夏の抑揚

木緒竜胆

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第四話:夕陽と、朝日と、それから蓮樹

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 朝日さんから連絡が来たのは意外にも早かった。夏休み初日、即ち朝日さんと公園に行った翌日、俺は昼食を終え、自室でくつろいでいた。
 するとブブンとスマホが揺れ、何かしらの通知が来たことを認識する。スマホのスリープモードを確認すると、朝日さんからメッセージが来ていた。
 メッセージアプリを開くと『14時に学校で会おう』とだけ書かれてある。ふうと息を吐く。ちらと時計に目をやると、13時20分を示している。
 俺は天を仰ぎ、苦笑する。
「ギリギリじゃねえか」
 俺はボソリと呟き、外出の準備を始める。準備の最中、朝日さんのことが頭から離れなかった。
 病弱そうで、どこかファンタジックな外見。しかし外見とはギャップのある、若干あざとい仕草と、今のような我儘を言ったり、自由気ままに振る舞うところ。
 俺は不思議と嫌に感じないことが不思議だった。不思議と不思議で不思議×不思議といったところか。ほら、HUNTER×HUNTER的な?

 むんむんとまとわりつく熱気が怒りを発生させる。みんみんと叫び続ける蝉時雨が怒りを増幅させる。
 ジリジリと降り注ぐ日差しを全身に受け、てちてちと歩き続けること30分。校門が見えてくると、誰かが手を振っているのが見えた。
 学校指定のジャージを着ていることからうちの学校の生徒であることが伺える。うちの学校のジャージは全身が青という凄まじいダサさをしている。さらに青という人間の記憶に残りやすい色をしているせいで、そのダサさが地域住民の記憶に残ってしまう。
 登校時は制服かジャージという校則があるのだが、楽に動けるはずのジャージを着てくる生徒は見たことがない。そのレベルでダサいのだ。
 そんなダサいジャージを着ているのが誰なのか、一歩近づくごとに姿が鮮明になっていく。
「……朝日さん」
 俺はダサジャージを着て、白髪を風に揺らしながら手を振っている朝日さんを認識し、ポツリと呟く。すると朝日さんはてちてちとこちらに向かって走ってきた。
「やあ、おはよう! 来てくれてありがとうね」
「おはよう……我儘だね」
 俺は夏に対する怒りを込めて、若干嫌みたらしく挨拶をする。すると朝日さんはにぱーと真夏の太陽のような笑顔を向けた。
「ハロー、ブリティッシュ。日本では君のことを『どすえ~』と呼びます」
 朝日さんはくすくすと笑うと、俺の一歩先を歩いて校舎を目指す。
「余談は終了。遊びは終わりだ」
「ついに世界の本質が語られるのか」
「そう、世界の本質は……怖かった!」
「怖かった?」
 俺が聞き返すと、朝日さんは恥ずかしそうに舌を出した。
「いやあ。夏休み初日と言えど、所詮は休日の学校。生徒たちも大勢いるだろう?」
「田舎の高校に生徒数なんてないけどね」
「まあ、私は白髪を見られるのが恥ずかしいということだ。だから一緒に来て欲しかったんだよ。まあ、相談の代わりさ」
「さいですか……」
 朝日さんは我儘の理由を並び立てると、続けざまにグチグチと文句を言い出す。
「大体ね、あの陰湿性悪不良教師も陰湿性悪不良教師だよ」
「ああ、個人情報もプライバシーも持ち得ていないあの女か」
「せっかく君を宅急便代わりにしたんだから、連絡事項を書いたプリントと宿題も一緒に届けさせればいいのに。呼び出しだけって何だい」
「全くだ。箒も持ってないし、空も飛べないのにね」
 朝日さんの陰気な愚痴を聞いていると、俺まで蓮樹先生への怒りが込み上げてきた。
 大体、俺は魔女になるわけでもないし、黒猫の使い魔と一緒にこの田舎に引っ越してきたわけでもない。それなのにこき使いやがってよう。流石に温厚な俺でも怒っちゃうレベルだ。今日会ったら、夏に対する怒りも同時にぶつけてやる。
