3 / 3
第三話 真実
しおりを挟む
まぶたの裏に光を感じて、雪菜は目を覚ました。起き上がると、そこは朝の光に包まれた一号館一階の廊下。
「私助かったんだ……」
追い詰められた時、死を意識したせいか助かった事実に複雑な気持ちがつきまとう。体を見てみると特に怪我をしている様子もなかったが、少女に投げつけた携帯電話とローファーが片方無くなっていた。しばらくぼんやりとしていた雪菜の耳に、懐かしく楽しげな声が聞こえてきた。
「この声は……栞と咲! よかった、生きてたんだ」
見捨てるというひどいことをしてしまい、もはや元の仲に戻ることは不可能かもしれない。それでも、たとえ殴られたとしても謝ることだけはしておきたい。声の主が廊下の角を曲がってくるのを今か今かと待つ。だが曲がってきた者たちを見て、雪菜は凍りついた。栞と咲に挟まれる形で、あの変貌前の少女がいたのだ。相変わらず少女が着ている古いセーラー服。そんなことを気にすることなく栞も、そして少女の顔を見て心底怯えていた咲でさえも談笑していた。
「栞、咲! その子から離れて!」
雪菜が叫んでもおしゃべりに夢中なのか、二人は全然こちらに気付かない。ならば今度こそ自分が二人を助けなくては。二人を少女から引き離すために駆けていき、肩を掴もうとする。が、その手がすり抜けてしまった。そのまま雪菜の体は三人と重なるようにして通り抜けたのだ。ああ、そうか。二人はもう自分とは違う世界に行ってしまったのだ。涙が溢れ頬を伝って落ちていく。口を押さえて泣き続ける雪菜の前に、今しがた登校してきたらしい同じクラスの男子生徒が立ち口を開いた。何もないところで泣いていたら理由を聞かれる。慌てて涙を拭っていると、
「おはよう。栞、咲、新井。お前らいつも一緒とか、本当に仲良いよな」
「そりゃあね!」
「当たり前だわ」
信じられない会話が目の前で繰り広げられる。いつも一緒? 違う。一緒にいたのは自分なのに。戸惑う雪菜の方へ、男子生徒が急に歩き始め向かってきた。ぶつかる。と思った瞬間、予感していた衝撃はなく相手の体は雪菜の体をすり抜け三人の元へ。ここでようやく真実に気付いた雪菜は膝から崩れ落ちると廊下に座り込んだ。違う世界に行ってしまったのは二人の方ではなく、自分の方だったと。四人は教室に向かうため、階段を昇り始める。だが少女だけは昇る前に雪菜の方に振り向き静かに呟いた。
「あなたの友達もらうね。あなたがいた場所、変わってくれてありがとう」
この日、噂のローファーは新しくなった。
その記憶を最後に図書室で日記を読んでいた少女はハッと我に返った。今のは何だったのだろうか。冗長な説明会での疲れが今になって響いたのかもしれない。そのせいでうたた寝をして悪い夢を見たのだ。きっとそうだ。無理やり自分を納得させながら慌てて本を閉じ外を見ると、窓の外は日が沈み暗くなっている。
「いけない、早く帰らなくちゃ」
日記を元あった場所に戻そうとした時、どこかのページの隙間から一枚の写真が落ちてきた。拾い上げてみると、何人もの女子生徒が肖像画のように額縁の中に収まっており、その下には日付が記載されていた。つい気になり一番新しいものを探してみると、それは十年前の今日で写真には髪の長い綺麗な女子生徒が写っていた。名前は——
「神崎雪菜」
読んでしまった瞬間。写真の女子生徒たちが一斉に黒いぎょろりとした目に変わり、少女を見つめてきた。思わず悲鳴をあげ、日記と写真を投げ捨てると出口に向かって走りだす。が、出口を塞ぐようにして神崎雪菜が立っていた。腰が抜けへなへなと座り込んだ少女に向け、神崎雪菜があの言葉をつぶやき始める。
「カーワッテ、カーワッテ」
と。きっとこれは悪夢の続きだ。早く目を覚まそう。少女はそう思いギュッと目を瞑り、少し経ってから恐る恐る目を開けてみる。神崎雪菜の顔はもう目の前にあった。
「私助かったんだ……」
追い詰められた時、死を意識したせいか助かった事実に複雑な気持ちがつきまとう。体を見てみると特に怪我をしている様子もなかったが、少女に投げつけた携帯電話とローファーが片方無くなっていた。しばらくぼんやりとしていた雪菜の耳に、懐かしく楽しげな声が聞こえてきた。
「この声は……栞と咲! よかった、生きてたんだ」
