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第六話:夕陽は朝日を垣間見る
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三人の中で唯一の大人である蓮樹先生のおごりで昼食を買ってきた俺たちは、車内で黙々と食事に勤しむ。
俺が食べているのは麻婆豆腐丼。コンビニ飯ということで、万人受けを重視したのか、辛さは控えめだ。しかし俺は貧乏舌。辛かろうが、甘かろうが美味いものは美味い。というわけで美味しくいただいている。
後部座席では朝日さんが回鍋肉丼を食べている。朝日さんは口が小さいのか、回鍋肉部分と同時に丼の部分は食べていない。回鍋肉を食べて、お米を食べてを繰り返すという感じだ。ちらちらと覗いてしまいたくなるのもわかる可愛さだ。しかも、本人は食事に集中していて俺の方に意識を向けていない。これは蓮樹先生に注意されるまでは朝日さんの食事姿で癒やされていてもいいくらいだ。やらないけど。
蓮樹先生は隣で青椒肉絲弁当を食べている。さらにコンビニでもらったビニール袋の中には麻婆豆腐丼と回鍋肉丼が入っている。これはどちらも蓮樹先生のものだ。蓮樹先生は女性の中ではかなり背が高い方でスタイルも抜群だ。こんなに食べて何故そのスタイルが維持できるのか。そもそも、どこにこれだけの料理が入っていくのか謎である。
まあ、女の子の体は謎に包まれていると言うし、そんなもんか。蓮樹先生が女の子という年齢かどうかは置いておいて。
しかし、俺たちの昼食が全員中華なのを考えると、中華料理屋に行けば良かったと思う。コンビニのご飯も美味しいは美味しいのだが、やはりお店で食べる料理は普段食べない感じの美味しさを感じる。折角の外食のチャンスだったんだから、やっぱりお店で食べるべきだと思った。特に田舎は飲食店が少ないからなあ。
そんなことを考えていると、青椒肉絲弁当を軽く平らげた蓮樹先生が口を開いた。
「全員中華食べてるんだから、中華料理屋で良かったかもなあ。どうせどっかにあるだろ」
「ですよね。中華が食べたいなら言ってくれたら良かったのに」
俺はそう言って振り返る。すると、食事の手を止め、蓮樹先生を睨みつける朝日さんの姿がそこにはあった。この目……殺す気だ!
「おい、蓮樹。私は食事中に話しかけられるのが嫌いだし、食事中に目の前で会話されるのも不快だ。お前、黙れ」
朝日さんは怒りを丹精に込めて口撃を始める。常識的に考えて、つまり常考とかJKとかいう類いのものだが、朝日さんの発言はおおよそ目上の人にして良い発言じゃあない。というかこの人、ずっと先生に向かってタメ口だし、礼儀のれの字すら消えてしまっている。
しかし蓮樹先生は朝日さんを責めることはせず、ただただバツが悪そうに笑った。
その蓮樹先生の笑顔は謝罪や優しさなど、とにかく色々なものが混ざっているように思えた。しかし朝日さんを責めるような感情は一切感じず、人生の後輩に対する慈愛と年の離れた友人に対する気安さしか感じられなかった。
それは俺にとって、ひどく印象的だった。
昼食を終えると、蓮樹先生は全員分の容器をビニール袋に入れた。
「じゃあ、ゴミを捨ててくる。ついでになんか買い忘れないか?」
「大丈夫です。飲み物もまだまだ残ってるし」
「私はスポーツドリンクと塩分タブレットで」
「了解。スポドリと塩分タブレットだな」
蓮樹先生は買うものを復唱すると車から降りる。俺は蓮樹先生がコンビニの中へと入っていったのを確認すると、朝日さんに話しかけた。
「ねえ、朝日さん。朝日さんって蓮樹先生と仲いいの?」
「仲? どうしてだ?」
「いや、タメ口だし、休日に遊びに行くのに誘われるし……仲良いのかなと」
「仲……ねえ?」
助手席からではルームミラーが見えない。故に後部座席の様子は振り返らない限りわからない。だから今、朝日さんがどんな表情で何を思っているかは全くわからないのだが、ともかく、朝日さんは言葉を止めた。そしてしばらくすると話し始めた。
「仲が良い人なんて小学校の低学年以来いないからなあ。仲が良いっていう感覚は忘れてしまったよ。ただ、私が親よりも話すことが多い人間ではあるなあ」
朝日さんは淡々とした声色で言い放つ。そして抑揚がない話し方で言葉を続けた。
「私は敬語が苦手だからなあ。目上、年上相手にもタメ口で話すのはその名残と言ったところか。いや、名残と言うより、にじみ出てるだけか。ともかく、タメ口なのはそういう理由だよ。仲が良いとか関係なく、私はタメ口だよ」
「でも遊びに誘われるんだから、仲は良いんじゃない?」
俺が訊ねると、またしても朝日さんは黙り込んだ。ごうごうとなり続けるエアコンの音だけが聞こえる。少し経ち、朝日さんは口を開いた。
「それは……転校させたくないからだろうなあ」
「蓮樹先生が?」
「ん? 蓮樹は別に転校しないぞ?」
「いや、蓮樹先生が転校させたくないって思ってるってのかってことを聞きたかったの」
「そうかい」
朝日さんは消え入りそうな声で呟く。
「噛み合わないなあ」
「噛み合わないね」
「こういうところだなあ。私が浮くのは。どうしても言葉が足りないと、相手が言いたいことを全く察せない。」
朝日さんは震える声で、しかし抑揚をつけず、淡々と話し続ける。もしかして泣いているのか。
俺は後部座席に一瞬目を向ける。表情はしっかりとは見えなかったが、朝日さんはただただ真顔で座っていたように思う。泣いてはいない。大丈夫なのか?