 そんな感じで怒りを育てているうちに、下駄箱に到着した。
 俺たちはテキパキという音が聞こえるほど滑らかに上靴に履き替える。すると朝日さんはピシッっと敬礼した。
「それではご苦労様。私は職員室に行ってくるから、図書室辺りで待っていてくれ。どうせガンガンに冷房きかせてるだろ」
 俺はじいと朝日さんの瞳を見つめる。朝日さんの瞳は心なしか乾いているように見える。
 いや、別にドライアイ云々ではなく、涙で潤っているわけではないという意味だ。他意はない。わざわざ一人が心細いからと呼び出す彼女のことを心配しているだけだ。一人で大丈夫なのかと。
 しかし朝日さんの表情からは緊張の色は見えず、俺は安堵のため息を漏らす。
「一人で大丈夫なんだね?」
「ああ」
「そうか。安心したよ」
「腕をこき下ろしたのか」
「それはきっと胸を撫で下ろすだね」
 俺が指摘すると、朝日さんはくははと豪快に笑って、背を向けて歩き出した。
 俺は朝日さんの姿が見えなくなるまで見送ると、カバンからスポーツドリンクを取り出し、半分ほどを喉に流し込む。
 そしてカバンに入れ直す。辺りからは人の声は聞こえず、代わりにギシャギシャと蝉達が笑い続けている。
「……涼みに行くか」
 俺は蝉の笑い声とまとわりつく熱気に対する怒りを抑えながら、図書室に向かって歩き始めた。
 
 図書室に入った瞬間に感じたのはカラッと乾いたひんやりとした空気。如何にも人工的で体に悪そうな涼しさだが、気持ち良いのだから仕方がない。夏くらいはこの涼しさに浸りたいものだ。
 うちの図書室は田舎なだけあってかなり広く、大量の蔵書が魅力だ。大きさは小さな体育館くらいあり、正直市の図書館なんかより品揃えが良い。
 田舎は虫はもちろん、土地が余っているから駐車場もグラウンドも馬鹿みたいに大きいのだが、図書室も大きいのだ。
 そんな図書室だが、情報化が進み、娯楽も多様化した昨今では訪れる人はほぼいない。そもそも本を読まずにゲームで遊ぶという若者が増えたのもあるが、本を読むなら電子書籍が良いという若者が急増したのもあるだろう。
 俺は図書室の中をぐるっと見回すが、人の姿は当然見えず、気配すらも感じない。司書教諭の姿も見えないのは不思議に思うが、まあ夏休みだし、生徒が訪れるとは考えなかったのだろう。席を外していても不思議ではないか。
 そんな思考もエアコンの涼しさによってぐでぐでと溶けていく。このまま俺も一緒にぐでぐでと溶けてしまいたいとも思ったが、俺も他生徒の例に洩れず図書室に来ることは少ない。せっかくだから見てみるのも良いかと思う。
 俺はぐでりたい気持ちを必死に抑えながら、図書館の中を歩いていく。入り口から一歩離れるごとに自分よりも背の高い本棚に囲まれていく。なんか、よく向日葵畑で行われている迷路に挑戦している気分だ。
 しかし迷路にも終わりがあるように、図書室にも終わりがある。これ以上は進めないと言い張るかのように、ドンと壁が居座っている。壁にはずらっと小さな窓が付いており、窓からはあの突き刺すように痛い日差しがちょろっと差し込んでいる。
 そんな日差しの先を眺めている人影がある。短めに切り揃えた短髪と学校指定のクソダサジャージの女性。如何にも「夏休みの部活に打ち込んでいます」というイメージだが、実際はどうだろうか。少なくとも、俺は彼女のことをプライバシーのかけらも感じないダメダメ教師としか思えない。
「こんなところで何してるんですか……蓮樹先生」
 俺が声をかけると、蓮樹先生は窓の外を見たまま微笑んだ。
「夕陽か」
「まあ、そうですが……こんなところで何を?」
「学生とは違ってね、大人には夏休みがないのだよ。是即ち、労働である」
 蓮樹先生は学生とは違うという部分を強調し、ふふんと自慢げに胸を張った。その仕草がやけにムカつく。しかもこの人、俺や朝日さんにお互いの個人情報バラしてたし、それを思い出して余計にムカつく。
 俺はこの怒りを発言に込めて、蓮樹先生にぶつける。
