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双華 シンジ

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 私は鏡の前で可愛い服を着ている自分が好きだ。いや違う、私ではない服が好きなのだ。鏡の前の自分は辛うじて見ていられるのだ。服という絶世の美女を纏っているお陰で、自分がぼやけるから、だから。
 私は私がどうにも嫌いだ。朝寝ぼけた顔で、鳥の巣のようなボサボサの髪で、洗面台に行く。そこには鏡があるので、必ず自分の砂漠みたいな顔が見えてしまうのだ。その時私は、持ってもいない金属バットで顔面を頭蓋骨ごと叩き潰したくなる。発狂してしまう。それで親に怒号を飛ばされるのが、私のモーニングルーティーンだ。本当に辟易する。承認欲求などという気味の悪いものも、とうに消えた。学校にさえ行かなくなった。独りぼっちの私は、気取った一匹狼みたいで耐えられなかったから。しかし、不登校となり部屋に籠りきりの今でも止めずに続けていることがある。それは、自分磨きだ。いや、この習慣は自分の為ではなく服のために行っていることなので、自分磨きとは呼べないのかもしれない。可愛い服が少しでも映えるように、私が邪魔にならないように、きちんと引き立て役を熟せるように。如才なく、迷いなく、自分を磨くのだ。私は着せ替え人形、私はマネキン、当たり前のことを度々自分に言い聞かせながら。
 さて、今日も鏡の前で美女達を引き立たせるとしよう。クロ-ゼットからワンピースを取り出し、私は姿見の前に立った。自分の体にワンピースを重ね、目線を前にやった。何だ?いつもの光景のはずなのに、何か得体の知れない違和感を覚えた。何だ?何がおかしいのだ?私は違和感に気づいてから数秒の間、その違和感の正体を掴めずにいた。そして目線を微かに上に向けたとき、やっとその正体を理解したのだ。私の顔が、ない。そこに映っていたのは私ではなかった。私と同じ服を着た、のっぺらぼうだったのだ。私は怖くなった。怖くなって、思わず鏡に右拳を叩きつけた。鏡の顔を映していた部分に細かく亀裂が入り、私の顔がグチャグチャになって映る。荒い呼吸のまま、私は小さく安堵した。呼吸を正し、再び割れた鏡に目をやると、先ほどとは異なる恐怖が私を襲った。鏡を割るほど動揺していたにも関らず、決して離すことのなかったその左手に、ヒビの入った美女がいたのだ。人を殺してしまった。美女が傷付いたのだ、私の汚い拳のせいで。どうしよう、どうすればいい?この人の命を助けるにはどうすればいい?私には分からなかった。だったらせめて命には命をもって。綺麗なワンピースが血液で汚れた。
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