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第二部
第十四章 蛙、鳴き騒ぐ 其の一
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「「なんじゃと?高次殿が?」」
秀忠は中奥の政を行う部屋で、江は奥の自分の部屋で、同時に同じ言葉を発した。
端午の節供は昨日済み、あちこちの屋根に挿した菖蒲がこぬか雨に濡れている。
「「まことか……」 」
秀忠も江も知らせをにわかには信じがたく、離れた部屋にいながら同じ言葉を発し、同じように呆然とした。
家臣が持ってきたのは、「京極高次殿死去」の報であった。
「初姉上……」
江は遠くを見ながら、ふらふらと立ち上がったかと思うと、部屋から出ていこうとする。
「御台様?」
江が倒れるのではないかと、続けて立ち上がっていた民部卿が、慌てて後を追った。
はしり梅雨らしく、一昨日からそぼふる雨が続いている。じっとりとした天気の中、喜んでいるのは蛙だけのように気楽な鳴き声が聞こえていた。
(前々から少しお悪いとは聞いておったが、今まで初様からの文には、そう気に病むことも書いておらなんだのに…)
蛙の楽しげな鳴き声に、高次のことを話す初の朗らかな笑顔が思い出される。
「御台様、そちらは……」
民部卿が止める間もなく、江は、秀忠が政務を執っている中奥へまっすぐに入っていった。
利勝が(やはり来たか……)というように苦々しく口を曲げ、秀忠の近くから下がって控えた。
「高次殿が、義兄上様が亡くなられたとは、真にございまするか?」
江は秀忠の前まで進むと、立ったまま、口が震えるのをこらえて尋ねた。
それまで黙って江の様子を見ていた秀忠が、うつ向いて文机の上に視線を落とす。
「あなたさま。」
江が文机を挟んで秀忠の前へ座る。
「…まことじゃ……」
秀忠の絞り出すような声を聞くや、江は口許を両袖で押さえた。入り口で控えていた民部卿も涙が頬を伝う。
「初姉上は?」
ヘナヘナと力が抜けそうになるのを歯を喰い縛ってこらえ、江は真っ直ぐに訊いた。
「まだどのようになさるか判らぬ。三日に亡くなったとの報せが入っただけゆえ。」
秀忠は少し目を伏せぎみにして、ありのままを妻に伝える。
「京極の家は。」
「忠高殿が継ごう。初を娶あわせてあるゆえ、案ずることはない。」
秀忠の感情のない語り口に、江が不満顔を示す。
不穏な空気を察した利勝が、さっと割って入った。
「御台様、大名家をいかがいたすかは、大御所様のご裁断を仰がねばなんとも申せませぬ。ただ、上様が仰せの通り、初姫様を京極のお方様の御養女にした上、跡継ぎの忠高殿の御妻女となされておりますし、なにより、関ヶ原での高次様のお働きを、大御所様は高う買うておられます。なにも御案じなさることはありませぬかと……」
利勝が言い終わらないうちに、頬を紅潮させた江が、きりりと利勝を見据えた。
「そうして京極も徳川に味方させるのじゃな。」
まだ目に涙を浮かべたまま、江は震える声で利勝を叱るように言い放つ。
「これは、したり。」利勝が大声を出した。「それは、京極家の方々がお考えになること。 ……しかしまぁ、次のお方様は徳川将軍の姫。初姫様を京極に御養女に出されましたのは、たしか御台様でございましたなぁ……」
利勝は、のんびりと言いながら不敵な笑みを浮かべて、江を見る。江の目尻がギリッと上がった。
「側室には子ができるのに、私には子ができぬ。」と泣いた姉の初に、確かに生まれたばかりの初姫をやった。
姉を慰めるためだけではない。娘を政の道具にするのを江は耐えられなかったのである。それゆえに初姫を姉のところへ養女に出した。それが、結局、政が絡んでくることになろうとは……。
「あなたさま、京極には寿芳院さまもおられまする。」
