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本当に大切なもの

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 さて、今日はこないだ来てくれたお客さんのお話だ。

 その日のお客さんは「とうま」
 とうまは小学4年生。
 こないだ10さいの誕生日《たんじょうび》をすぎたばかりだった。とうまには4さいになるおとうとの「かずま」がいる。2人は兄弟《きょうだい》だ。
 とうまはその日、すごく落ちこんでいた。そして、ものすごく怒ってもいた。
 きのうはとうまのたんじようびだった。ずっとほしかったゲームを、お父さんとお母さんからプレゼントでもらったのだ。
 しかし、今日の夕方に弟のかずまとのケンカでこわれてしまったのだ。
 ケンカの原因はささいなものだった。
 とうまは、もらったばかりのピカピカのゲームを、次の日に学校から帰ってきたときに、たくさんやりたかった。でも弟のかずまは、やっと学校から帰ってきた大好きなお兄ちゃんとブロックで遊びたかった。かずまがブロックで遊ぼうとさそっても、ゲームを始めてしまって集中しているとうまには聞こえない。へんじもしてくれない。オヤツを持ってきても見向きもしない。
 おもしろくないかずまがやきもちをやき、とうまからゲームをうばいとり、全力でカベにゲームを叩きつけた。とうぜんゲームはこわれ、遊べなくなってしまった。 とうまは怒り、弟をたたいた。泣いている弟をのこし、家を飛び出してきたのだった。

 帰ったら弟を泣かしたのでお母さんにしかられるかもしれない。でも、泣きたいのは自分だ!などと、とうまは思っていたのだろう。大切なゲームがこわれたことを思い出したら、また涙がでてきた。
 泣いてるのを気づかれたらはずかしいのか、とうまは涙をこらえながら、いくあてもなかったが商店街をはずれまでズンズン歩いていった。

 ずいぶん歩いたところで、とうまは来たことがない道に出たことに気づいた。
 横をみると、へんなお店がある。ボヨンボヨンと不思議な音楽も聞こえてくる。
 「猫又亭《ねこまたてい》」と書いてあるが、とうまは漢字が苦手でまだ読めなかった。

(ねこ……ん??)

 猫又亭《ねこまたてい》の『猫』は、なんとなくわかったが、他が読めなかった。

(漢字《かんじ》の練習サボっているからな)

 とうまは少しだけ普段の勉強不足をはんせいした。
 お店のおくを見ると、見たことがない物ばかりある。変なボタンがたくさんある|キーボードや、へんなもようの絵とか、ボコボコになったでかいナベとか、グルグル巻きの形のツボとか、きったないくつしたとか、同じかおで大きさが小さい順にならんでいる人形が20コくらいあったりする。それらは全部ネフダがつけられている。

(なんだここ?)

 とうまが見てると、そのうちの人形の1人がウインクしてきた気がしてビクッとした。

 (な、なんだここ?おばけやしきかな?)

 関わらない方がいいと思いつつも、怖いもの見たさだろうか。ついついじっくり見てしまう。すると、おくのほうに、もっと変なやつがいた。

 目はくりっとしててまつ毛が1本ピンとしている。ぽってり下くちびる。全身猫の着ぐるみみたいなの着てて、ピンとのびたシッポが2本。
 それは、2本のしっぽをフリフリしながら音楽に合わせて店内をパタパタとはたきでそうじしていた。なんだか、たのしそうだ。

(なんかのキャラクターなのか?でも、こんなやつ知らないなぁ)

店もへんだけど、こいつが1番へんだ。と、とうまは思った。このお店の店員だろうか。
 そんなことを思いながらしばらくのぞいていると、とうまの足元がなんだかくすぐったい。

