†我の血族†

如月統哉

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†染まる泡沫†

戦いに割く力

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★☆★☆★


…それから繰り広げられる、戦い。
闘い。
戦闘(タタカイ)…


「!…っ」

今やアズウェルは、追い詰められた獣の如き焦りを露わにし、その鋭い双眸をもってサヴァイスを睨んでいた。

その口元に、無造作に流れる血。
それをアズウェルは大袈裟なまでに、自らの手の甲で拭い去った。

…手が汚れようが、口元に跡が残ろうが構わない。
これは自らの過信の証に他ならないから。


──アズウェルの過信。
それは己の実力が強大過ぎるあまり、今まで敵らしい敵がいなかったことに起因している。

今まで負け知らずだった彼は、相手の力を測るということを知らなかった。
何しろ戦えば必ず勝つのだ。
文字通り必勝の者の驕りは、知らぬ間に敵の内面を見極める目を曇らせる。

アズウェルは言うまでもなくその中のひとりに該当していた。
常勝の者が見せる油断と傲慢。
それが今回は、最悪なまでに裏目に出た。


…相手が悪すぎたのだ。


サヴァイスは今までの、全てにおいて静を示す自らを潜め、徹底した動を露わにしている。
そしてそんな、今までには凡そ見られなかったはずの彼のギャップがまた、アズウェルの焦燥と迷いに拍車をかけていた。

…ふと、傍観していたレイヴァンが、口元をゆるりと動かした。
その確信めいた笑みは、勿論アズウェルには気付かれることはない。

「…サヴァイス様を表面のみで捉え過ぎているからそうなる…
サヴァイス様は、この精の黒瞑界の皇帝にして、吸血鬼皇帝の異名をも併せ持つ御方だ。だが…」

レイヴァンはその笑みを、至極挑発的なものへと変える。

「それ以前に忘れてはならないのは…
サヴァイス様が、あのカミュ様の父親であるという事実だ」

レイヴァンはそれだけを呟くと、瓦礫近くに残った空間の壁に背を預け、余裕をもって腕を組む。
…この時、彼は完全に非戦闘…
いわゆる観戦の姿勢を取った。


「カミュ様のあの性質は、サヴァイス様より色濃く受け継がれたものだ。
アズウェル、お前はこれから、その事実を目の当たりにすることになるだろう。
…そう、否応なしにな…!」


…もはやそれをアズウェル本人が耳にしていなくとも関係ない。
レイヴァンは、ただそれだけを彼へ宛てた忠告、そして餞とすると、戦いの最中でありながらも静かにその目を閉じた。

五感のひとつが封じられたことで、二人の気配はより明確に感じられる。

ぶつかり、離れ、また激突する。
一方が距離を取ると一方が追い、片方が距離を詰めれば、片方がそれを封じようとする。


左右に忙しなく動く、2つの気配。
隙を見せれば、まるで追随すら困難になりそうな──

わずかな空気の流れと、力加減で微妙に増減する魔力の発端を探ることで、レイヴァンは二人の動きを、余す所なく捉えていた。


今やすっかり傍観を通したレイヴァンは、文字通りの壁の華と化していた。
目の前で激しい戦いが繰り広げられているというのに、身じろぎひとつせず、整然と構え測る様は、知らぬ間に相応の高い実力を周囲に知らしめていた。


手を出す気になればいつでも出せ、
口を挟む気になれば、いつでも挟めた。
しかしレイヴァンがそれをしない理由。
それはサヴァイスの実力に全てを主ねたことにあった。


…普段は冷静沈着な主。
しかし一度(ヒトタビ)それを解けば、その印象からは遥かにかけ離れることを。
レイヴァンは良く理解していた。


水のようにうねり、澱む気配。
そうかと思えばそれはまたすぐに、雷(イカズチ)のそれに近いものへと変化する。


…静寂が反硬質化してゆく。
たった二人の争いに裂かれるようにして。

ここで下手に手を出そうものなら、自らが呑まれ食まれる。
刹那という、ごく短い時間軸の檻の中で。

そして、そこまでを見極め考えた時。

「…?」

ふとレイヴァンは、何かに気付いてその目を見開いた。
同時に封じられていた視覚が一瞬にして、風景という名の、精の黒瞑界においては仮初めにも近い、色彩と光を映し出す。


眼前に在るのは、舞うかの如く優雅に、それでいて力強く、息ひとつ乱さずに攻めの手を打ち続けるサヴァイス。
そして焦りという名の苦悶と苦悩が、強く前面に出たアズウェル──


一見だけならどうという事もない。
単純に、予測したままの光景…
つまり当然の、自らの想定の範疇内の事象が、眼前に広がっているに過ぎない。

だが、それだけのことにしか過ぎないのなら…
“何故自分は今、開眼するまでの違和感を覚えたのだろう?”

そう考えたレイヴァンは、改めてアズウェルの方へと注意を向けた。
すると、そんなレイヴァンの心境を見透かしたかのように、サヴァイスがゆるりと口を開く。

「思惑通りに行かぬことが、随分と裏目に出ているようだな…
望むままに土や屍を使えぬこの現状が、歯痒くて仕方がないか?」

「…ああ。正直、驚いたよ」

レイヴァンから見れば、まるで諦めたかのように、そして抵抗そのものを放棄したかのように、アズウェルが深く息をつく。

「さすがはレイヴァンの主(アルジ)だけのことはある…
侮っていたのは認めるよ。この闘気に、この魔力…、そして、この覇気。どれをとっても超一流だなんて…強いなんてもんじゃないね」

アズウェルはまるで、その狂気を消失させたかの如く、通常の反応を見せる。
しかし先程までの彼の様子から、その内面の悉くを知るレイヴァンとサヴァイスは、油断なくその蒼と紫をアズウェルへと落とした。

…精の黒瞑界においても、上位の実力を誇るその二人の視線をまともに受けながらも、それでもアズウェルは奇妙な余裕を見せている。
そんな折り、ふとレイヴァンの脳内で、先程の違和感と目の前のアズウェルの、現状のイメージが一瞬、交錯した。


…あの違和感。
そして、今の余裕。
更に主である皇帝の、あの“言葉”──


「“土喰いの魔物”…」

ふとレイヴァンは、先程サヴァイスが言い放った言を反復した。
今までの経過からも、全く予測がつかないこともなかった、その言語。
その事実。

しかしそれは一体、“何に対して”宛てられたものなのだろうか?

…レイヴァンは尚も測るようにアズウェルを見やった。
サヴァイスが先読みし、既にこちらに知識としてある事実からも分かること。
それは、彼が土の魔力を操るということは、全ての土はアズウェルの思うままということだ。


…そう、埋められたはずの屍さえ。
つまりは、“土に還った亡骸さえも”。


だが、この地… すなわち精の黒瞑界の同胞の骸を弄ぶことは、サヴァイスが先程の己の言、そして動き…
すなわち、言動でも完全に封じている。

だとすれば否が応にも、だ。
“ならばアズウェルは、何を利用するつもりで、これだけの余裕を見せているのか”という結論に、嫌でも行き着いてしまう。


敵方の土、つまり屍をまるっきり利用出来ないのならば。
次にアズウェルが利用すると考えられるのは…!


「!まさか…」


レイヴァンの、天啓にも近い閃きに合わせるように、同じく、アズウェルのこれまでの反応から、その思惑を看破したらしいサヴァイスの魔力の規模が、今までの数倍に跳ね上がった。

…それを見たアズウェルは、今までとは一転した、残虐な笑みを口元に貼り付ける。
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