんの代わりに「……払い、ます!」と言う。妻にそんな事を言わせた事に、自身に絶望した顔をする旦那さん。その顔を隠すように、地面に頭をこすりつけた。

「お願いします! 金よりも、家よりも、妻が一番なんだ!」

 男は初めて、その顔を綻ばせる。黒いコートを脱ぎ捨て、自席に向かって踵を返した。露わになった顔はやはり痛々しい傷のような縫い目が斜めに刻まれている。んー……。そんなバイオレンスな顔とは似つかず、手荷物から白い肌布を取り出して纏う。……んん? 小さな子供も同じく白い布を纏い、マスクを付けて給食帽子のようなものを被った。そして女性に向かって急いで駆け寄る。膝も曲げぬカックンカックンした走り方で。

 これって……。

「キノコ! オペの準備だ!」

「はい! ちぇんちぇー!」

 ペラペラのビニールで周囲を囲い無菌室を作る。カチャカチャと名前の分からない専門的な道具を取り出し、淡々と出産の準備を始めるのだった。

 ジャックはジャックでも、黒い方のジャックだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

異世界定食屋 八百万の日替わり定食日記 ー素人料理はじめましたー 幻想食材シリーズ

夜刀神一輝
ファンタジー
異世界定食屋 八百万 -素人料理はじめましたー   八意斗真、田舎から便利な都会に出る人が多い中、都会の生活に疲れ、田舎の定食屋をほぼただ同然で借りて生活する。     田舎の中でも端っこにある、この店、来るのは定期的に食材を注文する配達員が来ること以外人はほとんど来ない、そのはずだった。     でかい厨房で自分のご飯を作っていると、店の外に人影が?こんな田舎に人影?まさか物の怪か?と思い開けてみると、そこには人が、しかもけもみみ、コスプレじゃなく本物っぽい!?     どういう原理か知らないが、異世界の何処かの国?の端っこに俺の店は繋がっているみたいだ。     だからどうしたと、俺は引きこもり、生活をしているのだが、料理を作ると、その匂いに釣られて人が一人二人とちらほら、しょうがないから、そいつらの分も作ってやっていると、いつの間にか、料理の店と勘違いされる事に、料理人でもないので大した料理は作れないのだが・・・。     そんな主人公が時には、異世界の食材を使い、めんどくさい時はインスタント食品までが飛び交う、そんな素人料理屋、八百万、異世界人に急かされ、渋々開店!?

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ
ファンタジー
それは、少年が高校を卒業した直後のことだった。 幼なじみでお嬢様な少女から、夕暮れの公園のど真ん中で叫ばれた。 「知らない御曹司と結婚するなんて絶対イヤ! このまま世界の果てまで逃げたいわ!」 泣きじゃくる彼女に、彼は言った。 「俺、これから異世界に移住するんだけど、良かったら一緒に来る?」 「行くわ! ついでに私の全部をアンタにあげる! 一生大事にしなさいよね!」 そんな感じで駆け落ちした二人が、異世界でのんびりと暮らしていく物語。 ※2019年10月、完結しました。 ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!

まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。 そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。 その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する! 底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる! 第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。

【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜

櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。 和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。 命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。 さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。 腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。 料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!! おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?

処理中です...