「なんだ?」

見てみると、とうまの足に、毛むくじゃらへんな小さいのが3匹ほど、固まってピョンピョンしているのだ。

「わ!なんだこいつら!」

とうまは飛び上がって、そのへんなのをよけようと片足を上げたが、なんだかタイミングがうまくいかなかったらしく、その1匹をギュムっとふんでしまった。

「わわっ!ご、ごめん!」

ふまれた毛むくじゃらは、小さく「ギュゥ……」とへんじをした。ふまれた毛むくじゃらの両わきでは、2匹の毛むくじゃらがピョンピョンしていて、なんだか怒っているようだ。

「だだだ、たいじょうぶ?」

とうまが心配していると、店内から声がした。

「大丈夫だよ」

とうまが声の方へふりむくと、そのへんな店員がとうまの存在にきづいたらしく、こっちを向きながらはたきをかけている。

「いらっしゃい」

その店員は言った。

(うわ!話しかけられちゃった!)

と、思わずかくれた。そして、そおっと目を開けると、

「あれ?」

と、気付いた時には、とうまはその店のまん中にいた。

「何かおさがしかな?」

さっきのへんな店員は、いつの間にか、とうまのすぐ後ろにいた。

「うわっ!」

 店に足をふみいれた記憶《きおく》はない。とうまはドキドキしながら、そのへんな店員をよく見てみた。

 いきなりでびっくりはしたが、その店員は意外にも不思議なひびきのやさしい声をしていた。毛はふわふわしていて、ねこみたいだ。さわりごこちもよさそうだ。しかし、あらためて見るとやっぱりようすがおかしい。
 かたほうの鼻からはなみずが出っぱなしでいるのに、子どもみたいに気にしてない様子(ようす》。でも、はなし方は大人みたいで、見た目とイメージがちがう。子供なのか大人なのかイマイチわからない。背丈《せたけ》は130センチくらいだろうか。とうまと同じくらいだ。体型は、人間の赤ちゃんみたいにぽってり腹。手足は短い。ピンとのびた2本のシッポは、フォンフォンと動いている。
 ぱっと見たかんじは、かわいくみえなくもないが、こんなやつ近所で見たことも聞いた事もない。
 けつろんはやっぱり『気味が悪い』
 そんなことを考えていたら、とうまは更にドキドキしだした。が、そんな気持ちをこのへんなやつに何となくばれたくなくて、しかたなくふつうを装《よそお》い、お店の品を気にして入ってきたかのように、あたりを見みまわすふりをした。
 そんなとうまを、そのへんな店員はかれの動くほうこうへいちいちかおを向け、じっと見ている。
 しかし、店内をみまわしてとうまはさらに後悔《こうかい》した。
 近くでこの店の商品を見ると、こちらもへんなものだらけ。まっ黒のトカゲのような物がヒモでつなげて上からつるされていたり、気味の悪い目玉が3つよくわからないとうめいな黄色い汁と共にギュウッと入れられているビンがあったり、つかったあとのタバコ、とてもくさそうなくつした、などがしんくうパックに入ってネフダがついている。

(うわぁ……)

できるだけ早くこの気味が悪い場所から出たい。そんなタイミングを考えていた。
と、

(あ!!)

 とうまの目に止まったものがあった。なんと!今日、弟のかずまにこわされたのと同じゲームだった。見た感じ、中古品のようだ。ここの商品だろうか?ネフダがついているが、とうまが見たことない漢字で「壱万円」とかかれている。「万円」しか読めない。とうまは、本当に漢字の勉強をしなきゃなと思った。
 とうまは読めないと思われるのがはずかしかったが、ネフダをかくにんしたい気持ちに負けた。ムッとしたようにゲームをゆびさし、そのへんな店員に聞いた。

「これ、なんてよむの?」
「ねだんかい?いちまんえん」  

へんな店員がすぐに答えた。

(高い……こいつ、ぼくが漢字をよめないと思って、バカにしてるのか?)

