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第2章 動き出す者たち/ガダル大森林
第106話
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「あれなら一思いに殺してくれた方がマシだな。っ!」
さらに足を引く力が強くなった。この階層の様子を見る限り、地縛樹は迷い込んだ者の記憶を読み取り、言葉巧みに崖までおびき寄せて崖下へ落下させ殺すのだろう。そして満身創痍で動けない状態の人間を巨大樹の元へと……冗談ではない。
「離せよ!」
蹴り落としたかったが、両足を掴まれているためにそれはできない。足元へナイフを投げて絡みつく枝を切ろうとするがキリがない。時間が経つほど消耗する体力。第二階層での戦いのせいで青桐を発動すれば、崖を掴む腕さえも離してしまうに違いない。少ない体力に歯ぎしりする少年。その頭上に影が差した。
「ナイン、頭を崖につけて」
「セシリア!」
息を弾ませながらセシリアは崖上で大きな石を抱えていた。少年の足元にいる地縛樹に狙いを定めると、勢いをつけて投げ下ろした。バキッと枝が折れる音が足元で響く。顔面にまともに石を受けた地縛樹は体を構成する枝を失うが、それでもまだ離れない。だが、それもセシリアが何度か石による攻撃を繰り返すことで、ついに少年から手を離し崖下へと落下していった。命の危機からようやく脱した少年はセシリアに手を借りながら崖上へと登りきる。地面に腰を下ろすと、震える手を押さえながら礼を言った。
「セシリア、助かった。ありがとう」
「無事でよかった。ナイン、木と歩いてた。びっくり」
「セシリアにはあれがエイトじゃなくて魔物の姿に見えてたってことか……ならあの魔物は記憶を覗いた者にしか擬態した姿を見せられないってことなんだな」
この階層の魔物の特性を理解した少年は頷き納得する。だから霧で自分たちを分断したのだと。
「途中、霧で見失った。見つけられてよかった」
「本当に助かった。そうだ、シャルも探さなきゃ」
「それなら大丈夫。すぐそこで見つけて、声かけた」
「? 声をかけたのになんで来てないんだ」
セシリアには珍しく躊躇うそぶり。その背後で霧をかき分けて、シャルが出てきた。
「シャル! 無事で良かった……いや、待てよ。本当にシャルなんだよな。また魔物が化けている可能性も捨てきれない」
「それはお互い様だと思いますけど……セシリアにはちゃんと私が見えていますか?」
「うん、大丈夫」
「ナインの姿も?」
同じように頷くセシリア。二人以上で確認することで本人か化けた地縛樹かどうかは判別可能だ。ようやく疑心暗鬼から解放された三人は無事に合流できたことを喜んだ。
「シャル……もう大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。心配かけてすみません」
セシリアの気遣いにシャルは微笑むが、少年には何のことだか分からなかった。
「何かあったのか?」
「私のところに来た、あの植物の魔物。近侍たちに化けていたんです。小さな火の魔術を使ったら蜘蛛の子を散らすように逃げていきましたけど」
「それは……よく騙されなかったな」
「私を取り囲んだ一匹が言ったんです。『危険な旅などやめてどうぞこちらへ』って。命を賭して切り開いてくれた道をそんな簡単に諦めさせるようなこと、私の家族は言いませんから。私が十五年かけて彼女たちと積み重ねた思い出や価値観の全てを真似することはさすがにできなかったみたいです。セシリアが心配したくれたのは私がちょっと涙目になってしまいまして、そのせいですよ」
「すごいな。俺はエイトの姿をした魔物に見事に誘い出されたよ。セシリアが助けてくれなかったら崖下の魔物の餌食になるところだった」
「ナインの昔の仲間の……残酷なことをしますね、この階層の魔物は。崖下にもまだ魔物がいるんですか?」
「ああ、いるよ。人を肥料に育つ巨大樹が」
その言葉に寒気を覚えたシャルは自分の体をさすった。
さらに足を引く力が強くなった。この階層の様子を見る限り、地縛樹は迷い込んだ者の記憶を読み取り、言葉巧みに崖までおびき寄せて崖下へ落下させ殺すのだろう。そして満身創痍で動けない状態の人間を巨大樹の元へと……冗談ではない。
「離せよ!」
蹴り落としたかったが、両足を掴まれているためにそれはできない。足元へナイフを投げて絡みつく枝を切ろうとするがキリがない。時間が経つほど消耗する体力。第二階層での戦いのせいで青桐を発動すれば、崖を掴む腕さえも離してしまうに違いない。少ない体力に歯ぎしりする少年。その頭上に影が差した。
「ナイン、頭を崖につけて」
「セシリア!」
息を弾ませながらセシリアは崖上で大きな石を抱えていた。少年の足元にいる地縛樹に狙いを定めると、勢いをつけて投げ下ろした。バキッと枝が折れる音が足元で響く。顔面にまともに石を受けた地縛樹は体を構成する枝を失うが、それでもまだ離れない。だが、それもセシリアが何度か石による攻撃を繰り返すことで、ついに少年から手を離し崖下へと落下していった。命の危機からようやく脱した少年はセシリアに手を借りながら崖上へと登りきる。地面に腰を下ろすと、震える手を押さえながら礼を言った。
「セシリア、助かった。ありがとう」
「無事でよかった。ナイン、木と歩いてた。びっくり」
「セシリアにはあれがエイトじゃなくて魔物の姿に見えてたってことか……ならあの魔物は記憶を覗いた者にしか擬態した姿を見せられないってことなんだな」
この階層の魔物の特性を理解した少年は頷き納得する。だから霧で自分たちを分断したのだと。
「途中、霧で見失った。見つけられてよかった」
「本当に助かった。そうだ、シャルも探さなきゃ」
「それなら大丈夫。すぐそこで見つけて、声かけた」
「? 声をかけたのになんで来てないんだ」
セシリアには珍しく躊躇うそぶり。その背後で霧をかき分けて、シャルが出てきた。
「シャル! 無事で良かった……いや、待てよ。本当にシャルなんだよな。また魔物が化けている可能性も捨てきれない」
「それはお互い様だと思いますけど……セシリアにはちゃんと私が見えていますか?」
「うん、大丈夫」
「ナインの姿も?」
同じように頷くセシリア。二人以上で確認することで本人か化けた地縛樹かどうかは判別可能だ。ようやく疑心暗鬼から解放された三人は無事に合流できたことを喜んだ。
「シャル……もう大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。心配かけてすみません」
セシリアの気遣いにシャルは微笑むが、少年には何のことだか分からなかった。
「何かあったのか?」
「私のところに来た、あの植物の魔物。近侍たちに化けていたんです。小さな火の魔術を使ったら蜘蛛の子を散らすように逃げていきましたけど」
「それは……よく騙されなかったな」
「私を取り囲んだ一匹が言ったんです。『危険な旅などやめてどうぞこちらへ』って。命を賭して切り開いてくれた道をそんな簡単に諦めさせるようなこと、私の家族は言いませんから。私が十五年かけて彼女たちと積み重ねた思い出や価値観の全てを真似することはさすがにできなかったみたいです。セシリアが心配したくれたのは私がちょっと涙目になってしまいまして、そのせいですよ」
「すごいな。俺はエイトの姿をした魔物に見事に誘い出されたよ。セシリアが助けてくれなかったら崖下の魔物の餌食になるところだった」
「ナインの昔の仲間の……残酷なことをしますね、この階層の魔物は。崖下にもまだ魔物がいるんですか?」
「ああ、いるよ。人を肥料に育つ巨大樹が」
その言葉に寒気を覚えたシャルは自分の体をさすった。
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