そんな俺の心配をよそに、朝日さんは言葉を続けた。
「蓮樹はなあ。ずっと私を卒業させたいって言い続けるんだ。不登校な生徒を救った私って、今最高に先生してる、をしたいんだよ。そんな感じの偽善者だ」
「捻くれてるなあ」
「周りが厳しいからね。真っ直ぐな思考に直してくれる人間が周りにいなかったら、自然と曲がっていくさ」
「やっぱり初心者のボウリングはガーターなしに限るね」
「まあ、今更言っても遅いか。私という人間が形成されてしまったからね」
俺はコンビニの中に目を移す。すると、蓮樹先生が会計をしているところが目に入った。そろそろ二人きりの会話は終わりだ。
「ごめんね、変なこと訊いて。蓮樹先生がいると話しづらかっただろうからさ」
「そうかい。でもまあ、蓮樹はなあ……私にしては、仲が良いんだろうな」
「そうなの?」
「私からしたら夕陽くんですら友達だ。一昨日まともに話したばかりの君ともね。そのレベルで人と関わりがないんだ」
朝日さんはわざとらしく欠伸をしてみせると、黙り込んだ。車内はエアコンがうぉんうぉんと唸り続けているばかりだ。
俺はその空間で、朝日コモリという人間を確かに見た。何を考えているのかわからない、彼女の奇怪な思考を目の当たりにした。
つまるところ、彼女の心はよくわからないのだ。
蓮樹先生のことをこき下ろしたかと思えば、仲が良いと言う。何を考えているのかわからない。まるで宇宙人のような少女。
そんな朝日さんが面白い。そして面白いところが魅力的だなと。そう感じた。
俺が食べているのは麻婆豆腐丼。コンビニ飯ということで、万人受けを重視したのか、辛さは控えめだ。しかし俺は貧乏舌。辛かろうが、甘かろうが美味いものは美味い。というわけで美味しくいただいている。
後部座席では朝日さんが回鍋肉丼を食べている。朝日さんは口が小さいのか、回鍋肉部分と同時に丼の部分は食べていない。回鍋肉を食べて、お米を食べてを繰り返すという感じだ。ちらちらと覗いてしまいたくなるのもわかる可愛さだ。しかも、本人は食事に集中していて俺の方に意識を向けていない。これは蓮樹先生に注意されるまでは朝日さんの食事姿で癒やされていてもいいくらいだ。やらないけど。
蓮樹先生は隣で青椒肉絲弁当を食べている。さらにコンビニでもらったビニール袋の中には麻婆豆腐丼と回鍋肉丼が入っている。これはどちらも蓮樹先生のものだ。蓮樹先生は女性の中ではかなり背が高い方でスタイルも抜群だ。こんなに食べて何故そのスタイルが維持できるのか。そもそも、どこにこれだけの料理が入っていくのか謎である。
まあ、女の子の体は謎に包まれていると言うし、そんなもんか。蓮樹先生が女の子という年齢かどうかは置いておいて。
しかし、俺たちの昼食が全員中華なのを考えると、中華料理屋に行けば良かったと思う。コンビニのご飯も美味しいは美味しいのだが、やはりお店で食べる料理は普段食べない感じの美味しさを感じる。折角の外食のチャンスだったんだから、やっぱりお店で食べるべきだと思った。特に田舎は飲食店が少ないからなあ。
そんなことを考えていると、青椒肉絲弁当を軽く平らげた蓮樹先生が口を開いた。
「全員中華食べてるんだから、中華料理屋で良かったかもなあ。どうせどっかにあるだろ」
「ですよね。中華が食べたいなら言ってくれたら良かったのに」
俺はそう言って振り返る。すると、食事の手を止め、蓮樹先生を睨みつける朝日さんの姿がそこにはあった。この目……殺す気だ!