「こんな涼しいところでぼーっとしてるのが仕事ですか。それなら俺、教師になりたいです!」
「安月給で長時間労働、そして生徒の奴隷。カスみてえな職業だよ、教師は」
「ボロクソ言うじゃないですか」
「給料に満足してないからな」
 蓮樹先生はガハハと豪快に笑うと、ちらりと俺に視線を向けた。
「今、司書の先生が外しているからな。頼まれて、私が代わりに図書室の防人をやっているのだよ」
「防人て」
「まあ、大した給料も出ないくせに運動部の顧問をやらなきゃならないなんて地獄だからな。副顧問もいることだし、後は任せて、私は涼みたいのだよ」
 蓮樹先生は最低な心情を吐露した。いや、吐露なんて可愛らしいものではなく、もう心情を嘔吐したという感じだ。正直受け止める方が疲れる。
 しかし、こんなことを考えている人だから、朝日さんに陰湿だとか性悪だとか言われるのだろう。
 そんな失礼なことを考えていたのが見透かされたのか、蓮樹先生は俺の脳天に軽いチョップを落とす。
「痛いんですけど」
「失礼なことを考えてたからだ」
「事実でしょ。陰湿性悪不良教師!」
「もう一発行っとくか?」
「by朝日さん」
「逃げたな」
「事実ですから」
 そう事実だ。暴力を振るったから不良教師は事実である。そして、俺たちの個人情報を漏らしたのも事実である。田舎とは言え、それがあまり褒められることでもないことも事実である。
 蓮樹先生に対する文句はいくらでも出てきた。そんな俺の心見透かすように蓮樹先生は笑った。
「悪かったよ。色々と。あとは助かった」
「何もしてないですけど」
「昨日の今日だ。どうせ朝日と来たんだろう?」
 蓮樹先生はぐいと顔を寄せると、じいと俺の瞳を覗き込んだ。なまじ顔が整っているだけに、こういうことやられると緊張する。しかし不思議なことに、ドキドキと心臓が暴れ回ることはなかった。
「……そうですけど、察しがいいですね。あ、いや。勘がいいか」
「普通にお前たちが来るのが見えてたからな」
「ちょっと尊敬した自分が恥ずかしいです」
「ダウト。お前今、何も考えてなかっただろ」
「さいですか」
 蓮樹先生はわざとらしく笑ってみせると、はあと深いため息をついた。
「やはり白は目立つな」
 蓮樹先生は露骨に声のトーンを落とし、俯いた。日差しが陰を作っているせいで、表情はよく見えないが、どこか陰っているようにも見える。
「知っていたんですか」
「ああ。家庭訪問……いや、違うな。下宿先訪問にはよく行っているからな」
「確かにそうですか」
 俺は昨日、朝日さんの家に行ってきた。しかしあの家は一人で住むには十分だろうが、家族と過ごすことはできない。純粋な一人暮らしのための下宿先だった。
 これといった家具もなく、ただベッドと家電が置いてあるだけ。ミニマリストでもなければ、満足のいく生活は送れないだろう。
 だからこそ、蓮樹先生は家庭訪問を下宿先訪問と言い換えた。あんなものが家庭であってはならないだろうから。
 そんなことを考えていると、朝日さんのことが心配になってきた。わざわざ俺を呼び出すくらいだ。本当に一人で大丈夫なのか。昨日は公園まで歩いただけで疲れていたし、体調はどうだろうか。もし原付で登校していたとしても、気温は高い。熱中症にはなっていないか。
 心配の色を感じ取ったのか、蓮樹先生は安心させるようにぽんぽんと俺の頭を叩いた。
「心配か?」
「ええ、脳内には朝日さんへの心配ばかりが溢れてきます」
「そうか。しかしそれは心配じゃあないかもだ」
 蓮樹先生はニヨニヨと笑うと、俺を揶揄うように頭をおりゃおりゃと撫で始めた。
「ちょっ、やめてください!」
「はっはっはー! すまない。つい、興奮してしまってね」
 蓮樹先生は頭を撫でるのをやめると、俺に暖かい眼差しを向けてきた。
「先ほど君の中で溢れていたのは、心配ではなく脳内麻薬かもしれないな」
「そんなに心地好いものではありませんよ」
「そうかな。終わってみると案外、楽しいものだと感じるんだよ」
