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†染まる泡沫†
…お前は何故に…歪み、狂う…?
しおりを挟む争いも、諍いも、
全ては当然のようにある
綺麗事ではないそれには
仮初めにも正義など振りかざせはしない
“守ること”
その名目ばかりを盾にしても
見るがいい
その手は狂気にまみれる程に
血に濡れ、染まっている
鈍色の鮮血に染まるその手
真に理解する者は、語りはしない
その手に罪が連なっているのだから
ただ、静かなまでに緩やかに
時を経る毎に、重ねてゆくのだから…
ヒトは体に罪を染み着かせて生きている
自らが生きる欲と本能の為に
常に何かを殺して生き長らえている…
人間は弱い
その総てを知っていても
どんなに罪深い存在でも…
…それでも
脆い程に砕けやすい心にも
ただ、光という名の希望を乞うて
──“生きている”…
★☆★☆★
──ひとり、空間に残ったこの世界の皇帝・サヴァイスの様子を、心のどこかで気にかけながらも…
レイヴァンは、自らとペアを組んだ六魔将のうちのひとり・ユリアスと共に、精の黒瞑界の民を守護し、仇なす敵を掃討するべく、闇が全てを支配する、居城の外へと向かった。
外に出た途端に、その感覚に当然のように食い込んでくる、嫌な気配。
それはざらりとしているようでいて、酷く艶めかしい。
レイヴァンがその気配に眉を顰めた隣では、同じように気配を察したのか、ユリアスはぞわりと身を震わせた。
そんなユリアスを一瞥しながらも、レイヴァンは次に、精の黒瞑界が措かれている現状に目を向けた。
何よりも先に六魔将二人の意識を奪ったのは、その“気配”そのものであったが、そちらから気を逸らすことによって、今の現実が目に映る。
──今や精の黒瞑界は、そこかしこから天を焼き、染めるかのような、舞い上がる炎と煙…
そして、音だけでは場所を特定することすら困難な程の、数多の爆音によって、その全土が覆われていた。
鼻を突くのは、酷くきな臭い、埃の匂い。
そして風が炎を運ぶのに伴って、鈍い、血の匂いをも同時に運んでくる。
この惨状を目の当たりにしたユリアスは、絶句すると同時、自らの今後の在り方を、己に問わずには居られなかった。
一方のレイヴァンは、気難しい表情を崩すこともなく、不意にその手に膨大な蒼の魔力を集中させる。
…だがそれは必然的に、時を止める為の構成ではない。
レイヴァンといえば確かに、時、つまり時間に関する扱いのスペシャリストではあるが、かといって、“時に関すること”、その全てを扱える訳ではない。
…元より、故意に因果率を歪めることなど、そうそう許されるものではないのだ。
そして今回に限っては、言うまでもなく範囲が広すぎる。
この範囲全てに時の魔力を応用するなど、そうも容易く出来るはずもなく、また同時に、稀なる規模の魔力を使いこなすだけの器の容量も、レイヴァンにはない。
…とすれば、レイヴァンは一体、何の魔力の構成を編み上げているのか。
ユリアスもやはりそれを意識したが、意外にも、その答えはすぐに出た。
レイヴァンの手が、それだけで周囲を切り裂くような、眩い蒼の光に覆われる。
瞬間、その発動した魔力は、四方八方へと勢い良く飛び散り、そのまま引力に導かれるかの如く、かなりの広範囲に渡って降り注いだ。
その様はその魔力の色合いも手伝ってか、それとも気持ちがそう見せたのか…
スコールにも近い勢いで大地に降り注ぐ、本当の雨のようだった。
それは次々に、炎そのものを打ち砕く形で消失させてゆく。
同時に、近くまで飛び火してきたはずの炎が、ユリアスの目の前で、音もなく弾けた。
これを見て、ユリアスはレイヴァンの使った魔力の種類を理解する。
(…例えレイヴァンといえど、ここまで崩壊したこの世界そのものを、元のように修復することは不可能…
よしんば出来るものと仮定したとしても、そこで魔力を使い果たせば、以降の対・アズウェル戦は、現在の戦力からも、非常に厳しいものとなる…!)
ユリアスは静かにレイヴァンに視線を走らせた。
そして、更に考えを巡らせる。
(かといって、このレイヴァンのこと…
この様子を傍観してまで、魔力を温存する気は、更々ないんだろうね…)
つまりレイヴァンが使った魔力は、言うなれば、“部分的な時間逆行”。
この世界の姿そのものを戻すまでには至らないことから、レイヴァンは、せめてそれを脅かす炎を、時の魔力を直接ぶつけることで止め、更に、元々なかったもののように、無に還元させたのだ。
…レイヴァンの魔力によって、それまで荒れ狂っていた炎は、徐々にではあるが鎮静化してゆく。
それにユリアスは安堵したが、レイヴァンは何か引っかかることがあるのか、その警戒を全くといっていいほど崩さない。
ユリアスがそんなレイヴァンを気にかけるよりも早く、その当のレイヴァンは、ひどく釈然としない様子で声を洩らした。
「──おかしい」
「…なに? 何がだ、レイヴァン」
六魔将随一の時の魔力を持つレイヴァンの、慎重な、含みのある言に、さすがにユリアスの瞳に、これまでにない緊張が走る。
「足元を見ろ。…おかしいとは思わないか?」
「…?」
ユリアスは言われるがままに足元に視線を落とすも、レイヴァンの真意が分からず、ただ、眉を顰めて首を捻るばかりだ。
そのユリアスの反応を後目に、レイヴァンは鋭く変化した瞳で地面を見つめ、いよいよもって真剣な口調で告げる。
「先程まで、この世界には大量の雨が降っていたはずだ。
だが、我々が外に出た時には、既にその雨は上がり…数多の炎が、この世界全域に渡って広がっていた。
…そこまでは分かるな?」
「…まあね」
ユリアスは軽く相槌を打つことで、そこまでの理解を肯定する。
するとレイヴァンは、何を思ったか、地面からその美しい双眸を逸らした。
同時にその蒼の髪が、音もなく揺れる。
「ならば気付くだろう、ユリアス。
──その割には、随分と地面が渇き過ぎているということに」
「あっ…!」
レイヴァンの指摘は、その全容を詳細に語ったものではなかったが、ユリアスはそれによってようやくピンと来たのか、そのまま自らの口を押さえて絶句した。
レイヴァンは殊更静かに先を続ける。
「気付いたか。…そうだ、この地面の渇き具合は明らかにおかしい…
幾ら先程まで、この世界の各所に炎が広がっていたとはいえ、あれだけの大雨の後に、地面に水たまりのひとつも無いというのは、不自然極まりない。
やはり、これはどう考えても── !」
話の途中であることは百も承知で、レイヴァンは何故か、いきなり後方に向かって強く地を蹴った。
すると、その、たった今までレイヴァンがいた箇所の地面が、何か途方もなく重いものでも落としたかのように、べっこりと丸く陥没する。
それを前置きなしに目の当たりにしたユリアスは、瞬間的に顔色を変えた。
「…な…!?」
…その瞳に移るのは、ゆうに自分の背丈ほどにも陥没した地面。
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