Ωの皇妃

永峯 祥司

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第2部

再会、再開

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 リューシの死刑が執行された翌日、コリネリ、ノット、レイド、リーンの4人はとある場所に召集されていた。屋台や店の立ち並ぶ裏に通る道の入り口。一歩出れば大通りだが、逆に言えば一歩入れば閑散とした路地である。そこで思い思いに壁に寄り掛かったり、しゃがみ込んだりしながら何かを待っているのだった。彼らを集めたのはバルトリスだが、本人の姿はない。

「副隊長」

 慣れないローブを鬱陶しそうに跳ね除けながら呼ぶノットに、コリネリが何だと目を向ける。
 余談だが、このローブもバルトリスの指示だ。初めは人目につかないような恰好をして来いと言っていたのだが、衣服に無頓着な第1部隊員達は生憎軍服の他に持ち合わせていなかった。軍服よりはまだマシだという事で全員ローブを着用する事になったのだ。

「我々は何を待ってるんです?」

 部下の問いに、コリネリは答えあぐねた。
 召集の理由ははっきりとは伝えられていないが、この時分にこの面々が集められるとなれば予想はつく。だから服装の指定にも何も言わずに従った。
 だが、若い部下達にはどうもそれがもどかしいらしかった。それが自分らの期待するところのものであるかどうか、しきりに知りたがっている。あの思慮のある軍医長がはっきりと口に出さなかった事をわざわざ言うべきか否か。彼らとて察しはついているはずなのだ。

「副隊長、」
「──俺たちはただ待っていればいい」

 答えにならないような答えを有無を言わせぬ調子で返せば、ノットは開きかけた口を一文字に結んだ。不服そうな表情で足元を見つめ、眉を寄せる。上司に向かってする態度とは言えないが、少し前なら突っかかってきていたのが最近は顔だけにとどまっているのだから諦めがつくというものだ。
 上司は上司でもあの人になら従順さがあるのに、とは言っても仕方がない。それは隊長か副隊長かというような差の為すところではないだろう。極端な話、この青年はあの人の事しか敬っていない。いや、そこにいるレイドとリーンもあからさまではないだけで同類かも知れないが。
 
「待つ側ってのはしんどいものだ」
 
 待ちくたびれ始めている部下たちに、自分でも少しズレていると思う慰めを言ってみる。気の利いた台詞が浮かばないのは大目に見て欲しい、とコリネリは思う。自分とて、今待っているものが本当に期待するものなのかどうか気が気でないのだ。
 
「もうかれこれ2時間近く待機していますが」

 壁を背にしていつも通り黙していたレイドが言う。

「副隊長は軍医長から何もお聞きになっていないんですか」
「聞いたさ、目立たないように待機しておけってな」
「そうではなくて……」

 レイドがその先を言う前に隅で座り込んでいたリーンが立ち上がって路地の奥に見入る。それに釣られて大通りの方を向いていた3人も振り向き、目を見開いた。
 いつの間にか、自分たちと同じようにローブを来た人物が3人立っていたのだ。全員、フードを被っている。

「おいおい、俺だよ」

 右端の大柄な男が警戒し軍刀に手をかけるコリネリらを笑いながら止める。ばさりと脱いだフードから赤毛が現れ、なんだと力が抜けた。

「軍医長ですか……驚かさないで下さい」
「悪い悪い。それよりコリネリ、その若い奴らに余計な事言ってないだろうな?」
「ええ、何も」

 ならいいとバルトリスは白い歯を見せ、中央の人物に声をかけた。

「ちょっと顔見せてやれ」
「……ああ」

  フードの下から覗いた色に、歓喜が沸き起こった。

「隊長……っ!!」
「上手くいったんですね……!!」

 わっと自分を取り囲む部下達に、彼らが待ち望んだ漆黒──リューシは苦笑を浮かべた。

「随分と熱烈な歓迎だな」

 当たり前ですとリーンが涙ぐむ。

「まるで悪夢でしたよ……もしこのまま隊長が帰って来なかったらって……」
「ああ、悪かった」

 リーンの肩を叩いて詫びる彼の声は聞き慣れたものよりも幾分柔らかい。その彼がバルトリスともう1人の男にさり気なく左右から支えられているのに気付き、コリネリは眉を顰めた。

