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第二部
第十三章 さねかずら伸びる 其の五 (R15)
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「では、この和歌は何を詠む?」
秀忠はそういうと冊子をめくり、伊勢の和歌を指した。秀忠の端正な指の先には、流麗な字がある。
難波潟 みじかき芦の ふしのまも
あはでこの世を すぐしてよとや
「これは、『ほんのちょっとの間も、あなたさまとお会いしないで、一生を過ごせとおっしゃるのですか?』ということかと。難波潟の芦の節が短いので『ふしのま』は、短い時の意もあると教えていただきました。」
待ちきれないように、はきはきと静は答える。
「ほう、もうそこまで解っておるか。確かに、『難波潟』とあるから、普通はそう読み解く。したが……」
秀忠は、まだなにか躊躇していた。
静は早く聞きたくて、秀忠の顔をじっと見つめている。秀忠が盃に手を伸ばしたのをみて、静が酒をついだ。
「飲むか?」
「いいえ。」
秀忠は盃を空けるとフッと息を吐き、
「『あしのふしのま』じゃ。」
と言った。
「『芦の 節の間』でございますか?」
急な謎かけに静は、目をしばだたかせた。
「いや、『足』、人の足じゃ。足の節の間には何がある?」
秀忠は、極めて真面目に静に問いかけた。
「あ…」
静は赤らめた顔を片袖で隠した。
伊勢は女性である。もし秀忠のいうような隠し言葉を使っていたとしたら、「あなたさまの逞しいものともう交わることなく、この先一生過ごせというのですか」と読める。「短き足」というのも男を思い起こさせた。
静の足の間が、じんわりとかすかに痺れる。
静に恥じらいの様子が浮かび上がるのを、男の色の笑みを浮かべて秀忠は見た。
「普通に読みとっても、『あまりな仕打ち』という恨み節になっておるが、『足の間』と読むとその恨みが際立とう。公家に言わせると『そういうことを読み取れぬと和歌のやり取りはできぬ。』らしい。公家とは面倒なものじゃ。」
秀忠は、「ふー」と大きなため息をつく。さらに秀頼の左大臣就任が思い通りにいかなかったのを、ふと思いだし、渋い顔をした。
静は、胸の鼓動が早くなったまま止まらない我が身に戸惑っている。
それは新しい解釈のためか、和歌のさらなる奥深さを知ったためか、心の奥底で思い出した男のせいか、静自身にもわからなかった。
珍しく秀忠は少し酔っているのか、いつもより饒舌になっている。そして、今度は、三条右大臣の和歌を指した。
「これもじゃ。」
名にしおはば 逢坂山の さねかづら
人にしられで 来るよしもがな
「これは掛詞が多い。解るか?」
「はい。『逢坂』は『逢ふ』、『さねかづら』の『さね』は共寝の『さ寝』、『くる』は『来る』と『手繰る』ということにかかっていると。」
由良に教えてもらった内容を注意深く、静は述べた。
「ほう、夢中になっているだけあるのう。そうじゃ。掛詞があるゆえ、『逢うとか共寝するという名を持っている逢坂山のさねかづら、そのかづらを繰るように人に気づかれないで女のもとに通う手立てが欲しいものだ』という和歌となる。」
静を誉めると立て板に水を流すように、秀忠は一気に述べ、また盃に口をつけた。
「はい。素晴らしい和歌にござります。」
少し落ち着いた静は、感嘆するように、にっこりと笑う。
「ん? 夜這いをしたいという和歌じゃぞ。」
秀忠はクククッと笑う。
「『逢いたい』という和歌ではないのですか?」
江の声で江のように素直に受けとる静に、秀忠は、とことん教えてみたくなった。
「『さね』というのは男女の共寝という意だけではないぞ。実の種の中の固いところも『さね』と呼ぶ。じゃから、漢字で『実』と書いて『さね』とも読む。」
「はい。」
秀忠はわざと真面目な顔を作り、空中に「実」という字を指で書いた。それを見て、静は息を飲むように生真面目な顔で、次の言葉を待ち構えた。
その熱心な姿を見て、秀忠は盃を取り、静をじっと見てニヤリと笑った。
「そなたも持っておろう?」
「はっ?」
静は、秀忠が何を言っているかさっぱり解らなかった。そして、あろうことか聞き返してしまったのである。
しかし、秀忠はその様子を楽しんでいるらしい。
「そなたも、持っておろう?、というておるのじゃ。」
「…持っておるのですか?」
静は、自分では答えがわからず、小さな目をパチパチさせながら、ただ繰り返した。
(まこと、おもしろい女子じゃ)。
秀忠はどこかで若い頃の江を重ね合わせながら、静を見ている。
「持っておろう。小さくて固い『さね』を。足の節の間に。」
秀忠は、伊勢の和歌も持ち出しながら、なぶるような笑顔を見せる。
「あ…」
静は一瞬、息を呑んで目を見張ると、耳までを真っ赤にしてうつむいてしまった。
ジンと痺れたところ、まさにそこが「さね」であると頭と体で識る。その辺りがしっとりとするのを我が身が感じた。
静は、それをはしたないと思い、ぴったりと足を揃え、きちんと座り直した。
「『くる』というのは、『裾をめくる』ということじゃ。『人に見つからず、貴女のもとへ行き、貴女のさねを見たい。まぐわいたい』という和歌じゃな。」
秀忠はニヤニヤしたまま、密かに息を整えようとしている静に、さらに具体的に説明して聞かせた。
静はのぼせたように顔を赤らめながらも、直々の教授に感謝するため、手をついた。
「そのような読み方がございますとは……」
少し震える声で礼をする静は、自分の体からとろりとした液が出るのを感じ、足にグッと力を入れた。
灯台の火がジジッという音をたてた。半月の月明かりは西の空低くに傾いている。
静は、随分と時が過ぎていると気づいて、慌てた。
「上様、今宵はありがとう存じました。どうぞおやすみになってくださいませ。」
静は大姥局の言葉を思いだし、将軍に休むように促した。秀忠も大姥局の言葉を思い出す。
「そうじゃな。」
フィーという息を吐くと、秀忠はゆらりと立ち上がり、奥に向かって歩を出した。
歩を進めようとした秀忠の足元が少しふらつく。
「あ!」
静が小柄な体でとっさに秀忠を支えたが、秀忠が静の着物の裾を踏んだため、二人一緒に倒れこんでしまった。
秀忠はそういうと冊子をめくり、伊勢の和歌を指した。秀忠の端正な指の先には、流麗な字がある。
難波潟 みじかき芦の ふしのまも
あはでこの世を すぐしてよとや
「これは、『ほんのちょっとの間も、あなたさまとお会いしないで、一生を過ごせとおっしゃるのですか?』ということかと。難波潟の芦の節が短いので『ふしのま』は、短い時の意もあると教えていただきました。」
待ちきれないように、はきはきと静は答える。
「ほう、もうそこまで解っておるか。確かに、『難波潟』とあるから、普通はそう読み解く。したが……」
秀忠は、まだなにか躊躇していた。
静は早く聞きたくて、秀忠の顔をじっと見つめている。秀忠が盃に手を伸ばしたのをみて、静が酒をついだ。
「飲むか?」
「いいえ。」
秀忠は盃を空けるとフッと息を吐き、
「『あしのふしのま』じゃ。」
と言った。
「『芦の 節の間』でございますか?」
急な謎かけに静は、目をしばだたかせた。
「いや、『足』、人の足じゃ。足の節の間には何がある?」
秀忠は、極めて真面目に静に問いかけた。
「あ…」
静は赤らめた顔を片袖で隠した。
伊勢は女性である。もし秀忠のいうような隠し言葉を使っていたとしたら、「あなたさまの逞しいものともう交わることなく、この先一生過ごせというのですか」と読める。「短き足」というのも男を思い起こさせた。
静の足の間が、じんわりとかすかに痺れる。
静に恥じらいの様子が浮かび上がるのを、男の色の笑みを浮かべて秀忠は見た。
「普通に読みとっても、『あまりな仕打ち』という恨み節になっておるが、『足の間』と読むとその恨みが際立とう。公家に言わせると『そういうことを読み取れぬと和歌のやり取りはできぬ。』らしい。公家とは面倒なものじゃ。」
秀忠は、「ふー」と大きなため息をつく。さらに秀頼の左大臣就任が思い通りにいかなかったのを、ふと思いだし、渋い顔をした。
静は、胸の鼓動が早くなったまま止まらない我が身に戸惑っている。
