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一目惚れしたんだ!~徳川秀忠

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 婚姻して間もなく三月みつき
 まだ、契ってはいない。
 傳役もりやく利勝甚三郎は、それとなく察しているのだろう。江戸へ行くたびに、女子をあてがおうとする。途中の宿場でも。
 自分一人で行けばよいのに、「若様を一人には出来ませぬ」と。

 ほおっておいてくれ。
 私にはあの方がいる。一目惚れした姫が。
 秀次殿が亡くなられた後、北政所さまを慰めておられた姫が。
 その姫との婚姻が整ったと親父に言われた日、私は必要以上に水浴びした。からだが熱くて。
 

 婚儀の夜、私は一つの懸念事を江姫に尋ねた。
貴女あなたは、かたきの息子に嫁いで、それでよいのですか?」と。
 姫が不思議そうな顔をしていたので、
「私の父は信長公の隣に陣をひき、浅井あざいを追い詰めたようですが」
 と教えた。
 姫はふんわりと柔らかに笑う。
「私は浅井のことは覚えておりませぬ。それに、秀勝さま……前の夫は、仇の太閤殿下の甥でした」
「そうですか」
 男の名前を言い、ほんのりと顔を赤らめた姫。
 仇の息子でもよいと言われて安堵したのに、なにやら、気持ちがモヤモヤする。
 六歳も年上と聞いていたのに、私より年下に見える。美しいというより、愛らしい。
 
「疲れたゆえ、寝ます」
 契ることは出来たけれど、姫はたぶん私を見ていない。
 イライラして、私が布団を被ると、姫も横になってすぐに寝付いた。
 夜半に目が覚めて。
 隣で寝ている姫の口元が動く。
「ひで……ひで…かつ……さま、なりませぬ……」
 己の名を呼んでくれたのかと、一瞬口許を緩めた私が馬鹿みたいではないか。
 姫のまなじりには涙が浮かんでいる。

 この方はまだ秀勝殿を忘れていない。
 私のことなど、少しも目に入っていないのだろう。
 太閤殿下に命じられて嫁に来ただけじゃ。
 長い長い溜息が出る。
 ……このような方、抱けぬ。

 それから、なにが江姫を笑顔にするか、それとなく見ていた。
 雁金屋と大坂城のさだ姫。江姫が嬉しそうな笑顔を見せるのはこの二つ。

 一番の笑顔になるのは、完姫に会いに行けるという日。
 大坂城に行った後は、秀勝殿を思い出しているだろうが、それでも、姫が笑顔になるのならよい。
 母子を引き剥がしてしもうたのは私ゆえな。

 雁金屋で散財されるのは困るが、婚姻前に父上から「折々の行事で人前に行くときには必ず着飾らせよ」と言われている。
「久方ぶりの徳川の正室じゃ。行事の折には、殿下の前にも連れて行ける。侮られぬようにせよ。儂は無粋ゆえ、あとはそなたがよきに計らえ。そなたの嫁ゆえな」
 と、ニンマリした。ニンマリして、「ほれ」と袋を渡してくれた。金塊の入った袋。
 親父からの命令だと思って、その後すぐ、私は雁金屋にとんだ。
 私たちの婚姻は、菊の節句が終わってから。となると、さしあたっての行事は、正月の年賀伺い。
 北政所様の居間でお会いしたときには、くすんだ色の衣装を着ておった。
 姫には、もっと明るい色が似合うはず。
 陽の光のような明るい色が。
 親父は「まかせる」と言うた。姫が誰よりも愛らしく美しく見える衣装を揃えよう。
 
 男たちの目を惹かせるのは、本意ではないけれど、かわいい姫の横に居られるのは私だ。
 親父公認で見せびらかせるのだ。
 徳川の力……いいや、姫の愛らしさを。

 衣装のできあがりを、誰よりも私が楽しみにしている。

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