†我の血族†

如月統哉

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†歪んだ光†

護るべき者のために

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★☆★☆★


「…カイネル、右眼は大丈夫か?」


ライセが、そう声がけた当の本人を一瞥することもなく、それでいて慎重に訊ねる。
その蒼の瞳に見え隠れする意思は、それまでのどの時よりも、強く、鋭い。

そんなライセが、右目に深い傷を負ったはずのカイネルを相手に、配慮した労りの言葉を掛けるも、そちらを一切見ようとしないのには訳があった。


何しろ眼前の相手は、かのルファイア=シレン。
直接的に手を下したのではないとはいえ、実の…それも双子の弟を、自らの計略によって間接的に葬り去った、冷徹かつ狡猾な策略家だ。


そして忌々しいことには、彼は敵対する闇魔界でも、恐らくは皇帝ヴァルディアスに次ぐであろう実力者。
つまり、それに相応した実力も、魔力すらも伴っている。
“目を逸らした”…その刹那の油断で、体勢を立て直すことが不可能な程の致命的な傷を、一撃の元に負わされたのではたまらない。

強者を相手にする場合、それがどのタイミングであろうとも、戦況は、そんなたった一手でひっくり返るのが常だ。
何故なら、力無い者を相手にするのであれば、その一手を出す出さない以前に、間違いなく強者側に勝ちがもたらされるのだから。

そしてライセの問いは、その点に重きを置き、同時に端を発していたのだが、そんな皇子の心境を汲み取ったのか…
あるいは既に見透かされていると判断したのか、カイネルは自嘲気味に笑うと、サリアや他の六魔将相手には、決して話さなかった本音を吐露した。

「…ま、ぶっちゃけ見えやしねぇし、まだ不慣れなんで、そこそこ不便ですけどね。
でも、この程度… あいつらがしてくれたことに比べりゃ、何の事ぁないですよ」
「──なら、先に言っておく」

不意にライセはその口調に、若干の厳しさと威厳を織り混ぜた。

「…自らが無理だと判断したなら、前には出過ぎるな。
慣れない片眼の視覚だけで、近距離の敵の動きを把握するのは難しい。
奴の懐には俺が入る。お前は必ず遠距離からの攻撃を…
そして援護をするように心掛けろ」
「…了解です、ライセ様」

カイネルは瞬きと共に返答する。
そして再び眼前の敵を見据えた。


…確かに今は、私怨が混じる。
自分の眼ひとつで事が済んだから良かったようなものの、あれでタイミングが少しでも狂っていれば、今頃…間違いなく死者は出ていた。

しかも、その“死者”に該当するのは──


「…ライセ様」
「分かっている、カイネル…」

ライセは言いながらも、その右手に父親・カミュ譲りの、強大な紫の魔力を集中させた。

「奴は精の黒瞑界の者のみならず、戦いに関係のない凛までをも巻き込み、殺そうとした。
…俺にとっては、奴を殺める理由が他にも出来たことになる」

「同感です」

カイネルがぴしゃりと言い捨てる。

「あいつら… 他の六魔将に過剰な攻撃を仕掛けたツケは、奴の血肉できっちり支払って貰います」
「…、あいつらというより、該当するのは、“あいつ”…
サリアひとりだけなのではないのか?」

ライセが真顔でぼそりと呟く。
それをカイネルは聞き逃さなかった。

「…さあ。それはライセ様のご想像にお任せしますよ」

カイネルにしては珍しくそう告げ、ふと、からかうように笑う。
…しかしそれも直ぐに鳴りを潜める。

このやり取りで確かに、緊迫感は多少、薄れた。
だが怒りと苛立ちは、先程よりも更に、胸と腹を侵食する形で増大している。


…ルファイアの性格を、全く知らなかった訳ではない。
だが、それでも彼は、こちらの予測を上回る程に姑息で、卑劣で、そしてその“総てにおいて”強者であったのだ。

…彼は、手を出されたくない者に手を出した。
死の恐怖を味わわせた。
躊躇うことなく、攻撃を加えた…

それだけでも殺す理由としては、充分という言葉ですらもお釣りが来る。
“だから”、殺す。生かしておく価値など無いから。
生かしておけばまた、後々の災いとなり、時には人により、驚異ともなるから──


「…、算段は済んだか?」

ルファイアが喉を鳴らして嘲笑う。
それをライセは、一瞥の元に黙らせた。

「…?」

それを見たルファイアは、何故か厳しい表情で訝しんだ。
ライセの右手にある通り、その魔力は…
それ自体は以前より強力になったという以外、その質そのものは、それまでと然程、大差ない。

だが、決定的に何かが違う。
何かこう…上っ面だけのものではなく。
根本的に何かが違うのだ。

しかし、内面故に。
…それが何かは分からない。


(疑問に油断を併発すれば、ルウィンドの二の舞になるのはこちらだ。
ライセ=ブライン… 一体、何が…
“何処が”変わった?)


ルファイアは表面上は、その考えを微塵も見せずに対処する。
しかしライセは、それにも臆することはしなかった。

…かつて、現・六魔将の長である、レイヴァンの息子であり、自らの伯父にも当たる将臣に諭されたそれ。
累世との、こういった場合の相違点。

将臣はあの時、累世がこのような状況下におかれた場合には、躊躇いも戸惑いもなく動くと断言した。
…その時には、それが何故なのか。
損得、利益・不利益、そして、自らが傷つくことも省みず、動くその理由が分からなかったが──

今なら分かる。
累世との、今は共通点となったはずの… 当時の相違点。
…今なら、その気持ちの全てが、手に取るように“解る”。
その基盤となるのは、感情を払拭させた、“人間としての本能”だ。


奪われる訳にはいかない…
渡したくもない。
だから守る。理性の全てを捨ててでも。
自分が絶対に留める… 護りたい者を。
皆の…“彼女の”、その存在を。


「──貴様相手に、算段など必要ない」

不意に、ライセが低く呟いた。
…その声に秘められた凍てついた殺気に、瞬間、戦闘に慣れているはずのカイネルの背が、本能に極めて忠実に、ざわりと震える。

(何だ… この、ライセ様の殺気は…!?)

カイネルは、それまでの怒りと今回の惑いの狭間で混乱し、愕然とライセを見た。
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