上 下
61 / 132
第三部

第十七章 山の恵み、こぼる 其の四

しおりを挟む
 縁組みが無事整ってからは、静は美津の花嫁支度にも精を出した。 
 美津の母の「早すぎる。せめてもう一度正月を一緒に」という希望で、静の嫁入りは半年あまり先の、年が明けて梅の花が咲く頃と決まった。 
 梅の花がほころんだ頃、静は、美津の体を風呂屋で丁寧に磨きあげた。 
 白く張りのある艶やかな肌。しかし、色香というものはまだなく、固い透明感がある細身の体。丸みを帯びているとはいえ、まだ少女の体であった。 
 静は美津が幼い頃のように、体の隅々まで丁寧に、いずれ子を生むところまで丁寧に洗った。 

「きれいよ、お美っちゃん。」 
 静の心に浮かんでいた言葉が、思わず口から溢れる。美津が少し体をくねらせた。背中側からうなじを磨いている静だが、美津がはにかんでいるのがわかる。 
 静はきれいに磨き終わると、肌の上で弾けている水玉を手拭いで拭き取った。それも終わると、静は美津に浴衣をかけ、腰巻きにしていた自分の浴衣に袖を通そうとした。 

「お静ちゃん、アタシにもお静ちゃんの体、洗わせて。」 
 美津が、静の浴衣を着る手を掴んで止めた。 
「え?」 
「お静ちゃんの体を洗って、お嫁にいきたいの。」 
「変なお美っちゃん。」 
 静はプッと笑ったが、美津は「脱いで脱いで」と静の帯を解く。美津はぽっちゃりした静の体を、静がしてくれたように洗い始めた。 
「背中だけね。またお美っちゃんが汗かいちゃう。」 
 静が、くすぐったそうに身を震わせる。 
「いいじゃない。アタシね、お静ちゃんみたいな体だったらよかったのにって思うの。」 
 ふわふわした静の体をこすりながら、美津が真面目な声で言った。 
「どうして?」 
「お静ちゃんの体、らっこくって気持ちいいんだもの。おっかさんの細っこい体より安心するの。」 
 甘えるような美津の声は真剣である。 
「やだ、お美っちゃん。」 
 静はクスッと笑った。男たちの目に留まらぬからだを、美津がそんな風に誉めてくれるのが嬉しかった。 
「アタシ、おっかさんになれるかなぁ。」 
 美津がポツリと呟いた。静の軆を擦る力が弱くなる。 
「なれるわよ。」 
 静は、美津が自分の細い体を気にしているのが解った。そして、その美しい体が男にきっと愛されるのも静には解っていた。 
「お静ちゃんも早くいい人と一緒になれるといいね。お静ちゃんの子供、幸せだろうなぁ。」 
 美津はまた手に力を込め、夢見るように呟いた。 
「そう?」 
「そうよ。絶対そう。だってアタシ、お静ちゃんに面倒見てもらって幸せだもん。」 
 美津は手を止めて、背中から静を覗き込むと、鈴のような声できっぱりと言いきった。 
 静は微笑んで、美津の頭をクシャクシャと撫でる。美津が「エヘヘヘ」と笑った。 
 美津は静の背中から抱きつき、頬をすり寄せる。 
「やっぱり安心する。お静ちゃん、だーい好き。」 
「お美っちゃん、幸せにおなりね。」 
 静の肉付きのよい背中に、美津の固い膨らみが当たる。 
 小さい頃と変わらない美津のかわいい甘える声に、静は自分に回された手をそっと握って、あやすようにわずかに体を揺らした。 
「うん。ありがとう。」 
 美津のにじんだ声が、静の耳元で響いた。 