そんな被害妄想(ひがいもうそう)がいっしゅんアタマをよぎったが、れいせいになってみても、とてもじゃないがそんな高いお金を小学生の自分が持ってるわけがない。とうまが、本気でガックリして店を出ようとしたところをそのへんな店員がよびとめた。

「ねえ、きみ!これ欲しいの?」
「あ、うん。でも、ぼくのおこずかいじゃ足りないから」
 とうまはそうとうショックだったのか、そのへんな店員にすなおに答えた。

「いいよ、君が払える分で」
「え?ほんとう?」
「うん、ほんとう。そのかわり、きみだけの大切な物と引きかえになるよ」
「いいよ!」

 今の自分にゲームより大切な物なんてありゃしない!ラジコンだって、ブロックだって大事だけどくれてやる!と、とうまは思った。

「おもちゃのブロックでいい?」
「それが、きみだけの大事なものならいいよ」

 ラジコンもブロックも昔はとうまだけの物だった。けれど、今はかずまも一緒に使っている。
 今は自分だけの大切な物ではないが、もともとはとうまのものだった。かずまにはかしてやってるだけ。自分が良ければ、ブロックはなくなってもいい。かずまだってとうまの大事なゲームをこわしたのだ。少しくらい、かずまが遊べるおもちゃが無くなったってかまいやしない。
 とうまはそんな風に考えた。すると、その店員は話しつづけた。

「あのね、もしそれがきみの大切なものじゃなければ、本当に大切なものがきみの前から消えてしまうことがあるんだ。それだけ気をつけてね」

言ってる事がよくわからない。しかし、ゲームが手に入るなら、今のとうまには何が起きてもどうでも良くかんじた。

「いいよ!他に大切なものなんてないもん。ラジコンとかだからなくなってもいいよ」
「そうか……。よかった。それならきっと大丈夫だね」
変な生き物のぽってり唇がにっこりした。
「やったね、ラッキー!今からブロック取りに帰るから、待ってて。すぐ来るから!」

かずまは叫ぶように言いはなち、いそいで家に帰った。

バタン!ドタドタドタ!!

「お兄ちゃん?帰ってるの?」

おかあさんの声が聞こえる。
 かずまを泣かしたことを今怒られるとめんどうだ。とうまは返事もせず、ブロックのハコを見つけると、それをわきにかかえ、またいそいで家をとび出した。
 全力で走り、あの店にもう一度入った。へんな店員はちゃんとそこにいた。

ゼェ、ゼェはぁ、はぁ……

「持ってきたよ、はぁはぁ、これ!」
ブロックのハコをわたす。
「はい、確かに。じゃあ、これはきみにあげるね」

とうまはかみぶくろに入ったゲームをうけとった。
 へんな生き物の手には、ちゃんと猫のような肉球(にくきゅう)があった。そして、その手は思っていた以上にふわふわであったかい。まるで、大きな猫の手をさわったみたいだ。
 とうまは、不思議なきもちでゲームをうけとり、店を出た。

「まいどありー」

あの店員の声がした。わずかに聞こえたが、とうまはもう振りかえらなかった。
 
「自分で買っちゃった!ブロックでゲーム買えるなんて知らなかったよ!信じられないや!すごいラッキーじゃん!」

 とうまはうれしくて仕方がなかった。その時間はもう夕日がてっていた。いそいで家に帰り、ごはんの時間まで自分のへやにこもって、ゲームをやりこんだ。

楽しい!楽しい!さいこー!

