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第2章 動き出す者たち/ガダル大森林

第92話

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 「気持ち悪いやつらだな」

 「そうですね。ですが、そう簡単に破られるようなことはなさそうです。っ! ナイン、その肩どうしたんですか」

 上に向けていた視線を戻したシャルは、肩口を押さえた少年の手の隙間から赤い血が流れ落ちているのを目にして口に手を当てる。すぐさま背囊から予備の布を細長く引きちぎると、出血部位を圧迫するようにして巻いていく。

 「悪い。ちょっと引っ掛けられた。こいつらの針は突き刺すだけじゃなくて、撃ち出すこともできるみたいだから気をつけろ。セシリアを拾い上げる時、一瞬スピードが緩んだのを見計らって撃ってきやがった」

 「痺れたりはしませんか?」

 「ああ、特に毒とかはないみたいだな。正直安心した」

 応急処置を終えた左腕を回しながら少年は答える。腕を動かすと、痛みは走るが使えないことはない。そこへ唇を引き結び、目に涙を浮かべたセシリアが近付く。

 「ナイン、ごめんなさい。私のせい」

 頬を伝った雫が顎先で大きくなって地面へと落ちていく。それを見た少年の手の平がセシリアの頭上へ。ぶたれる。そう思ったセシリアだったが来たのは痛みではなく、髪を撫でる優しい感触だった。

 「怒って……ないの? どうして?」

 「わざとこけたわけじゃないんだ。謝る必要はないよ。それよりもなんでこいつらは明らかに攻撃のチャンスだったセシリアを見逃して、シャルのところに行ったんだ? やっぱりお前、ぼーっとしてるから相手にもこいつは後でいいやって思われたんじゃないのか?」

 「ナイン、失礼」

 涙を拭った赤い目のまま、セシリアが頬を膨らませる。少年は首をひねった。複数の相手と戦うならば、減らせる時に相手の数を減らしたいと考えるのは当然だ。人間であれば当たり前の考えも魔物にとっては違うというのか。

 「防御魔術を嫌って先に潰しておきたかった……とは考えられませんか?」

 「その可能性もあるけど、セシリアが起き上がる前に聖域の守護者は完成していたんだ。完成前ならともかく、完成後なら余計にセシリアを狙うはずだ」

 「私……蜂と目、一回も合わなかった」

 「なんだ、目が合わなくて悔しかったのか? それなら聖域の守護者にまとわりつくようにしてたくさんいるから、顔を上げてみろ。いくらでも目が合うぞ」

 まるで檻の中の動物を見るように少年たちを見る赤い複眼は入れ替わることはあれど、途切れることを知らない。いつシャルの魔術が破られるか分からないこの状況下で、とんちんかんなセシリアの発言を聞くのは後回し。そう考えて適当にあしらったのだが、

 「セシリア、今なんて言いました?」

 真面目なシャルはセシリアに問い返す。全ての意見に真摯に耳を傾けるその姿勢は城で行われていた会議であれば賞賛されるべきものではあったが、優先順位が発生するダンジョン内においてはその限りではない。

 「シャル。セシリアをかまってやるのは後にして――」

 「ナイン、もう忘れたんですか? ペンダントのこともセシリアが一番最初に気付いてくれたんですよ」

 「それはそうだけど……」

 「カザラの街を出発した当初のセシリアは確かに赤子のようで何を言いたいのかよく分からないこともありましたけど、今は違う。私はそう思います」

 ペンダントの話を出されたのは痛い。頬を掻いた少年はおずおずとセシリアに続きを促す。セシリアは頷き、

 「蜂と目が合わなかった」

 「いや、それさっき聞いたから」

 「蜂、こっち見てくれなかった」

 「よかったじゃないか」

 「蜂、私、無視した」

 「もういいわ! 言い方変えてるだけで内容一緒じゃないかよ! シャル、やっぱり聞くだけ無駄だったじゃないか!」

 狭い中で地団駄を踏んで感情を露わにする少年とは対照的に、冷静にセシリアの言葉を聞いていたシャルの慧眼が光る。
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