「おい、蓮樹。私は食事中に話しかけられるのが嫌いだし、食事中に目の前で会話されるのも不快だ。お前、黙れ」
朝日さんは怒りを丹精に込めて口撃を始める。常識的に考えて、つまり常考とかJKとかいう類いのものだが、朝日さんの発言はおおよそ目上の人にして良い発言じゃあない。というかこの人、ずっと先生に向かってタメ口だし、礼儀のれの字すら消えてしまっている。
しかし蓮樹先生は朝日さんを責めることはせず、ただただバツが悪そうに笑った。
その蓮樹先生の笑顔は謝罪や優しさなど、とにかく色々なものが混ざっているように思えた。しかし朝日さんを責めるような感情は一切感じず、人生の後輩に対する慈愛と年の離れた友人に対する気安さしか感じられなかった。
それは俺にとって、ひどく印象的だった。
昼食を終えると、蓮樹先生は全員分の容器をビニール袋に入れた。
「じゃあ、ゴミを捨ててくる。ついでになんか買い忘れないか?」
「大丈夫です。飲み物もまだまだ残ってるし」
「私はスポーツドリンクと塩分タブレットで」
「了解。スポドリと塩分タブレットだな」
蓮樹先生は買うものを復唱すると車から降りる。俺は蓮樹先生がコンビニの中へと入っていったのを確認すると、朝日さんに話しかけた。
「ねえ、朝日さん。朝日さんって蓮樹先生と仲いいの?」
「仲? どうしてだ?」
「いや、タメ口だし、休日に遊びに行くのに誘われるし……仲良いのかなと」
「仲……ねえ?」
助手席からではルームミラーが見えない。故に後部座席の様子は振り返らない限りわからない。だから今、朝日さんがどんな表情で何を思っているかは全くわからないのだが、ともかく、朝日さんは言葉を止めた。そしてしばらくすると話し始めた。
「仲が良い人なんて小学校の低学年以来いないからなあ。仲が良いっていう感覚は忘れてしまったよ。ただ、私が親よりも話すことが多い人間ではあるなあ」
朝日さんは淡々とした声色で言い放つ。そして抑揚がない話し方で言葉を続けた。
「私は敬語が苦手だからなあ。目上、年上相手にもタメ口で話すのはその名残と言ったところか。いや、名残と言うより、にじみ出てるだけか。ともかく、タメ口なのはそういう理由だよ。仲が良いとか関係なく、私はタメ口だよ」
「でも遊びに誘われるんだから、仲は良いんじゃない?」
俺が訊ねると、またしても朝日さんは黙り込んだ。ごうごうとなり続けるエアコンの音だけが聞こえる。少し経ち、朝日さんは口を開いた。
「それは……転校させたくないからだろうなあ」
「蓮樹先生が?」
「ん? 蓮樹は別に転校しないぞ?」
「いや、蓮樹先生が転校させたくないって思ってるってのかってことを聞きたかったの」
「そうかい」
朝日さんは消え入りそうな声で呟く。
「噛み合わないなあ」
「噛み合わないね」
「こういうところだなあ。私が浮くのは。どうしても言葉が足りないと、相手が言いたいことを全く察せない。」
朝日さんは震える声で、しかし抑揚をつけず、淡々と話し続ける。もしかして泣いているのか。
俺は後部座席に一瞬目を向ける。表情はしっかりとは見えなかったが、朝日さんはただただ真顔で座っていたように思う。泣いてはいない。大丈夫なのか?
そんな俺の心配をよそに、朝日さんは言葉を続けた。
「蓮樹はなあ。ずっと私を卒業させたいって言い続けるんだ。不登校な生徒を救った私って、今最高に先生してる、をしたいんだよ。そんな感じの偽善者だ」
「捻くれてるなあ」
「周りが厳しいからね。真っ直ぐな思考に直してくれる人間が周りにいなかったら、自然と曲がっていくさ」
「やっぱり初心者のボウリングはガーターなしに限るね」
「まあ、今更言っても遅いか。私という人間が形成されてしまったからね」
俺はコンビニの中に目を移す。すると、蓮樹先生が会計をしているところが目に入った。そろそろ二人きりの会話は終わりだ。
「ごめんね、変なこと訊いて。蓮樹先生がいると話しづらかっただろうからさ」
「そうかい。でもまあ、蓮樹はなあ……私にしては、仲が良いんだろうな」
「そうなの?」
「私からしたら夕陽くんですら友達だ。一昨日まともに話したばかりの君ともね。そのレベルで人と関わりがないんだ」
朝日さんはわざとらしく欠伸をしてみせると、黙り込んだ。車内はエアコンがうぉんうぉんと唸り続けているばかりだ。
俺はその空間で、朝日コモリという人間を確かに見た。何を考えているのかわからない、彼女の奇怪な思考を目の当たりにした。
つまるところ、彼女の心はよくわからないのだ。
蓮樹先生のことをこき下ろしたかと思えば、仲が良いと言う。何を考えているのかわからない。まるで宇宙人のような少女。
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