上 下
4 / 5
美穂の章

4、古書店

しおりを挟む
 近づくと、木の引き戸が残る昔風のたたずまいの古書店だった。

(おー、昔ながらの古本屋さん!)

 そっと店内に入ると、喧噪が吸い取られるように静けさが包み混む。
 どことなく埃っぽいような香りが懐かしさを感じさせ、心が落ち着いていった。
 重厚な本棚が並ぶこの場所は、時間がゆっくりと流れているようで、人が追われることのない空間だった。

(うわぁ…よりどりみどり…)

 木の本棚に分けられた本は多種多様で、見たこともないような本もある。
 美術館の展示を見るように、私はゆっくりと背表紙を鑑賞していった。

(「思考の地平線:意識と現実の交錯」、「切なる誓い、時の果てに」、「古びた愛の手紙」…面白いなぁ…)

 本たちの名前は興味深く、顔がにやけているのが、自分でもわかってしまう。

(ん…?『運命の書き換え方』?哲学書が混ざってる?)

 一番端の膝より低い位置の棚にふと目がとまる。恋愛小説の中に混ざっていた哲学書のようなタイトルが気になって手に取り、目を通し始めた。

(え、なにこれ…)

 立ち読みで軽く流そうを思っていたのに、ページをめくる手が止まらない。
 愛と苦悩に満ちた登場人物がドラマでも観ているように、頭の中で生き生きと動く。
 こんなに情熱的な恋愛小説を読んだのは久々で、この小説の世界にぐいぐいと引き込まれる感じが心地よかった。

(こんな恋愛ができたら、毎日が楽しいよね…)

 少しの苦笑を漏らしながらも、目は文字から離れない。先が気になりすぎて、どんどん読み進めていた手がぴたりと止まった。

(え、…うそ…)

 あっという間に読み進めた『運命の書き換え方』だったが、最後の1枚は最終章とタイトルがあるだけであとは白紙。

(なに?落丁?)

 ページが落ちてるのかと思って、ページをめくるが、「最終章」と書かれた裏側の最後には「完」と印刷されている。

(落丁じゃない? 続きは? 結末はどうなるの? どうなったの? なんでこんなところで終わるの? そもそもなんでこんな本が出てるのよ!!)

一瞬のうちに読者から編集者の目に戻ってしまった。なぜか、悲しみと怒りが湧いてくる。

宮元みやもとめぐみ…こんなに面白い小説を書く人を知らなかったなんて…)

 結局、その物語の面白さにはあらがえなかった。『運命の書き換え方』を持って、会計場所へ行く。
 痩せ気味のおじいさんが、本を手に取りつつ、ぼそりとつぶやいた。

「おかしな本だよね。これ。でも、面白いでしょ?」
「ええ」
「なんか、つい読んじゃうんだよねぇ…」
「おじさんも?」
「はは、ジジイだけどね」

 思ったより人懐っこい笑顔で店主が笑う。

「もし、またこの作家の本が入ったら取っておいてくださいますか?」
「そうだね。俺が読んだ後に取り置きしておくよ」

 軽口をたたく店主から本を受け取り、軽く挨拶をして店を出る。久しぶりに他人のことを深く知りたいと思う自分に驚きながらも心が湧きたった。

「宮元恵…か…」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】城入りした伯爵令嬢と王子たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
ブルック王国女王エリザベスより『次期国王選びを手伝って欲しい』と言われたアシュリーは、侍女兼女王の話し相手として城入りすることとなる。 女王が若年性認知症を患っていることを知るのは、アシュリーの他に五人の王子たちのみ。 女王の病と思惑、王子たちの想い、国の危機…… エリザベスとアシュリーが誘拐されたことから、事態は大きく動き出す。 そしてそんな中、アシュリーは一人の王子に恋心を抱いていくのだった…… ※わかりやすいように、5人の王子の名前はあいうえお順にしています^ ^ ※5/22タイトル変更しました!→2024.3またまた変更しました…… ※毎日投稿&完結目指します! ※毎朝6時投稿予定 ※7/1完結しました。

処理中です...