[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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第三十六話 忘れえぬ日々 ⅩⅩⅣ

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 徒競走で一位と二位が確定した直後。
 騎馬競走の始まりを告げる宣言と角笛の音が、会場グラウンド中に響き渡った。

 決勝線までわずか半歩差の接戦を繰り広げた二人に降り注ぐ、歓声の雨。
 業務に不慣れな試験官達や会場警備係達は、もはやただの観戦者と化し、実技試験で優位な高得点を収めた二人と二人の馬を見比べながら、どちらが先に走り出すのかと、期待を込めて拳を握る。

 しかし、徒競走一位のオーリィードも二位のアーシュマーも、走る速度を少しずつ落としながら馬の手前まで来て、何故か来た道を引き返した。
 予想外な行動に、「「「え?」」」と声を揃えて瞬く観戦者達。
 業務に慣れている監督役達は、やはり表情を変えずに黙って見ていた。





 騎馬競走は、発走のタイミングを個々の走者に任せている。

 心肺機能が最善の状態に戻るまで休憩を挟むも良し。
 息を合わせて北端へ向かう為に愛馬と触れ合うも良し。
 発走前に馬具を点検して、事故防止を徹底するも良し。
 自信があるなら、公平さを気取りたいのなら、徒競走で一位になった者が最下位の到着と騎馬を待って走り出す、なんてことも自由にできる。

 ただし、レースは『正真正銘速い者勝ち』。
 目的地までどれだけ速く移動できるかが、レースにおける評価の基準だ。
 不正行為は論外だが、他にどのような行動を選んで、試験官達の好感度を上下させたとしても、結局は決勝線を越えた順番で高い点を得る。

 それが解っているから、受験者の大半は休みらしい休みを満足に入れず、かといって身体は壊さないように、呼吸を整えながら馬に乗る。
 メトリー副団長やフォリン団長でさえ、二十秒前後歩き回り身体を適度に冷やした後、愛馬と視線を交わすくらいしかせず、早々に発走していた。

 後続者が我先にと馬に乗って駆けて行く中、徒競走最下位の騎馬を待って発走し、結果一位を獲得した者など、実技試験創設時まで歴史を遡っても、ヘルメイス・オルグ・バーミリアンと愛馬カドゥケウス以外は存在しない。
 公平を重んじる近衛騎士団長の姿勢に敬意を払い、あるいは憧憬を抱き、あるいは挑むつもりでバーミリアンを真似した受験者も、参加日を問わずに数十人は居たが、全員がもれなく得点圏外に落ちている。

 当然、オーリィードとアーシュマーもバーミリアンと同じ事ができるとは思ってないし、しようとも思わない。
 それぞれ馬との円滑な意志疎通の為、手元を誤ってストレスを与えたり、バランスを崩して落馬したりしないよう、軽く動き回って頭と身体の感覚を調整しているだけだ。
 それも一分と掛からず、二人は同時に踵を返して馬へと歩み寄る。

「待たせたな。行くぞ、ルナエラ」

 首を撫でて微笑むオーリィードに、ルナエラは目をキラキラと輝かせて、前足で地面を蹴った。
 『やっと来たの? 遅いよ! 早く乗って!』と言いたげな仕草に頷き、オーリィードは手綱を握ってあぶみに足を乗せ、鞍に跨がる。

「今回のレースにはトルードが居る。今の状態で、勝てそうか?」

 挑発とも取れるオーリィードの声掛けに、ルナエラは勢いよく頭を上げ、短い鼻息で力強く鳴いた。
 人間で言えば、鼻高々に胸を張った、といったところか。
 今朝と同じく、余裕たっぷりで頼もしい返事をくれた相棒に吐息のような微笑を溢し、手綱をしっかりと握り直して前を向く。

 ほどなくして、視界の隅に栗毛色の影が飛び込んできた。
 にわかに上がる大声援。
 改めてそちらに意識を向けなくても、アーシュマーとその愛馬トルードが発走したのだと分かる。

 オーリィードは、慌てず騒がず冷静に目蓋を閉じた。
 そして、身体に伝わる振動からルナエラの意志を探り、呼吸を合わせ……
 カッと目を見開き、衝撃に備えた姿勢を執って、発進の合図を送った。