太閤殿下の寵を受けたのは淀の方だけではない。高次の姉、竜子も寵姫として豊臣の枠の中にいる。
江は、自分と同じように徳川と豊臣の間で揺れているだろう初の気持ちを、そして、それを共に担ってくれる人がいなくなった心細さを思うと、また涙が溢れてきた。
「わかっておる。」
秀忠は、江から目を逸らしてポツリとそう言うと、筆を取った。
「徳川と豊臣が戦などせずにすむようにしてくださりませ。」
江のかすれた声の叫ぶような願いに、秀忠は江を見つめ、ただ黙っていた。
「あなたさまっ!」
江は今にも大泣きしそうに声を張り上げた
秀忠を苛むような江の様子に、民部卿はおろおろし、利勝は(やれやれ)と溜め息をついた。
「御台様、まだ詳しいことは分かりませぬし、上様は事が立て込んでおりまする。あとは夕餉のおりにでも語ろうていただけまするか。…民部殿。」
利勝は民部卿を見て頷き、江を下がらせるよう促した。
「は、はい。御台様、京極のお方様に文を書いて差し上げては……」
「そうじゃ。そうしよう。」
民部卿が近づくと江はツイと立ち上がり、着物の裾を大きく翻して、来たときよりも速足で部屋を出ていく。
「失礼つかまつりました!」
民部卿が慌てて挨拶をし、立ち上がって江の後を追った。利勝はその様子をおかしそうに見ており、秀忠は不機嫌な顔をしていた。
「相変わらず、面白いお方でござりまするな。」
利勝はゆったりと書状を取り上げながら、江の去った方向を見た。
「将軍御台所の御心構えが出てきたと聞き及んでおりましたがな。」
書状を開いて目を落とすと、表情も変えず、利勝は独り言のようにチクリと皮肉をいう。
江が三月前の風疫騒ぎを、福に労いの着物を下賜して収拾したというのを利勝は小耳に挟んでいたのだ。
「『将軍家の乱れは天下の乱れ』、と申したいのであろう?」
不機嫌なまま、利勝を見た秀忠がいう。
「分かっておられれば、よろしいのです。」
利勝は、書状に落としていた目を一瞬ちらりと秀忠の方へ動かし、きっちりと平坦な声で言った。
利勝は着々と自分の用をこなしていったが、秀忠は目の前の書状から意識が離れていた。
秀忠は、義姉上に豊臣の奈阿姫を国松に娶とる算段を相談しようと思っていた。
ただ、高次が臥せっていると聞いていたので、(せめて高次殿が少しなりとも回復されてから)と先延ばしていたのである。
秀忠も高次の病が重いことを知らされていなかった。いや、知ろうと思えばいくらでも探れたはずであるが、初の江への文に「案ずることはない」と書いてあったのを、江と同じように素直に受け止めてしまったのである。
(それがこのようなことになるとは……)
秀忠は頭を掻きながら、ため息をついた。
「上様。」
利勝の声に、秀忠は慌てて硯の上で筆をしごく。
「上様。」
利勝は秀忠の気が集中していないのを見て取り、自分から話しかけた。
「京極のお方様は髪を落とされ、大坂城に入られるやもしれませぬな。」
「うむ。」
秀忠は筆を置いて腕組みする。
「忠高殿の御実母ではないゆえ、人質とも申せませぬでしょうが……」
「じゃが、そうなれば淀の方様には心強かろう。」
「御台様にはお心痛みでしょうな。」
「ああ。そうだろう。しかし、千もおることじゃし、江も心強いやもしれぬ。」
三姉妹それぞれの心持ちを思うと、秀忠は胃の腑がキリキリと痛みそうになる。中でも我が妻の気持ちを思うと秀忠は、己の力のなさに愕然とするのであった。
「『豊臣と戦などせぬ』と、一言言うて差し上げれば、御台様も落ち着かれましょうに。」
利勝は、嘘も方便とばかりに、ケロリと言ってのける。
「それができると思うてか?」
秀忠は眉間に皺を寄せ、調子のいい側近を睨み付けた。
「さぁ……、しかし、上様がその方法を探っておられるのは、まことにござりましょう?」
今度は嘘を言うわけではないとばかりに、利勝は、秀忠を庇う言い方をする。
