Ωの皇妃

永峯 祥司

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第1部

夜襲

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眠れない。
 
 真夜中にも関わらず冴えてしまった頭を抱え、セドルアは敷物に寝転がる体勢を変えた。隣では便宜上の護衛である赤毛の男が鼾をかいている。熟睡しているらしい彼に護衛役が務まるのかどうか甚だ疑問だが、皇族として護身術を心得ているセドルアにとってそれは重要ではなかった。
 
 それにしても、とやはり覚醒したままの脳で考える。
 正直に言うと、今回の同行は至極自分本位なものだ。自分の持っていたマストネラは確かに長年の重しにはなっていた。いつか返したいと思っていたのも本当だ。だが、それは口実に過ぎない。彼に近づくには今しかないと思った。

 どうして自分は、あの黒を追ってしまうのだろうか。
 初めて彼を見たのは、6つの頃だった。確か、宮殿の中庭で兄と談笑しているのを見かけたのだ。庭師によって丹念に手入れされた色彩の中に、その黒だけがぽっかりと浮かび上がっていた。14年も前の事だが、あの時の衝撃は今も鮮明に残っている。
 父の最後を看取った時に再会して以来、あの黒は以前にも増して自分を縛り付ける。まるで呪縛だ。

 戦士の腕輪を抱えていた期間と同じだけ、彼の姿を見る事は叶わなかった。その間に自分は成長し、彼もまた大人の男に成長していった。その過程に自分が組み込まれていないという事がセドルアを苛立たせる。
 ──ただ、婚儀の時の彼は見えなくて正解だった。彼に白の儀礼用軍服はきっと似合わない。今の彼を見ればそれは明白だ。

 大きな鼾を立てる護衛にちらと視線をやる。ズグンと胸の中で暗い何かがうごめいたのを感じた。

 ──この男は、どこまで彼を知っているのだろう。

 彼に白が似合わない事に気付いているのだろうか。彼の黒を、どれだけ己に溜め込んでいるのだろうか。きっと自分より多い。それが癪だ。
 この感情が何なのかに興味はない。だが、どうしても、恐らく1番彼の隣で過ごしているであろうこの男を快く思う事は出来なかった。

 これ以上考えてもきりがない。眠れなくともせめて瞼は閉じておこうと、セドルアはアメジストを覆った。

 こうしているうちに睡魔がやって来てくれはしないか。いつ訪れるとも知れぬ眠りを待っていれば、微かな香りが鼻を擽る。
 何の香りだろうか。芳醇で甘美な匂いだ。すっと肺に吸い込むと、心なしか身体が熱くなったような気がした。

 宴で出されたアニモラの実の、捨てられた種や皮の匂いだろう。そう結論付けたその時、小さな物音が聞こえた。神経を研ぎ澄まさなければわからないが、砂利を踏む音だ。この夜中に誰かが出歩いているらしい。自分以外にも眠れない者がいるのかと、何気なく外を覗いた。

「ん……?」

 3、4人の影が20m程先の暗闇の中で動いている。月に雲がかかっているのか、明かりが足りずはっきり見えない。何をしているのだろうと目を凝らした丁度その時、藍色の雲間から月光が射し込んだ。白銀の光に照らし出された先頭の人物に、セドルアはハッと息を呑んだ。

 ──イェン……?

 後ろ姿だが、左腕に2本のマストネラが見えた。間違いない。こんな時間に何をするというのだろう。男達の行方を見届けようと首を伸ばし、またも驚く。
 彼らが足を進めるその先は、リューシが寝ているラシルァンだ。

「おい、起きろ」

 呑気に眠っている護衛を揺り起こす。散々鼾をかいていたにも関わらず、男はカッと目を見開いて覚醒した。

「どうなさりました」
「妙な動きをしている輩がいる。ラヴォルが寝ているラシルァンに向かっているらしい」

 外を確かめるよう促すと、先程セドルアがしたように隙間から目を覗かせる。その時には既にイェンらの姿はなかったが、彼はサッと顔色を変えた。

「不味い」

 無造作に軍刀を掴みラシルァンを飛び出す。一体何を悟ったというのか。

「待て! どうする気だ!」

 呼びかけても構わず走って行く彼の後に、セドルアはわけのわからないまま続いた。


◇◇◇


「……ぁ、っふ、よせ……っ」

 あり得ない濃さのΩのフェロモンとαの雄のにおいで噎せ返るような空気の中、卑猥な水音と荒い息遣いが響く。他に音のない真夜中のラシルァンではそれらが余計に際立って聞こえる。