不思議と、いつも乱入してくるかずまがジャマをしてこない。

(よしよし、かずまもさすがに反省したのかな)

とうまはそんなことを思った。

 時計は18時をまわり、ごはんの時間になった。とうまが席に着くと、弟のかずまのすがたがない。

かずまはトイレかな?おフロかな?まあいいか。

早くゲームをやりたいとうまは、それ以上とくにかずまのことは気にも止めず、ごはんをいそいで食べ、風呂に入り、またゲームをした。はみがきやトイレ以外は、ずっとねるまでゲームをした。
 すごく満足だった。
 ベッドに入り、今日おきたできごとを思いかえした。

(今日は色々あってへんな日だったけど、ゲームもできたし、良い日だったな。そういえばあれからかずまと会ってないや。ゲームも手に入ったし、明日はしょうがないからやさしくしてやるか……)

とうまはそのままねむりについた。

 次の日は日曜日。とうまは起きて歯をみがいていたが、眠くて仕方なかった。
 昨日、あまりにもうれしくて、長い時間ゲームをやっていたので、アタマがさえており、夜中になんどもおきていたのだった。
 とうまが目をこすりながらあさごはんのテーブルにつくと、用意されているごはんはとうまの1人分だけだった。おとうさんは、早くからゴルフに行ったようだが、それはいつもの事だ。

 そう、かずまがいないのだ。まだねているのだろうか?おかあさんに聞いた。

「かずまは?」
「え?」

おかあさんはへんな顔をして素っ気ないへんじをした。

「かずまだよ」
「ん?なんのこと?あたらしいお友だち?」
「え?」

(おかあさん何言ってるんだろう)

「だから、かずまだよ!」
「だから、だあれ?その子。新しいお友だちができたの?」

どうも会話がかみあわない。へんだ。

「ちがうって、弟のかずま!」
「えー?何言ってるのよ。うちの子はあなただけでしょ?まだねぼけているの?うふふふ。へんなこと言ってないで、早くご飯食べちゃいなさい。冷めちゃうわよ。」
「え?」

 どういうこと?ぼく1人?

 だんだんと昨日の事を思い出す。

あのへんな店員、そういえばさいごに何か言ってたな。

〈もしそれが、きみの本当に大切なものじゃなければ、本当に大切なものがきみの前から消えてしまう事があるんだけど気をつけてね。〉

(……いやいやいや!だって、かずまは人だよ?でも……まさかそうだとしたら……)

バーン!!

とうまは、昨日かずまとケンカした部屋などにいきおいよく入り、家じゅうをさがした。

ない!ない!かずまもかずまの物も何もない!!

 かずまのタンスも、かずまのバッグも、ふくも、クツも、ベッドも、しゃしんも、何もないのだ。おかあさんのようすを見るかぎり、おかあさんまでがかずまを忘れてしまっている。と、いうよりかずまがこの家にいたというこんせきが何もない。とうまはこわくなり、ガクガクとふるえながらペタンと座り込んだ。

(なんで?なんで?なんでかずまが?……僕のせいだ。どうしよう。どうしよう)

すこしの間考えていたとうまは、ひらめいた。

(そうだ。かずまはあのお店にいるかもしれない。ゲームをあのお店に返したら、かずまももどってくるかも!)

とうまは、自分のへやにあるゲームをすばやくかかえると、いちもくさんにパジャマのまま、家を飛び出していた。

ぜぇ、ぜぇ、はぁ……
 
 あのお店の前に着いた。
 いや、せいかくに言うとお店のあった場所には着いた。だが、かんじんのお店がない!まっさらなアキチなのだ。お店のあとも何もない。

(なんで?!なんで?!昨日はここにお店があったじゃない!)

 ふと見ると、お店の前にあった茶色いふるびたベンチは同じ場所にあった。
 すると、いつから居たのかはわからないが、ろうばが1人そのベンチに座り、タバコみたいなものをプカプカとふかしていた。へんな形のタバコだ。
 とうまはなりふりかまわず、そのろうばに話しかけた。

「おばあちゃん、ここにお店があったのしらない?昨日まではここにあったの!」

 ろうばは、とうまの方を見もせず、あいかわわらずキセルをゆっくり吸い込むと、うまそうにプワワーっとケムリをはいた。そしてゆっくりと、顔は動かさずに目だけ動かし、とうまを見た。
 なんだか、この老婆も気味が悪い。ナマズみたいな顔だととうまは思った。