「ぬか喜びはさせとうない。」
秀忠が溜め息と共に愚痴を吐いた。
「ぬか喜び……ぬか喜びになると?」
「いや、そうならないように動いてはおるが、まだ、親父の出方が今一つわからぬ。」
秀忠は、扇子をパチンと鳴らす。
利勝は、秀忠がどこまで世を把握しているのかが判らなくなった。豊臣を残そうと必死であるはずなのに、それはできないとどこかで思っているのか…… 。
「なんとも堅うございますなぁ…」利勝は、フフフと笑った。「女子にはとりあえず、喜ぶように言うてやればよいのです。」
女との駆け引きはそのようなもの…とでも言いたそうである。
「そのようなことはできぬ。」
ブスッとした顔で、秀忠は利勝を睨み付けた。
「うっわっはっはっはっ。上様が堅すぎるのは、御台様のせいでござりまするか。これはこれは。それで近頃ご自分のお部屋で休むこともないと。」
秀忠のじっとりと不機嫌な目を、利勝は豪快な大笑いではね除けた。
「疲れておるのじゃ。体が持たぬわ。」
秀忠がツンとした顔をし、扇子で文机を打った。
「はいはい、さようでござりまする。某が上様の御用を増やしたせいにござりまするな。」
利勝は笑いながら、書状読みへと戻っていった。
秀忠が将軍となってまもなく丸四年。仕事を増やしているのは利勝ではなく、家康である。
父が「天下を治める」ということを、徐々に自分の肩へと乗せていこうとしてるのを秀忠は感じ取っていた。
(「徳川の天下を作る」。それが親父の目指す高みじゃ。)
家康からの命をこなしていく上で、秀忠は身に染みている。
(確かに「戦のなき世」を作るには、世を平らかに統べねばならぬ。それが将軍の仕事じゃ。)
大御所は口にこそ出さないが、順番に突きつけてくるさまざまなことで、そう教えようとしていると秀忠は感じていた。
(したが、平らかな世に、豊臣の力もいるのじゃ)
そこだけが父と相容れぬ。秀忠は、グッと背筋を伸ばすと、目に力を込め、筆を手にした。
*****
【端午の節供】五月五日の節供。この年は西暦の6月6日にあたる。
秀忠は中奥の政を行う部屋で、江は奥の自分の部屋で、同時に同じ言葉を発した。
端午の節供は昨日済み、あちこちの屋根に挿した菖蒲がこぬか雨に濡れている。
「「まことか……」 」
秀忠も江も知らせをにわかには信じがたく、離れた部屋にいながら同じ言葉を発し、同じように呆然とした。
家臣が持ってきたのは、「京極高次殿死去」の報であった。
「初姉上……」
江は遠くを見ながら、ふらふらと立ち上がったかと思うと、部屋から出ていこうとする。
「御台様?」
江が倒れるのではないかと、続けて立ち上がっていた民部卿が、慌てて後を追った。
はしり梅雨らしく、一昨日からそぼふる雨が続いている。じっとりとした天気の中、喜んでいるのは蛙だけのように気楽な鳴き声が聞こえていた。
(前々から少しお悪いとは聞いておったが、今まで初様からの文には、そう気に病むことも書いておらなんだのに…)
蛙の楽しげな鳴き声に、高次のことを話す初の朗らかな笑顔が思い出される。
「御台様、そちらは……」
民部卿が止める間もなく、江は、秀忠が政務を執っている中奥へまっすぐに入っていった。
利勝が(やはり来たか……)というように苦々しく口を曲げ、秀忠の近くから下がって控えた。
「高次殿が、義兄上様が亡くなられたとは、真にございまするか?」
江は秀忠の前まで進むと、立ったまま、口が震えるのをこらえて尋ねた。
それまで黙って江の様子を見ていた秀忠が、うつ向いて文机の上に視線を落とす。
「あなたさま。」
江が文机を挟んで秀忠の前へ座る。
「…まことじゃ……」
秀忠の絞り出すような声を聞くや、江は口許を両袖で押さえた。入り口で控えていた民部卿も涙が頬を伝う。
「初姉上は?」
ヘナヘナと力が抜けそうになるのを歯を喰い縛ってこらえ、江は真っ直ぐに訊いた。
