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2 未知の世界

2-3.不思議な少年(ヴィンツ視点)

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 ヴィンツェンツ・シャール・アガット。
 アガット公爵家の次男である、俺の名だ。

 入学早々人に囲まれている双子の妹・ヴィンフリーを待ちながら、Aクラスの前まで向かうと、廊下の突き当たりに背を預けて、教室の中を窺っている物憂げな少年が目に入った。
 十二歳というには少し小柄で、色の白い少年だ。サラサラの灰髪や長いまつ毛は美しく、不思議な魅力があった。
 教室に入って行く生徒たちの中には彼を横目に見る者も多く、とくに女生徒は興味津々のようだった。
 少年のほうは特に意に介した様子はなく、ただ無表情のまま佇んでいた。
 どこの令息だろうか。
 Aクラスに入るなら優秀なのだろうが、社交界で見た覚えもない。
 制服を着ているのだから、同じ一年生には違いないのだけは確かだ。

 気になって見ていると、よくやく人の輪から戻ってきた妹が袖を引いてくる。

「ヴィンツヴィンツ、あの子可愛いですわね」

「あの子って、あの?」

「ええ、私の可愛いセンサーにバッチリ引っかかっておりますの」

「なんだそれは」

 ヴィンフリーが彼へ近づこうとするので、その肩を掴んで止める。

「公爵令嬢だからって、あまり横柄な態度はとるなよ」

「あら、そんなことしませんわ」

「そうか。俺も行く」

 ヴィンフリーが声をかけると、少年はやや俯き加減だった顔をあげ、大きな金の瞳が露わになる。その瞳を瞬かせて、少年は驚いたようにヴィンフリーと俺を見つめた。
 答える様子が無かったので、ついいつもの調子で妹と会話をしてしまうも、少年は何の反応も示す様子はない。辛うじて、話している俺たちと、教室との間で視線を彷徨わせていたくらいだ。
 俺たちのことを知らないということはないだろうが、些か拍子抜けした。

 いきなり声をかけたのは迷惑だっただろうかと思いながら、俺は先に行こうとするヴィンフリーに続いた。


 教室に入ってすぐ、ヴィンフリーは第二王女の元へと向かおうとした。

「ティアナ殿下は本当に無類の可愛さですわ!Aクラスの男子は幸せですわね」

「恐らくだが、一番喜んでいるのはヴィンフリーではないか?」

「そうですか? でも、嬉しいのは本当ですわ」

 ティアナ・アルヴ・レイテュイア第二王女殿下が、同じ学年だということを知って舞い上がっていた妹を思い出して、やはりそうだろうと思う。

「私、ご挨拶に参りますわ」

「挨拶なら、入学式の前にもしただろう?」

「それはそれですわ」

 仕方のない妹である。
 諦めてついて行こうとして、肩を叩かれた。

「ヴィンツェンツ様、ヴィンフリー様。よろしいでしょうか」

「ディルクか」

 以前にとある縁で知り合った男爵令息・ディルクだった。
 その声に、ヴィンフリーも振り返る。

「ディルク? 久しぶりですわね」

「お久しぶりです。お二人と同じクラスだなんて光栄です」

「光栄だなんて。貴方の実力でしょう? 凄いですわ」

「ディルクは優秀なんだな。同じクラスで俺たちも嬉しいよ」

「あ、ありがとうございます」

 照れるように歯切れ悪く礼を述べるディルクに、少し微笑ましいような気持ちになる。
 俺たち公爵家の人間は、無条件でAクラスに配属されるので、実力で席を勝ち取ったディルクは素直に凄いと思う。
 家のことはあまり言いたくないが、男爵家というのも相まって、余計に。

 その会話を聞かれたのか、俺たちの姿を目にしたからか、他の生徒たちも、俺たちに挨拶をしようと寄ってくる。
 公爵家の威光はどこへ行ってもついてくるようだ。
 教室に来る前も人に囲まれていた妹を思い出してため息をつく。

「あ、ラーラ! 同じクラスで嬉しいですわ。これからも仲良くしてくださいまし」

 ニコニコと愛想を振りまくヴィンフリーの声が聞こえる。
 俺はこの疲れ知らずの妹に、随分助けられている。

 少し疲れて上を仰いだとき、最後列に腰掛けて、令嬢たちから質問攻めにあっている先程の少年が目に入った。
 相変わらず仮面を被ったように表情は動かないが、会話はしっかりしているようだ。普通無表情でいても人は寄り付かないのだろうが、彼の場合その大人しい表情が逆に、石膏のような美しさに拍車をかけている気がする。
 遠巻きにも、気になってチラチラと伺っている生徒らがいるようだ。
 かく言う俺も、先程から様子を伺っているうちの一人だろうし。

(あの調子なら、家など関係なしにモテるだろうな)

 羨ましい限りだ。
 と言ったら贅沢か。



 担任のライナルト先生からの説明が終わり、自己紹介を兼ねた出席確認が始まった。
 といっても、皆十二歳で、これまでにも多くのパーティやら茶会に出席しているから、知っている顔がほとんどだ。
 俺も、知らないのはあの少年くらいか。

 脳内の情報を反芻しながら、Aクラスの仲間の自己紹介を聞き、自分の番を待つ。

「サリエル・ルエド・ブランシュ君」

「はい」

 その声に振り返り、思わず目を奪われる。
 彼だ。
 先程は聞けなかった彼の言葉を聞きながら、ブランシュ家についての知識を思い出す。

 ブランシュ伯爵家。歴史は浅いが、当主については優秀な記録が多く、多くの貴族家から評価される良家である。
 現当主は、元王国魔術師で、“技能の宝庫”と称されたこともある、歴代最高技能値の持ち主・ホルス。
 彼が技能界に齎した功績は大きく、彼の努力の過程は今も多くの貴族の教育に生かされている。
 知識面だけでなく、戦闘技能も優秀で、一時は王族の護衛に推薦されたこともあるとか。
 朗らかな人柄と顔の良さで、敵を作らず、多くの繋がりを持っているため、政治的にも手を出しにくい相手である。

 子息については、名前は知られているものの、社交界に出てくることはほとんどなく、伯爵の「病弱である」という言葉だけが彼を指す言葉だった。

「よろしくお願いします」

 と閉めて口を閉じた彼は、こちらが期待していた印象など微塵も与えないまま、席についた。
 ただ何故か、目を離したら消えてしまいそうな、そんな儚い印象を抱かせた。

 ヴィンフリーが俺の耳に口を寄せて、小声で

「未知の可愛さですわ」

 と言ってきたが、それについてはよくわからない。
 それに妹は大体全ての人に似たようなことを言うのだから、なんの参考にもならない。

「可愛いは絶対なのですわ」

 王女殿下の名前が呼ばれる間にヴィンフリーがそんなことを言うので、

「静かにしていろ」

 と言い返す。
 ふと、振り返ってサリエルを見ると微笑みを浮かべていたので思わず二度見する。

「ティアナ殿下は至高の可愛さですわ。ヴィンツもそう思うでしょう?」

(今、笑って…)

「ヴィンツ?」

「あ、ああ…そうだな」

 全く聞いていなかった。

「やっぱりそうですわよね。殿下の可愛さは…」

 もう一度チラッとサリエルに目をやるも、元の無表情に戻っていた。

「……」

 殿下の自己紹介の内容は…後でヴィンフリーに聞けばいいか。
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