海が鳴いている

八助のすけ

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海が鳴いている24

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 昼も過ぎた頃、辰朗の家に広島警察の刑事と名乗る見知らぬ男が二人ほど訪ねて来た。詳しい罪状は言わなかったが、孝史は麻薬に手を出していただけでは無く、暴行や強盗まがいの事までしており、指名手配が出ていたと聞かされた。

 真琴は三年前になると言っても同居していた事実があり、今回に至っては偽造パスポートが真琴の物まであった為、必然的に真琴も共犯、若しくは犯罪者をかくまったと言う幇助の疑いがあり、事情徴収の為一旦東京の警察署まで重要参考人として出頭する必要があると告げられた。それに関して真琴は覚悟していたのか顔色一つ変えずに承諾をし、早い段階で弁護士をつける事も了解した。

 主治医が薬と一緒に診断書も出してくれていた為、怪我が完治するであろう日まではここで療養し、その間は辰朗が身元引受人になる事に決まった。

「マコちゃん」

「大丈夫だよ、何時かこんな日が来るだろうって心の何処かで覚悟はしてたんだ、これまでは孝史の影に怯えて、正直心の底から安心出来る日は無かった……でも、今はこんな大きな事件にまでなってしまったのに、何故かほっとしてる。これで本当に終わるんだなって……あの……」

 広い居間で、真琴が突然座布団から下がり辰朗夫婦へきっちりと頭を下げた。

「どうした、マコさん改まって」

「この度は、本当に僕の事でご迷惑をおかけ致しました。島に蒔かれたチラシも回収して下さったと聞きました……辰朗さんには拾っていた頂いた日からずっとお世話になりぱなしで、お借りしていたお店であんな騒動も起こしてしまい、どうお詫びをすれば良いのか解りません……暫くしたら僕はそのまま島を出て東京に帰ります、でも、必ず何かの形でお返し致します」

 額を畳へ擦りつけ、真琴は精一杯謝罪をする。基本波風が立つ事を良しとしない島民達が、今回の事で真琴の事を全員が許しているとは思えなかった。何か苦情があれば、それは全て辰朗が聞いているのだろうと言う事も解っている。ここが潮時かもしれないと、真琴は事情徴収を期に島を出る事に決めた。元々東京で暮らしていた為、土地勘もある。仕事さえ見つければ一人で暮らして行く事も出来た。

「マ、マコちゃん……」

「浄水君は……」

「マコちゃんが島を出るなら俺も出る……って言ったよね!」

 章良が確認する様に真琴の手に自分の手を重ねる。

「……大丈夫、解ってる。でも、君にはまだこの島での仕事が残っているだろう? それが終わったらね……住む場所が決まったらちゃんと住所も教えるから」

「でも!」

「駄目だよ、途中で投げ出してしまうとそれが癖になって、そのうち投げだしても平気になってしまう。だから、ちゃんと約束は守って、僕も君との約束は守るよ」

「……解った」

 そう言って頷く章良の顔を見て、真琴は嬉しそうに微笑んだ。

「マコさんよ」

「は、はい」

 それまで腕を組んで黙って聞いていた辰朗が、口を開いた。

「もう、三年になるんか。初めて海上バス乗り場のベンチの上で倒れとるマコさんを見つけた時、このまま死ぬるんじゃないかっ思うてな。本土の病院に連れて行くっ言うのを身元がバレるけぇ嫌じゃ言うて頑なに拒んだ、なしてそがいに嫌がるのか、その時は、マコさん自身が何か悪い事でもして逃げとるんじゃないかって、少し疑うたんじゃ。だが、マコさんがわしに本当の事情を話してくれたじゃろう。満身創痍言うてええ身体で故郷にも帰れず、それでも不器用ながらも自分の居場所を必死に探しよる姿を見て、わしはマコさんを信じると決めた」

「辰朗さん」

 辰朗が身体を捻って後ろに手を伸ばし、床の間の隅に置いてあるガラスの灰皿をテーブルに置き、ポケットから愛煙を出して火を点け、一度大きく息を吸い顔を背けて美味しそうに紫煙を吐く。

「今は随分と少のうなってしもうたが、ここいらの島の中にゃあ他家の子供を何人も預かって面倒を見るっちゅう伝統がある。元々は「梶子」(かじこ)言うてな、中にゃあ酷い扱いでこき使うとった時代もあったじゃげなが、実際は島の子供は島で育てるっちゅう精神から来とる。わしもこれまで何人、何十人と面倒を見て来たし、中にゃあ遠いい所からグレてもうて手に負えにゃあ言う子まで預かっとった」

「片親の居ん子、片親だけじゃのうて両親共死に別れた子もおった。一人一人全ての名前も顔も覚えとるし、もし(オヤジ、助けてくれ)言うて来れば迷わず助ける。どんだけ荒んだ子もな、お天道様より早う起きて、毎日海に出て、潮風にあたって汗流して、旨い魚食うて過ごす内に何時の間にか立派に育つ。わしは何もせん、ただ寝る所と食べる所、ほいで仕事を与えちゃるだけじゃき、後は全て海が洗い流してくれるんじゃ。これまで面倒見て来た子は全てわしの子じゃ思うとる、わしにとったらマコさんだってなんら変わらん」