「まだどのようになさるか判らぬ。三日に亡くなったとの報せが入っただけゆえ。」
秀忠は少し目を伏せぎみにして、ありのままを妻に伝える。
「京極の家は。」
「忠高殿が継ごう。初を娶あわせてあるゆえ、案ずることはない。」
秀忠の感情のない語り口に、江が不満顔を示す。
不穏な空気を察した利勝が、さっと割って入った。
「御台様、大名家をいかがいたすかは、大御所様のご裁断を仰がねばなんとも申せませぬ。ただ、上様が仰せの通り、初姫様を京極のお方様の御養女にした上、跡継ぎの忠高殿の御妻女となされておりますし、なにより、関ヶ原での高次様のお働きを、大御所様は高う買うておられます。なにも御案じなさることはありませぬかと……」
利勝が言い終わらないうちに、頬を紅潮させた江が、きりりと利勝を見据えた。
「そうして京極も徳川に味方させるのじゃな。」
まだ目に涙を浮かべたまま、江は震える声で利勝を叱るように言い放つ。
「これは、したり。」利勝が大声を出した。「それは、京極家の方々がお考えになること。 ……しかしまぁ、次のお方様は徳川将軍の姫。初姫様を京極に御養女に出されましたのは、たしか御台様でございましたなぁ……」
利勝は、のんびりと言いながら不敵な笑みを浮かべて、江を見る。江の目尻がギリッと上がった。
「側室には子ができるのに、私には子ができぬ。」と泣いた姉の初に、確かに生まれたばかりの初姫をやった。
姉を慰めるためだけではない。娘を政の道具にするのを江は耐えられなかったのである。それゆえに初姫を姉のところへ養女に出した。それが、結局、政が絡んでくることになろうとは……。
「あなたさま、京極には寿芳院さまもおられまする。」
太閤殿下の寵を受けたのは淀の方だけではない。高次の姉、竜子も寵姫として豊臣の枠の中にいる。
江は、自分と同じように徳川と豊臣の間で揺れているだろう初の気持ちを、そして、それを共に担ってくれる人がいなくなった心細さを思うと、また涙が溢れてきた。
「わかっておる。」
秀忠は、江から目を逸らしてポツリとそう言うと、筆を取った。
「徳川と豊臣が戦などせずにすむようにしてくださりませ。」
江のかすれた声の叫ぶような願いに、秀忠は江を見つめ、ただ黙っていた。
「あなたさまっ!」
江は今にも大泣きしそうに声を張り上げた
秀忠を苛むような江の様子に、民部卿はおろおろし、利勝は(やれやれ)と溜め息をついた。
「御台様、まだ詳しいことは分かりませぬし、上様は事が立て込んでおりまする。あとは夕餉のおりにでも語ろうていただけまするか。…民部殿。」
利勝は民部卿を見て頷き、江を下がらせるよう促した。
「は、はい。御台様、京極のお方様に文を書いて差し上げては……」
「そうじゃ。そうしよう。」
民部卿が近づくと江はツイと立ち上がり、着物の裾を大きく翻して、来たときよりも速足で部屋を出ていく。
「失礼つかまつりました!」
民部卿が慌てて挨拶をし、立ち上がって江の後を追った。利勝はその様子をおかしそうに見ており、秀忠は不機嫌な顔をしていた。
「相変わらず、面白いお方でござりまするな。」
利勝はゆったりと書状を取り上げながら、江の去った方向を見た。
「将軍御台所の御心構えが出てきたと聞き及んでおりましたがな。」
書状を開いて目を落とすと、表情も変えず、利勝は独り言のようにチクリと皮肉をいう。
江が三月前の風疫騒ぎを、福に労いの着物を下賜して収拾したというのを利勝は小耳に挟んでいたのだ。
「『将軍家の乱れは天下の乱れ』、と申したいのであろう?」
不機嫌なまま、利勝を見た秀忠がいう。
「分かっておられれば、よろしいのです。」
利勝は、書状に落としていた目を一瞬ちらりと秀忠の方へ動かし、きっちりと平坦な声で言った。
利勝は着々と自分の用をこなしていったが、秀忠は目の前の書状から意識が離れていた。