「っあ……!」

 男達が群がっている中心にある白い肢体がビクンと跳ねた。絶え間なく与えられる刺激に反応し、上気した汗ばむ肌は情欲をそそる。が、その傍らに散らばったボタンや所々引き裂かれた衣類を見る限り、その行為は合意のものではない。
 敷物の上に押さえつけられたΩ──リューシは、4人のαに身体中を弄ばれていた。

「んぁ、は……っくそ、いい加減にしろ……っ!」

 なけなしの理性で抵抗を試みるが、発情したαの腕はびくともしない。厄介な事に、乱れるリューシに興奮した彼らは抵抗すればする程煽られるようだった。

 α達はそれぞれ好き勝手にリューシの身体を弄くり回しているのだが、その中心となっているのがイェンだ。理性を失っても畏怖は残っているのか、他の者はどこか遠慮しているように見える。
 その一方で──その若さゆえにフェロモンにあてられ易いのだろう──リューシを犯そうと正面で後孔を開かせるイェンには本能しか残されていない。昼間の善良な青年の面影はなく、ただひたすらにΩの身体を貪っている。瞳孔が開きギラついた目はさながら獣だ。

 後孔を一応解そうとしてはいるらしいが、その手つきは痛みを軽くしてやろうなどという優しい愛撫ではなく、ただ挿入し易くするだけの雑な作業だ。それでも、浅ましいこの身体はその作業を性的な刺激として受け取ってしまう。

「っ!?」

 前立腺に触れられ、頭の中が真っ白に弾けた。それと同時に自身から白濁がほとばしる。その余韻も待たず、次の快楽が押し寄せてくる。
 1対1ではあり得ない量の刺激を全身に受け、辛うじて保っていた理性の端を手放してしまいそうだ。身体だけは早く早くとαの熱をねだっている。このまま身を任せてしまえと何かが囁く。自分自身もまた、Ωの本能に忠実になろうとしているのだ。その事実がリューシには屈辱だった。

 だが、それ以上に首輪を引き千切られるのが怖い。
 先程から背後にいる男は首輪の周辺を噛んだり吸い上げたりしている。それは間違いなくうなじを噛もうとする予兆だ。
 もし今項を噛まれてしまったら。この中の誰かと番になってしまったら。例えそれが「事故」でも、相手が番を解消したくないと言ったら──どうすればいい?

 βのバルトリスに「治療」で触れられている時にはこんな恐怖は感じずに済んだ。それに、あいつはこんな横暴な触れ方はしない。時々飛びそうになる意識の隅でそう思うのは、現実逃避だろうか。

 拘束から脱け出そうと再度試みようとした瞬間、中に埋められていた指がずるりと引き抜かれた。危うく名残惜しそうな声を漏らしそうになり、ぐっと唇を噛む。直後、指とは比べ物にならない質量のモノが宛がわれた。

「おい……っ! よせ、それは駄目だ……!!」

 悲鳴に近い声を上げるが、それは構わず入口を押し開いて侵入してくる。

「うぁ……っ」

 流石αと言うべきか、いきり立つそれは人並み以上に大きい。ラガーディのものを押し込まれた時は慣らしていないのもあったが、これは多少慣らしたにも関わらず苦しい。
 しかし、痛みだろうが何だろうが、それらを快感に変換していってしまうのが発情時のΩの身体だ。現に、少しキツいのか入口でまごつくその動きが快楽を欲する身体を焦らしている。

 早くと言うように後孔からは蜜が溢れ、欲しくもないモノを受け入れる為の準備が成される。前世ではただの排泄孔でしかなかったものが、性器として機能している。

 ──くそっ……気持ち悪ぃ……っ

 芳香剤のように甘い匂いを振り撒くこの身体も、αを欲するこの本能も、今まさに男根を受け入れようとしているあなも、全てが気持ち悪い。
 誘発されて盛った獣になったαなど比ではない。自分自身が一番、気持ち悪い。

 興奮したイェンは一刻も早くリューシの身体を貫こうとする。ぎちぎちと先が埋め込まれ、いよいよ全体が入ろうとしたその時、突如、イェンの体が引き倒された。それと共に入っていた部分が一気に抜け、排泄感に声が漏れる。
 何事かと頭上を見上げ、リューシは目を見開いた。

 深緑の瞳に憤怒の色を湛えた男が、リューシを拘束していた別の男を殴り飛ばす。そのすぐ後にアメジストの瞳も現れ、一瞬のうちに残りの2人が折り重なって倒れた。反撃の隙を与えない、素早い攻撃だった。

「何で、」

 小さく呟いたリューシを、片方の男がきつく抱き締めた。
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