「あんた、その店みたのかい?」

やっとろうばが口をひらいた。なんだか、身体に染みてくるようなガラガラな声だ。

「うん、昨日、ここでゲーム買ったんだ。でも、やっぱり返したくて今日来たらお店がないんだよ!おばあちゃん知らない!?」

とうまはやワラにもすがるおもいで泣きそうになりながらわめいた。
 そんなとうまを見ても、ぜんぜん気にしたようすがないそのろうばは、目せんをとうまからはずし、どこをみているのかわからない目つきでニヤリとしてこうこたえた。

「昨日見えて、今日見えない。ほお……。したら、あんたにあの店はもう必要ないんじゃ。あの店はな、必要な人間にしか見えないからの。もう見えないって事は、あんたがあの店にもう行くことはないってことだ。ひっひっひっ……」

まるで悪いマジョだ。とうまはおそろしくなり、たじろいだ。目の前がにじんでみえてきた。でも、ここであきらめたら、2度とかずまに会えないだろう。
 すうっと息を吸い込み、ふるえるこぶしをにぎりしめ、キッとした表情で空に向かい、とうまはめいっぱいさけんだ。

「かずまが大切なんだ!ゲームなんかいらない。ぼくにとって、大切な弟をかえして!かずまをかえして!こんなゲームなんかかえすよ!おい!昨日のへんな店と店員!出てこいよー!!」

 その時、まばゆい優しい光がパァと、とうまを包みこんだ。
 眩しさに目を閉じていたとうまは光がゆっくり落ち着くと、そっと目を開けた。いつのまにか、とうまはまたあの店の中にいた。

 店のおくには、ふわふわした毛をしたあのへんな店員がいすにすわっていた。あいかわらずの見た目だ。それでも、みじかいあしをなんとか組み、カッコつけるようにすわり、うっとりとしたようなひょうじょうで、ゆっくりコーヒーをすすって新聞なんぞよんでいる。
 まったくもって、シュールなこうけいだ。
 つっこみどころが多いが、今のとうまにはそれどころじゃない。

「かずま!ここにいるの!?」

とうまは、店の中だとわかったとたん、いきなりさけんだ。

 へんな店員は、今のとうまの声でびっくりしたようだった。中身の入ったコーヒーカップを落としそうになり、熱いのが手にかかって「アチアチ」と言いながらイスからもおちそうになり、ワタワタしている。なんだかこっけいだ。なんとか持ち直したようでカップを置き、いすにしがみ付いて「ふぅ」と落ち着いたようだ。そして、ようやくとうまのすがたに気がついた。

「あれ?キミはたしか、きのう……」
「かずまを返して!ゲーム返すから!」
「かずま?あーあのこうかんしたブロックでなにかあったんだね」
「弟がいなくなっちゃったんだ!」
「そうか、きみの本当に大切な物がちがっていたのか」

 へんな店員は、じたいをすぐにわかったようすで、こたえた。

「そうだよ!昨日は気づかなかったんだ!ゲームなんかもういらない!ゲーム返すから、弟を返して!」

 おとなとしてふつうに考えると、なんてかってな申し出だろうか。へんな店員はいすからおり、こんどはみじかいうでを組み、話しながらこちらへ歩いてきた。

「うーん、それはいいんだけど……」

いいのかい。とつっこみたくなるが、この店なら良いらしい。

「いいんだけど……」

店員は同じことを2回言った。「いい」と言ったわりには、店員はこまったようなかおをしている。

「いいんだけど?なに?!」

 とうまはイライラして半分なき、半分怒ってわめいた。

「ゲームを返しても、また弟くんは消えちゃうかもしれないんだ」
「え!?」

店員はゆっくりととうまに近づき、言った。

「……きみしだい、なんだ」

 店員は、とうまを店のおくにつれていくと、イスにすわらせた。みじかいうでをそのまま組みながら、じぶんも向かいのすわり、あの不思議なやさしい声でゆっくり話しだした。

「このお店はね、妖怪とか、いぎょうのものがすむ世界と、きみたち人間がすむ世界とのあいだのような、いわば『さかいめ』なんだ。うちのお店にくるお客さんは、ほとんどが妖怪なんだ。ふつうの人間には、ぼくや、このお店は見えないし、入れない。だけど、たまに、きみのように人間でも入ってくる人がいる。きみのような子がお店に入ってくる事がね。ぼくは猫の妖怪でねこまた。『ねこまたまたぞう』っていうんだ」