◆◇◆

 そうして、美津は十六の春に嘉衛門に嫁いだ。あどけなさの残る花嫁は美しく、迎える花婿はりりしく、満開の白梅の木の下の花嫁と花婿は、一幅いっぷくの絵のようであった。 
 鮮やかな朱の振り袖姿の美津は、静の手をとって大粒の涙をこぼした。 
 その年の秋には、ひさが嫁に行った。 
 美津は分からないことがあると、生家より近い静の家に飛んできた。 
 富が細々と教えてやり、手が入りそうなときは静が手伝いに走っていく。 
「お静、すまないね。」 
「旦那さん、遠慮はなし。お久さんにも頼まれてんだから。」 
 栄嘉さかよしが首をすくめて声をかけると、静は明るく声を返した。 
 静は、嘉衛門よしえもんの家の世話ができるだけで嬉しかった。 

 美津が十八で子を宿し、つわりで食べられなくなったときは食事も作りに来た。 
 ただ、静が火吹き竹を吹きながら、煙の中、幾度か涙を流したのは誰も知らない。 
 子ができた。それは美津が嘉衛門に女として愛されたのを物語っている。 
 (おめでたいことよ。おめでたいこと。わかってたことよ。) 
 静は、嘉衛門が手の届かないずっと遠くへいった気がした。 
 そして、今までずっと後ろから追いかけてきた美津に追い抜かれた気もした。 
 それでも静は美津の世話をした。 
 嘉衛門が呆れるほど、二人は仲がよいまま過ごしている。 
 呆れる嘉衛門の微笑みを見るのが、静は何より嬉しかった。 
 嘉衛門が、美津と一緒に自分も見てくれるのが静は幸せだった。 


[第十七章 山の恵み、こぼる 了]
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結R18】三度目の結婚~江にございまする

みなわなみ
歴史・時代
江(&α)の一人語りを恋愛中心の軽い物語に。恋愛好きの女性向き。R18には【閨】と表記しています。 歴史小説「照葉輝く~静物語」の御台所、江の若い頃のお話。 最後の夫は二代目将軍徳川秀忠、伯父は信長、養父は秀吉、舅は家康。 なにげに凄い人です。

【R18・完結】鳳凰鳴けり~関白秀吉と茶々

みなわなみ
歴史・時代
時代小説「照葉輝く~静物語」のサイドストーリーです。 ほぼほぼR18ですので、お気をつけください。 秀吉と茶々の閨物語がメインです。 秀吉が茶々の心を開かせるまで。 歴史背景などは、それとなく踏まえていますが、基本妄想です。 短編集のような仕立てになっています

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

奴隷の私が複数のご主人様に飼われる話

雫@更新再開
恋愛
複数のご主人様に飼われる話です。SM、玩具、3p、アナル開発など。

錦秋

uca
歴史・時代
いつか訪れる貴人のために処女を守り、且つほどよく淫蕩でなければならない。山深い里で独り暮らするいには悩みがあった。 「閨の手ほどきを、してください」 仇討ちから逃げる侍×忘れられた乙女。エロ時代小説イマジナリーNTR風味です。 ※他サイトにも同内容の作品を投稿しています。 ※終盤に残酷な描写(★印のエピソード/登場人物が暴行を受ける場面)があります。苦手なかたはご注意ください。 ※全編通して性描写が多く、予告や警告なしで性描写があります。

千姫物語~大坂の陣篇~

翔子
歴史・時代
戦国乱世の真っ只中。 慎ましく、強く生きた姫がいた。 その人の名は『千姫』 徳川に生まれ、祖父の謀略によって豊臣家へ人質同然に嫁ぐ事となった。 伯母であり、義母となる淀殿との関係に軋轢が生じるも、夫・豊臣秀頼とは仲睦まじく暮らした。 ところが、それから数年後、豊臣家と徳川家との間に大きな確執が生まれ、半年にも及ぶ大戦・「大坂の陣」が勃発し、生家と婚家の間で板挟みに合ってしまう。 これは、徳川家に生まれ、悲劇的な運命を歩んで参った一人の姫が、女としての幸福を探す波乱万丈の物語である。 *この話は史実を元にしたフィクションです。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

女の子がひたすら気持ちよくさせられる短編集

恋愛
様々な設定で女の子がえっちな目に遭うお話。詳しくはタグご覧下さい。モロ語あり一話完結型。注意書きがない限り各話につながりはありませんのでどこからでも読めます。pixivにも同じものを掲載しております。

処理中です...