見捨てるというひどいことをしてしまい、もはや元の仲に戻ることは不可能かもしれない。それでも、たとえ殴られたとしても謝ることだけはしておきたい。声の主が廊下の角を曲がってくるのを今か今かと待つ。だが曲がってきた者たちを見て、雪菜は凍りついた。栞と咲に挟まれる形で、あの変貌前の少女がいたのだ。相変わらず少女が着ている古いセーラー服。そんなことを気にすることなく栞も、そして少女の顔を見て心底怯えていた咲でさえも談笑していた。
「栞、咲! その子から離れて!」
雪菜が叫んでもおしゃべりに夢中なのか、二人は全然こちらに気付かない。ならば今度こそ自分が二人を助けなくては。二人を少女から引き離すために駆けていき、肩を掴もうとする。が、その手がすり抜けてしまった。そのまま雪菜の体は三人と重なるようにして通り抜けたのだ。ああ、そうか。二人はもう自分とは違う世界に行ってしまったのだ。涙が溢れ頬を伝って落ちていく。口を押さえて泣き続ける雪菜の前に、今しがた登校してきたらしい同じクラスの男子生徒が立ち口を開いた。何もないところで泣いていたら理由を聞かれる。慌てて涙を拭っていると、
「おはよう。栞、咲、新井。お前らいつも一緒とか、本当に仲良いよな」
「そりゃあね!」
「当たり前だわ」
信じられない会話が目の前で繰り広げられる。いつも一緒? 違う。一緒にいたのは自分なのに。戸惑う雪菜の方へ、男子生徒が急に歩き始め向かってきた。ぶつかる。と思った瞬間、予感していた衝撃はなく相手の体は雪菜の体をすり抜け三人の元へ。ここでようやく真実に気付いた雪菜は膝から崩れ落ちると廊下に座り込んだ。違う世界に行ってしまったのは二人の方ではなく、自分の方だったと。四人は教室に向かうため、階段を昇り始める。だが少女だけは昇る前に雪菜の方に振り向き静かに呟いた。
「あなたの友達もらうね。あなたがいた場所、変わってくれてありがとう」
この日、噂のローファーは新しくなった。
その記憶を最後に図書室で日記を読んでいた少女はハッと我に返った。今のは何だったのだろうか。冗長な説明会での疲れが今になって響いたのかもしれない。そのせいでうたた寝をして悪い夢を見たのだ。きっとそうだ。無理やり自分を納得させながら慌てて本を閉じ外を見ると、窓の外は日が沈み暗くなっている。
「いけない、早く帰らなくちゃ」
日記を元あった場所に戻そうとした時、どこかのページの隙間から一枚の写真が落ちてきた。拾い上げてみると、何人もの女子生徒が肖像画のように額縁の中に収まっており、その下には日付が記載されていた。つい気になり一番新しいものを探してみると、それは十年前の今日で写真には髪の長い綺麗な女子生徒が写っていた。名前は——
「神崎雪菜」
読んでしまった瞬間。写真の女子生徒たちが一斉に黒いぎょろりとした目に変わり、少女を見つめてきた。思わず悲鳴をあげ、日記と写真を投げ捨てると出口に向かって走りだす。が、出口を塞ぐようにして神崎雪菜が立っていた。腰が抜けへなへなと座り込んだ少女に向け、神崎雪菜があの言葉をつぶやき始める。
「カーワッテ、カーワッテ」
と。きっとこれは悪夢の続きだ。早く目を覚まそう。少女はそう思いギュッと目を瞑り、少し経ってから恐る恐る目を開けてみる。神崎雪菜の顔はもう目の前にあった。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
生きている壺
川喜多アンヌ
ホラー
買い取り専門店に勤める大輔に、ある老婦人が壺を置いて行った。どう見てもただの壺。誰も欲しがらない。どうせ売れないからと倉庫に追いやられていたその壺。台風の日、その倉庫で店長が死んだ……。倉庫で大輔が見たものは。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
COME COME CAME
昔懐かし怖いハナシ
ホラー
ある部屋へと引っ越した、大学生。しかし、数ヶ月前失踪した女が住んでいた部屋の隣だった。
何故か赤い壁。何があるのだろうか。
そして、笑い声は誰のだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる