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わが嫁はニブイらしい~秀忠

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 美しかった、江。
 いつもはかわいいと思っていたけれど、美しかった。
 あの着物を着た江にみんなが釘付けになっていた。太閤殿下さえ。
 ほんとうに、改めて礼を言う。

「殿下によきご縁をいただき、改めて感謝申し上げます」
 (私の妻です。不埒なお考えなどなさいますな)

 好色な殿下に向かって、私は一瞬、殺気を放っていたかもしれぬ。

 さだ姫に会いたかろうと、江と別れて近習きんじゅうへの挨拶に行く。
 特に必要はないのだが……。というと、また利勝に叱られるか。まぁ、話ながら相手を探るのも仕事役目じゃ。
 まだ平々凡々とした小倅と思われておるゆえの。


 あちこちに挨拶をしている間に日が傾いてきた。
 そろそろ帰るか。

 奥にいる江を呼んでもらおうと中庭まで来たら、小さな姫が駆け寄ってきた。走り回っていたのか、上気した頬で愛らしい。
 追いかけて来たのは

 ……江

 打ち掛けを汚さないよう、しっかり持ち上げて、動きにくそうだ。すまないことをした。
 近寄ってきた淀の方様に、ひざまづいて礼をすると、江の声が聞こえた。

「完姫、そろそろおいとまいたします」
「はい。おばうえ」

 えっ、今、「おばうえ」と言うたか?
 江は娘に「おばうえ」と呼ばれているのか? 「ははうえ」ではなく?
 私のせいか。徳川に嫁いできたからか。
 着飾らせて見せびらかそうなどと思った己が嫌になる。
 動きやすいように帯を揃えてやればよかった。

 完姫の手を取り、頭を撫でた江が振り向く。
「あなたさま、お待たせいたしました」

 微笑んでいるのか。「叔母上」と言われたのに。
 胸が痛む。早く連れて帰ろう。
 江の手をギュッと掴み、スタスタと歩く。
 宮城野と利勝が慌てて着いてきた。


 江の微笑んだ顔が頭から離れぬ。
 哀しいであろうに、寂しいであろうに、切ないであろうに、それでも微笑むのか。江は。
 慰める手だてはないのか。
 由良に「微笑んで差し上げられませ」と言われたが、それが出来れば苦労はせぬ。
 私は六つも年下で、江は利勝と同い年。利勝が弟を見るように、きっと江も私を弟のように見ていることだろう。
 だから、余計に強がってしまう。
 由良や利勝にはバレているようだが、江は疑わぬ。きっと、いけすかない男だと思われているのだ。
 それなのに急に笑えるか。
 それにしても、餅が旨い。昨年の出来は上々じゃな。今年も上手く育つよう気を配らねば。


 なんだ? 寝所が寒いな。
 江がくしゃみをしているではないか。早く床に入っていればいいのに。風邪をひいたらどうするんだ。
 私が寝たら、江も飛び込むように床に入った。

 震えている。
 冷えたんだろう……。

 気を落ち着けて……。

 江の隣へ潜り込み、己の布団を江の上にかける。
 これで少し暖かくなればいいが。
 正月から風邪をひかれては、気になりすぎて、仕事が手につかぬ。

「秀忠さま」
 と、江が呼ぶが、知らん顔をする。初夜の衝撃は大きかった。翌日には「『あなたさま』と呼ぶよう」と由良に伝え、由良から宮城野に伝わっている。
 直接言うと「何故なにゆえ」と訊かれる。それが怖かった。

「あなたさま」と呼び直した江が礼を述べる。
 礼など言わずともよい。私は、私のために江を着飾らせたのだ。完姫と遊びにくそうだったではないか。

「徳川のためです」
「はい……」

 申し訳なさに江の顔を見られず、私は天井を睨んでいる。
 
「貴女は『叔母上』と呼ばれているのですか」
「……」
「かわいい姫でしたね」
「豊臣に置いてきましたから」

 あ、まずい。鼻声になっている。
 私が一目惚れしたときの、北政所さまを慰めていたときの声。
 健気で、情が深くて、優しくて……。
 きっと、今もあの時のように涙を浮かべているはず。
 
「そうですか。泣くと余計に冷えますよ。おやすみなさい」

 私は江に背を向けた。
 背を向けざるを得なかった。
 躯中の血が、下半身に集まってきている。
 まずい。まずい。
 とりあえず、寝たふりをして、江を早く休ませねば。

 明日は、利勝に稽古をつけてもらわねばならぬ。
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