秀忠は、義姉上に豊臣の奈阿姫を国松に娶とる算段を相談しようと思っていた。
ただ、高次が臥せっていると聞いていたので、(せめて高次殿が少しなりとも回復されてから)と先延ばしていたのである。
秀忠も高次の病が重いことを知らされていなかった。いや、知ろうと思えばいくらでも探れたはずであるが、初の江への文に「案ずることはない」と書いてあったのを、江と同じように素直に受け止めてしまったのである。
(それがこのようなことになるとは……)
秀忠は頭を掻きながら、ため息をついた。
「上様。」
利勝の声に、秀忠は慌てて硯の上で筆をしごく。
「上様。」
利勝は秀忠の気が集中していないのを見て取り、自分から話しかけた。
「京極のお方様は髪を落とされ、大坂城に入られるやもしれませぬな。」
「うむ。」
秀忠は筆を置いて腕組みする。
「忠高殿の御実母ではないゆえ、人質とも申せませぬでしょうが……」
「じゃが、そうなれば淀の方様には心強かろう。」
「御台様にはお心痛みでしょうな。」
「ああ。そうだろう。しかし、千もおることじゃし、江も心強いやもしれぬ。」
三姉妹それぞれの心持ちを思うと、秀忠は胃の腑がキリキリと痛みそうになる。中でも我が妻の気持ちを思うと秀忠は、己の力のなさに愕然とするのであった。
「『豊臣と戦などせぬ』と、一言言うて差し上げれば、御台様も落ち着かれましょうに。」
利勝は、嘘も方便とばかりに、ケロリと言ってのける。
「それができると思うてか?」
秀忠は眉間に皺を寄せ、調子のいい側近を睨み付けた。
「さぁ……、しかし、上様がその方法を探っておられるのは、まことにござりましょう?」
今度は嘘を言うわけではないとばかりに、利勝は、秀忠を庇う言い方をする。
「ぬか喜びはさせとうない。」
秀忠が溜め息と共に愚痴を吐いた。
「ぬか喜び……ぬか喜びになると?」
「いや、そうならないように動いてはおるが、まだ、親父の出方が今一つわからぬ。」
秀忠は、扇子をパチンと鳴らす。
利勝は、秀忠がどこまで世を把握しているのかが判らなくなった。豊臣を残そうと必死であるはずなのに、それはできないとどこかで思っているのか…… 。
「なんとも堅うございますなぁ…」利勝は、フフフと笑った。「女子にはとりあえず、喜ぶように言うてやればよいのです。」
女との駆け引きはそのようなもの…とでも言いたそうである。
「そのようなことはできぬ。」
ブスッとした顔で、秀忠は利勝を睨み付けた。
「うっわっはっはっはっ。上様が堅すぎるのは、御台様のせいでござりまするか。これはこれは。それで近頃ご自分のお部屋で休むこともないと。」
秀忠のじっとりと不機嫌な目を、利勝は豪快な大笑いではね除けた。
「疲れておるのじゃ。体が持たぬわ。」
秀忠がツンとした顔をし、扇子で文机を打った。
「はいはい、さようでござりまする。某が上様の御用を増やしたせいにござりまするな。」
利勝は笑いながら、書状読みへと戻っていった。
秀忠が将軍となってまもなく丸四年。仕事を増やしているのは利勝ではなく、家康である。
父が「天下を治める」ということを、徐々に自分の肩へと乗せていこうとしてるのを秀忠は感じ取っていた。
(「徳川の天下を作る」。それが親父の目指す高みじゃ。)
家康からの命をこなしていく上で、秀忠は身に染みている。
(確かに「戦のなき世」を作るには、世を平らかに統べねばならぬ。それが将軍の仕事じゃ。)
大御所は口にこそ出さないが、順番に突きつけてくるさまざまなことで、そう教えようとしていると秀忠は感じていた。
(したが、平らかな世に、豊臣の力もいるのじゃ)
そこだけが父と相容れぬ。秀忠は、グッと背筋を伸ばすと、目に力を込め、筆を手にした。
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