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1章 ダンジョンと少女

第42話

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 「さあ、帰ろう。カザラでサラさんとクラリスさんが待ってる」

 徐々に近づいてくる出口の光。ついに少年とのダンジョン攻略は終わりなのだ。シャルは光へ向かって淀みのない足取りで進んでいく彼の横顔を見た。たった二日という短い時間の中で魔物の剥き出しの殺意に恐怖し、攻略者の死に心を抉られた。それでも攻略が終わってしまうことがどこか口惜しいのは、きっとこの少年が隣にいたからではないだろうか。

 赤の他人であった自分だけでなく、クラリスまでも救ってくれたことで始まった関係。救うことはできなかったが、男の元へすぐに走り出した少年の姿が心に強く残っていた。でも、そのことを言えば。また砂漠で話した時のように打算かもしれないと流されてしまうに違いない。シャルは心の中で小さく嘆息する。救いの手を差し伸べているのが本当に打算だとしたら、あんなに必死に駆けつけることはなかっただろうと。

 「まったく不器用な人ですね」

 溢れた言葉は空気に溶けて、隣を歩く少年の耳に入りはしない。いつも前を向いて進んでいる。にもかかわらず、時折見せる寂しそうな顔はどこか放っておけなくて。胸に手を当てる。切なさに似た、この感情は何だろうか。知りたくて。答えを求めるように、少年に向かって伸ばした手が空を切った。

 「いやあぁぁぁぁぁ!!」

 殺意などまるで感じなかった。故に気付くのに遅れる。少年が反応できたのは彼女の足が地面から離れた後だった。

 「そんな馬鹿な!」

 地形を記憶するほど何度も潜ったこの場所。その事実が告げる。この場所に、あんな魔物はいなかったと。出口から反対側の岩壁から伸びる腕。丸太ほどの太さもある腕が、肉食獣のような鋭利な爪でもって器用にシャルを捕らえていた。腕の根元。そこの岩壁に大穴が空いていたら、目の前の光景をかろうじて受け入れることができただろう。ああ、この魔物は隣の空間から壁を突き破って襲ってきたのだと。だが、

 「そっちには何もないはずだろうがぁぁぁ!」

 腕の先。本体があるであろう方向にはそこに繋がる道も、隠された部屋もあるはずがないのだ。少年一人で潜った時と同じであれば。けれども現実において腕は壁など意にも介さないとでも言うかのように透過していた。腕はシャルを掴んだまま、巻き取られるロープのように物凄い勢いで壁の中へと消え始める。

 「シャルを壁と手で圧殺する気か!? そうはさせるかよ!」

 吐き捨てられた言葉を皮切りに、宙を踊る二本のアンカーナイフ。シャルの体を拘束する爪に、そして腕に絡みついたのを確認し、少年は力の限り引きにかかった。

 「くそっ! なんて力だ! だけど……奪わせるかよ! 俺の前から誰かを。二度と!」

 奥歯を噛み締め引き続けるも、人の膂力を圧倒的に上回る力にずるずると引きずられていく体。壁に引き込まれる速度を緩めることはできているものの、拮抗状態にさえ持ち込めていない。

 「シャル! 抑えている間になんとかならないか」

 「や、やってみます」

 壁に引き込まれるまで刻まれる、命のカウンドダウン。シャルはどうにか脱出しようと身をよじるも腕から抜け出すことはできない。ならば痛みを与え、力が緩んだ隙に。少年から受け取ったナイフを取ろうともがく指が何かに触れる。

 ——カシャン!

 開いたのは魔術札を入れていた箱。そう音だけで判断したシャルは唇を噛む。魔術札は嘆きの死者たちとの戦いで使い切ってしまったはずだ。そう考える彼女の額に汗が滲む。せめて一枚でも残しておけばよかった。後悔する指先が何かに触れた。
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