「何がですか?」
 俺が訊ねると蓮樹先生はぷいとそっぽを向き、ぴゅうぴゅうと口笛を吹き出した。
「まあ、その……なんだ。私が教えることではないからな。自分でどうにかしなさい」
「はーい」
 俺は元気に返事をしてみせた。だが内心では「教師なら教えろ! 教えるのが仕事だろ!」とか思っていた。
 思っていることがバレていないか不安になり、俺はおずおずと蓮樹先生の顔へと視線を向ける。しかし蓮樹先生は別のことを考え始めたのか、ぼんやりと窓の外を見つめていた。
「なあ、夕陽。私はね、君と朝日は仲良くやれると思ったんだ。だから昨日、君に頼んだ」
「放ってはおけないですか? 教師として」
 俺の質問に蓮樹先生は微笑みで返した。肯定するでもなく、否定するでもない。ただただ、第三の選択肢をもって答えた。
「朝日はギリギリだ。これ以上休むと、留年の可能性もある。大学ならまだしも、ここは高校だ。横のつながりが強いうえに、大学と違って留年するのは珍しい」
 蓮樹先生ははっきりと、留年というワードを口にした。留年の基準は学校によって違うものの、基本的には授業日数の3分の1以上の欠席が基準だったはずだ。
 朝日さんが学校に来なくなったのは5月頃だったから、確かに留年ギリギリと言われても不思議ではない。むしろ、当然のことかもしれない。
 朝日さんとまともに話したのは昨日が初めて。情が湧くには早すぎる。だが、確かに俺は寂しいと感じた。いいや、違う。彼女とこれから過ごせるかもしれなかった高校生活が、この世界線から消えてしまうことが嫌なのだ。
 情が湧いたわけではないのだから、当然彼女への想いは友情とも違う。そう、言うなれば。
「馬が合っていたんだろう」
 俺が呟くと、蓮樹先生は感心したように目を見開いた。
「友達か?」
「まさか。たった一日ですから、友達なんかじゃありません。ただ今思い返してみると、昨日もさっきも、楽しかったなって」
「そんなにか?」
 揶揄うような声色で訊いてくる蓮樹先生。俺は首肯をもって回答とした。
「そうだ! さっきも言ったでしょう? 陰湿性悪不良教師。あれ気に入ってるんですよね。それくらい、朝日さんとの会話は楽しんでたなと」
「そうかそうか」
 蓮樹先生はふふと微笑むと、俺の頭をポンと叩いた。
「ありがとうな、夕陽。……さて、そろそろ14時半だ。私は朝日の顔を見てから、部活に戻るよ」
「まだ司書の人帰ってきてないんですけど?」
「なあに。時間切れさ。シンデレラは魔法が解けて奴隷に逆戻り。私も頼まれていた時間を過ぎたから役職防人はなくなったさ」
「大人なら待ちましょうよ……責任とか色々あるでしょ」
「そんなもの糞食らえだ。なんせ私は不良教師だからな」
 蓮樹先生はニヤリと笑うと手をひらと振り、俺に背を向けて歩き出した。
 蓮樹先生はたんたんと音を立てて歩いて行き、やがて姿が見えなくなった。見えなくなった少し後に図書室のドアが開かれ、そしてすぐに閉じられた音がした。おそらく、蓮樹先生が出て行ったんだろう。
「そっか。留年するんなら、通信制に転学するかもだな。そっか……そうか」
 俺の口から、頭の片隅にあったことが漏れる。それがなんだか恥ずかしくて。それでいて言葉に出したことが本当になっちゃうのが嫌で。
 俺は何も考えなくても良いように、本棚から面白そうな本を探し始めた。

 図書室で面白そうな本を探したりして時間を潰すこと数十分、図書室のドアが開かれる音がした。
 音に引き寄せられるように俺はドアの方へと戻る。すると朝日さんがひょっこりと顔だけ出していた。
「……何してるの?」
「今来たところだよ」
「待ってたんだ」
「まあ、退屈はしなかったよ。面白そうな本はたくさんあったし、蓮樹先生が話し相手になってくれたからね」
 朝日さんは「ふうん」と俺の話を興味なさげに聞き流すと、ちょいちょいと軽くて招きをした。
 俺は朝日の指示通りに図書室から退室した。
「いやあ、蓮樹ね。副担任の話が終わるちょっと前にね、来たよ」