それは新しい解釈のためか、和歌のさらなる奥深さを知ったためか、心の奥底で思い出した男のせいか、静自身にもわからなかった。
珍しく秀忠は少し酔っているのか、いつもより饒舌になっている。そして、今度は、三条右大臣の和歌を指した。
「これもじゃ。」
名にしおはば 逢坂山の さねかづら
人にしられで 来るよしもがな
「これは掛詞が多い。解るか?」
「はい。『逢坂』は『逢ふ』、『さねかづら』の『さね』は共寝の『さ寝』、『くる』は『来る』と『手繰る』ということにかかっていると。」
由良に教えてもらった内容を注意深く、静は述べた。
「ほう、夢中になっているだけあるのう。そうじゃ。掛詞があるゆえ、『逢うとか共寝するという名を持っている逢坂山のさねかづら、そのかづらを繰るように人に気づかれないで女のもとに通う手立てが欲しいものだ』という和歌となる。」
静を誉めると立て板に水を流すように、秀忠は一気に述べ、また盃に口をつけた。
「はい。素晴らしい和歌にござります。」
少し落ち着いた静は、感嘆するように、にっこりと笑う。
「ん? 夜這いをしたいという和歌じゃぞ。」
秀忠はクククッと笑う。
「『逢いたい』という和歌ではないのですか?」
江の声で江のように素直に受けとる静に、秀忠は、とことん教えてみたくなった。
「『さね』というのは男女の共寝という意だけではないぞ。実の種の中の固いところも『さね』と呼ぶ。じゃから、漢字で『実』と書いて『さね』とも読む。」
「はい。」
秀忠はわざと真面目な顔を作り、空中に「実」という字を指で書いた。それを見て、静は息を飲むように生真面目な顔で、次の言葉を待ち構えた。
その熱心な姿を見て、秀忠は盃を取り、静をじっと見てニヤリと笑った。
「そなたも持っておろう?」
「はっ?」
静は、秀忠が何を言っているかさっぱり解らなかった。そして、あろうことか聞き返してしまったのである。
しかし、秀忠はその様子を楽しんでいるらしい。
「そなたも、持っておろう?、というておるのじゃ。」
「…持っておるのですか?」
静は、自分では答えがわからず、小さな目をパチパチさせながら、ただ繰り返した。
(まこと、おもしろい女子じゃ)。
秀忠はどこかで若い頃の江を重ね合わせながら、静を見ている。
「持っておろう。小さくて固い『さね』を。足の節の間に。」
秀忠は、伊勢の和歌も持ち出しながら、なぶるような笑顔を見せる。
「あ…」
静は一瞬、息を呑んで目を見張ると、耳までを真っ赤にしてうつむいてしまった。
ジンと痺れたところ、まさにそこが「さね」であると頭と体で識る。その辺りがしっとりとするのを我が身が感じた。
静は、それをはしたないと思い、ぴったりと足を揃え、きちんと座り直した。
「『くる』というのは、『裾をめくる』ということじゃ。『人に見つからず、貴女のもとへ行き、貴女のさねを見たい。まぐわいたい』という和歌じゃな。」
秀忠はニヤニヤしたまま、密かに息を整えようとしている静に、さらに具体的に説明して聞かせた。
静はのぼせたように顔を赤らめながらも、直々の教授に感謝するため、手をついた。
「そのような読み方がございますとは……」
少し震える声で礼をする静は、自分の体からとろりとした液が出るのを感じ、足にグッと力を入れた。
灯台の火がジジッという音をたてた。半月の月明かりは西の空低くに傾いている。
静は、随分と時が過ぎていると気づいて、慌てた。
「上様、今宵はありがとう存じました。どうぞおやすみになってくださいませ。」
静は大姥局の言葉を思いだし、将軍に休むように促した。秀忠も大姥局の言葉を思い出す。
「そうじゃな。」
フィーという息を吐くと、秀忠はゆらりと立ち上がり、奥に向かって歩を出した。
歩を進めようとした秀忠の足元が少しふらつく。
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静が小柄な体でとっさに秀忠を支えたが、秀忠が静の着物の裾を踏んだため、二人一緒に倒れこんでしまった。
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