 フーと吐いた紫煙が、ユラユラと天上の方へと上って行く。白く伸びた灰を辰朗は指でポンと弾き灰皿へ落とした。

「マコさんにあの店を任せた時、わしは言うたはずじゃ〝ここにおったらえ〟ここがマコさんの居場所やちゅうてな……じゃけえ、何があってもここへ帰って来い、ええな」

 辰朗の言葉に応える様に、隣に座っている喜美子も和やかな顔をして何度も頷いている。

「店の事は気にせんでええ、島の者はなぶらが休業しとるのをぶち心配しとるのよ、坂の上の菊次郎さんなんてウチの顔を見る度に(マコさんはなしとる? まだ寝込んどるのか)言いよってね、マコさんが自分で思うとるよりも遙かにみんなあの店を頼りにしとるし、マコさんの料理が早う食べたいのよ」

 真琴が下唇を噛み、膝の上に置いている手をギュっと握り込む。この島へ来て何処の誰だか解らない自分を笑顔で受け入れてくれた島の人々、少しでもこの人達の役にたてるのならと、ほとんど休む事無く必死に自分の出来るかぎりの恩返しをして来た事が、決して無駄では無かったと心の底から嬉しかった。

「……ありがとうございます……出来るだけ早く帰って来ます」

「おおう、それでええ! アキ坊、お前はそのままここでマコさんの帰りを待っとけ」

「はい!」

 食後の煙草を吸い終えた辰朗が立ち上がり、素直に返事をした章良の頭と、下を向き小さく肩を震わせている真琴の頭をクシャリとひと撫でし部屋から出て行った。

 その夜から、章良が使っている部屋でそのまま二人で寝泊まりする事になり、真琴が予備の布団を章良の隣へ並べて敷くと、色違いの布団がまるで夫婦布団の様に見え、午前中の出来事を思い出し顔を赤らめた。

「あ、布団を敷いてくれたんだありがとう、マコちゃんはどっちで寝る?」

 風呂から出て濡れた髪をタオルでガシガシと拭きながら、何時もの様に底抜けの明るい声の章良を見て、布団の横で一人顔を赤らめてしまっていた真琴は無償に恥ずかしくなり、目の前の布団へ急いで潜り込んで顔まで布団を被った。

「こっちで寝る……お、おやすみ」

 それまで緊張もあり、すっかりあの一時の熱を忘れていたが、貪る様なキスや、優しい愛撫、そして魂が飛ぶ様な快感の生々しさが鮮明に思い出され、心臓がドキドキと五月蠅い。

 すると、布団が揺れる感覚があり、真琴の布団から出た額に何かが優しく触れ、布団越しのくぐもった声が聞こえて来た。

「マコちゃん、寝ちゃうの?」

「…………」

 そっと掛け布団を捲られ、隙間から真琴の目が覗き章良を見上げる。と、今度は頬から食む様にキスをされ、そのまま唇を重ねて来た。

「ン……っん……は……」

 掛け布団を捲られ、パジャマの替わりに来ている章良のTシャツの上からサワサワと身体を愛撫される。それだけでまだ直接触られてもいないのに、真琴の胸の頂はキュっと固く痼った。

「マコちゃん……マコちゃん」

 真琴の足に当たる章良の股間が、短パン越しに硬くなりかけているのが解る。

「ま……まって浄水君……駄目だって……隣の部屋で辰朗さん達が寝てる……」

「う~~~~~っ」

 章良が恨めしい顔をして犬の様に唸る。真琴はそんな章良が可愛くて明るい髪の頭を抱き締めた。

「ね……明日……二人で弁天神社まで……散歩に行く?」

「行く! 早起きして朝一に行こう!」
 
「そうだね」

 その一言で、途端に嬉しそうな顔をする年下の恋人を見て、真琴は愛おしそうに目を細めた。

 柔らかく短い髪はタオルドライと扇風機の風で直ぐに乾き、章良も真琴の隣の布団へ身体を横たえ、先に横になっている真琴の顔を見ると窓から差し込んだ月明かりに照らされた真琴の目とぶつかる。

「眠れない?」

「……眠れないって訳では無いんだけど、少し目を閉じるのが怖いかな」

「手を貸して」

 そう言って章良が布団の中から、真琴の方へ手を伸ばすと、それを見た真琴も布団から手を出す。

「手?」

 真琴は不思議そうな顔をしていたが、章良が伸ばされた真琴の一回り小さな手を包み込む様に指を絡めて繋いだ。

「大丈夫、何があっても俺がマコちゃんの手を掴むから、たとえ夢の中でもこうしていれば怖く無いでしょ」

「……うん」

 真琴は、そんな章良の言葉に安心し微笑んでそっと目を閉じた。

「おやすみ、マコちゃん……」

「浄水君……おやすみなさい……」

 疲れ切っていた二人の身体は、あっと言う間に深い眠りに落ちて行った。




【続】
 2019/10/01 海が鳴いている24
 八助のすけ
 
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