 朝日さんは一歩一歩を踏みしめるかのように歩き出した。
「何話してたん?」
 俺が訊ねると、朝日さんは気怠げにため息をついた。
「職員室の奥の方にある応接スペースさ。副担任から延々と説教。わかっていることを注意され続けるのは、拷問にも似た苦しみを感じるよ」
「説教ねえ?」
「ああ、説教さ。このままだと留年するってことくらい、わかってるに決まってるさ」
 朝日さんは興味なさげに呟く。
 朝日さんは留年することに危機感を持っていないのだろうか。それとも受け入れているのか。或いは転校するつもりなのかもしれない。
 そんなことを考えていると胸の奥で何かがもじゃもじゃと動いているような、そんな不快感を感じた。無理矢理言語化するのならば、嫌だと思った。そんなところか。
 俺は朝日さんにちらと目をやり、しばし思考する。彼女は自身が理解していることを説かれるのを嫌う。しかし、俺は彼女が留年することに対して嫌だという気持ちを抱いた。故に伝えたいという気持ちもあるのだ。
「……留年、どう?」
 考えること約十秒。俺は極限まで言葉を濁した質問を投げかけるという結論に達した。我ながら、姑息な人間である。これでは蓮樹先生のことを陰湿とか、性悪とか言えない。こんな自分が少し嫌になる。
 そんな俺をよそに、朝日さんは鼻歌を歌い出し、歩くスピードを速めた。
「正直なことを言うのならば、留年とかはどうでもいいな。私はそんなことを考えている場合じゃない」
「でも高校くらいは出ておかないと就職が難しくなるよ。高校だと、留年するとクラスに溶け込みにくいだろうし」
 俺の言葉を聞いた朝日さんは眉を寄せると、ジロリと俺を睨んだ。
「君はあの副担任と同じことを言うんだな。まず、私は留年について考えている場合じゃないんだよ」
「いや、高校生の本分は学業に励むことでしょ」
「呆れたよ。君は聡い子だと思っていたんだがね」
 朝日さんは肩をすくめると嘲笑した。
「いいかい? 私が悩むべきは留年の回避についてではない。白髪と既にクラスから浮いていることなんだよ。もうね、ぷかぷかだ。クラスという名のカレーに溶け込めなかった片栗粉がぷかぷかと浮いている状態なんだよ」
「ちゃんと水の量をレシピ通りに作ればカレーは水っぽくならないから、片栗粉を追加投入する必要はなくなるんだよ」
「比喩だよ。メタファー。わかるかい? それとも君はあれか。私と同じくらいコミュニケーション能力が低いのか」
「冗談だよ。ジョーク。自虐とブラックジョークは紳士の嗜みだからね。高校生レベルだと冗談が嗜みになるんだ」
「つまりはこういうところだよ。君も知っているだろう? 私はクラスに溶け込めなかった。理由はこういうところにあるんだよ」
 朝日さんは唇を噛むと俯いた。そんな彼女の様子を見て、白髪がストレス由来のものだということを思い出す。
「浮くことはストレス?」
「そうだな。よく白髪はどうでもいいなんて言っているが、正直気にしている。というか、クラスで浮いていることに強いストレスを感じて、髪が真っ白に染まった人間がどうでもいいなんて思っているわけないだろ」
 朝日さんはぎゅうと拳を強く握りしめた。
「留年して違うクラスでの生活が始まっても、転校して新しい生活が始まっても、私は私だ。変人ということを自覚しているからな。どうせ浮くなんてことはわかりきっている。だから私が悩むべきは留年についてではない。私が変わっているということについてなんだよ」
 朝日さんが言い終えると、ズシンと重い空気がのしかかってくる。俺は彼女のことをよく知らない。加えて、昨日は失言が多かった。故に、下手に励ますことは憚られ、かと言ってどうやって声を掛ければ良いのかわからない。
 俺の頭には何も言葉が浮かばず、黙りこくってしまう。朝日さんも口を開かず、俺たちは玄関までを重い空気を背負いながら歩き続けた。
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