とうまは少しずつ涙を流しながら、黙ってまたぞうの話を聞いている。またぞうはつづけた。

「一度、このお店でこうかんしたものと、こうかんされてしまったものは、きみたちの目には見えないエネルギーがやどるんだ。どうぐ同士ならそこまでもんだいはないんだけど、今回のように、まちがってこうかんされた人や動 生き物とかだと、帰った後もエネルギーだけはこのお店とつながっている。そうするとね、また、もしきみが『弟くんをいらない!』と、思ってしまったとき、弟くんは、きみの目の前から消えてしまうんだ。
 死ぬことはないけれど、妖怪になってしまう。2度ときみの所へは戻れなくなってしまう。弟くんについたエネルギーが消えてしまえば、そういう心配はなくなるんだけど、エネルギーは、1年くらいで消える事もあれば、ずっと消えない事もある。きみに、弟くんを守るカクゴはあるかい?」

すると、とうまはすぐにこたえた。

「ぼく、そんなこと思わないよ!かずまは大切な弟だもん。ケンカしたって、ゲームをこわされたって、はらは立つけどかずまが大切なことはかわらない。ぼくは、大切なことに気づけたんだ!このことを忘れずにいるよ!」

またぞうはにっこりしてうなずいた。

「そうか、そこまで言葉にできたなら、今のきみなら大丈夫だろう。じゃあ、ゲームは返してもらうよ」

またぞうがそう言うと、あたりがパァと光り出した。光の中でまたぞうの声が聞こえる。

「とうまくん、お家に帰ってみてね。弟くんはもう大丈夫だよ」

 あまりの眩しさにとうまは目をつぶった。

 光が落ちつき目をあけると、とうまはアキチのまん中にいた。

 あたりには、ろうばがすわっていたベンチがある。でも、ろうばも、お店も、またぞうもいない。とうまの手には、ゲームもなかった。
 とうまは、まわりを見わたして、ハッとしたように帰り道を走り、家にかけこんだ。

 ガチャン!!
ドアをいきおいよく開けると、リビングの方から、たのしそうな声が聞こえる。
 とうまは急いでそちらへ向かった。

 ガチャン!とリビングのドアをあける。と、そこにはお母さんと、いつもとかわらないかずまの、弟のすがたがあった。ニコニコしたかずまは言った。

「おにいちゃん、ごはんもたべないでどこいってたの?パジャマのままだよ?」

 とうまはかずまの声をきくと、ほっとして、へたりこんだ。その瞬間、せきをきったように大声でなき出した。なみだとしゃっくりがとまらない。パジャマのまま家を飛び出し、いきなり帰ってきてぐしゃぐしゃに泣くとうまを見て、かずまとおかあさんはびっくりしていた。2人はとうまにかけより、しばらくやさしくなだめていた。

 とうまは、かずまがいる空気と、安心と、ざいあくかんと、とにかく、色んなきもちがぐちゃぐちゃになりながら、しばらく泣きやめなかった。

 さて、同じころ。猫又亭のまたぞうは、大好きなコーヒーを飲みながら、お店の大きな水晶からそのようすを見ていた。1人でまんぞくそうにウンウンとうなずきながらすすっている。
しもぶくれのほっぺから、にっこりしたくちびるがのぞいた。


 そのご、とうまもかずまもこのお店にくることは、一度もなかったという。
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