「隊長、具合がお悪いのですか」
「いや。まだこの身体に慣れていないだけだ。直に良くなる」
「そうですか……」

 そういえば、リューシの身体は新しいものになっているのだ。きっとまだ馴染めていないのだろう。何か手伝う事があればとバルトリスに目で問いかけると、彼は微笑で答えた。ここは軍医長様に一任しておく方が良さそうだ。

「ところで、それは誰です?」

 ノットが視線で左端のローブを示す。この人物だけは未だにフードを被ったままであった。長身な体格からして男であると想像出来るが、他の者が顔を晒している中では些か不審だ。
 注目が自分から隣の者に移ったのを見て、フードを被り直していたリューシは「この方は顔を出さない方がいい」と言う。

「なぜです?」
「皇族が軽々しく出歩くわけにはいかないだろう」
「は!? 皇族!?」

 ノットだけでなく、他の者も思わぬ答えに面食らった。詳しく訊こうとする彼らに声を落とすよう手振りで命じ、リューシは何やらバルトリスに目配せする。それにバルトリスが頷いて同意を示すと、彼は言った。

「わかっているだろうが、俺は今、世間的には幽霊・・だ。ある意味では俺も軽々しく出歩けない」
「ええ、わかっています。だからこうしてローブを……」
 
 そうだとコリネリに頷き、薄く笑む。

「逃げるぞ」


◇◇◇


 白い喪服に身を包んだ1人の女がラヴォル邸から現れる。手には小さな荷物を1つだけ抱え、振り向きもせずに庭を抜けて行く。その足取りは重く、皺の刻まれ始めた顔は暗く沈んでいる。

 女はヤスミ―その人であった。
 当主に暇を乞うたところあっさりと認められたのだ。24年も仕えた主亡き今、彼女をこの家に縛るものはなかった。
 どこへ行こうという当てはない。暫く知人の家にでも世話になってそれから1人で静かに余生を過ごそうと、ずさんな考えで長く仕えた家を飛び出していた。1秒でも早くラヴォルの者達から離れたかった。

 方角も決めずに暫く歩き、足がくたびれた頃、木陰に腰を下ろした。商店の立ち並ぶ大通りをわざと避けて通ってきた田舎道だ。ここを通る者は滅多にいないだろう。この人目に触れない場所に一休みするつもりで腰を据え、ヤスミ―はふと思い出す。こじんまりした手荷物の中から一通の手紙を取り出し、しげしげとそれを眺めた。

『預かりもんだから、気が向いたら読んでおいてくれ』

 昨晩そう言って主の友人の軍医長が手渡してくれたものだ。彼は行き場を失くした絶縁状を軍で処理しておくからと引き取りに訪れた。そのついでにこの手紙を届けてくれたのだ。
 差出人の名も受取人の名も、何も記されていない真っ白な封筒。中の便箋に何が書かれているのかはまだ確認していなかった。

 しかし、いつまでも未開封で置いておくわけにもいかない。気持ちがある程度落ち着いた今読んでおこうと、ヤスミ―はペーパーナイフも使わず便箋を取り出した。二つ折りにされていたそれを開いた瞬間、彼女の目は殆ど円形に見開かれた。

 ──坊ちゃん……!?

 目に飛び込んだ便箋に綴られた文字は、間違いなく主のもの。心臓が跳ね上がった。
 震える手で老眼のかかり始めた目から離して読む。やがて、乳母の頬には涙が伝い始めた。嗚咽が漏れ、丸めた小さな背中が小刻みに上下する。

 その手紙の文章は実に素っ気ない。

『俺は生きている。心配するな』

 詩よりも短いたったふた言。走り書きの、見慣れた主のメモであった。
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