 人間には一人一人性格があり、好き嫌いや、向き不向きがある。
 馬も同じで、一頭一頭に性格があり、好き嫌いも、向き不向きもある。
 個性・固体差と呼ばれるこれらは、軍馬として調教されても消えはせず、長所や短所に置き換えられ、個々の能力を引き出す足掛かりにされていた。


 負けず嫌いなルナエラのレースは、最初から先頭を狙い、最後まで勢いを持続できる粘り強さが特徴だ。

 端から端まで周りの景色に大きな変化がない、長すぎる直線のコース。
 気付きにくい緩やかさで誤魔化されているとはいえ、全体的に上り坂。
 初めて挑んだ実技試験の発走直後では、オーリィードのほうがルナエラの体力切れや精神的疲労を怖れて、序盤からの加速をためらっていたのだが。

 ルナエラは、何がなんでも他の馬と一緒に走りたくないらしい。
 一頭にでも並ばれたり追い抜かれたりしようものなら、対抗心剥き出しですぐさま加速したがり、オーリィードの煮え切らない指示にも不愉快そうな気配を見せた為、それ以降はルナエラの体力と精神力を信じ、常に先駆者が居ない状況を狙って走らせている。


 対するアーシュマーの愛馬トルードは、血濡れた戦士のような猛々しさを持ち合わせながら主人には忠実で、レースの経過や結果がどうというより、ひたすら主人の指示に集中するタイプだった。
 逆に言えば、どんな環境でも問題なく走り、主人のどんな指示にも即座に応えられる瞬発力、忍耐力、持久力、他すべてが秀でたオールラウンダー。
 アーシュマーの観察と計算に合わせて溜めに溜めたトルードの末脚には、ルナエラとオーリィードも何度敗北を喫したか。


 だからこそ今回、オーリィードはあえてトルードを先行させ、離れていくトルードの後ろ姿を見せることで、ルナエラの闘争本能に火をつけてみた。

 トルードは大抵、後半で仕掛けてくる。
 それなら出端からルナエラを怒らせて、終盤の追い込みでは間に合わない絶対的な距離を前半で稼いでおく、という作戦だ。

 読み通り、発進の合図と同時に全速力で駆け出すルナエラ。
 瞬く間も無く、徒競走の決勝線付近で後続者達とすれ違う。
 オーリィード達は、痛いほどの風圧と激しい揺れを適切な体勢とリズムで受け流しながら、人馬一体となってトルード達の背を追い、抜き去った。

 後方へと流れていった栗毛色の影に、けれどここからが本番だからなと、速度の維持をルナエラに要求するオーリィード。
 ルナエラも心得ているとばかりにグラウンドを蹴り上げ、豪腕の弓士から放たれた矢の如く疾走。
 コースを三分の一進んだか進まないかの距離で、あっさりと大差をつけた鮮やかな逆転劇は、観戦者達を一層盛り上げた。

 このまま逃げ切れれば良いが、騎馬競走は文字通り馬の能力が勝敗要素に大きく絡んでいるレース。
 騎士単体で能力が低くても、馬の能力や馬を操る技術、馬との相性などが優れていれば、中盤からでも巻き返しは可能だ。
 現に、トルードを警戒するオーリィードの背中には、トルードとは異なるいくつかの気配と圧力が、わずかながらも迫っていた。


 やはり今日の受験者は、総合成績での中堅揃い。
 レースでならアーシュマーとトルード以外の誰にも負ける気はしないが、他の種目になると誰に勝ち点を奪われてもおかしくない、かも知れない。
 
 徒競走と同じ距離でも、馬で走れば半分以下の短い時間。
 微かな危機感を伴う緊張感に全神経を研ぎ澄ましながら、あっという間に見えてきた王家の紋章と騎馬競走の決勝線へ、前のめりで脚を伸ばし。

 騎馬競走一位の到着を告げる角笛の音が、高らかに鳴り響いた。


「第二のレース、一位は『十七番』! 二十点を加算!」

「二位は『十三番』! 十五点を加算!」

「三位は『一番』! 十点を加算!」

「四位は、」
「五位は……」
「六位は…………」

 北端で待ち構えていた試験官達が、次々と決勝線を越えてくる受験者達を正確に見極め、名前代わりの受験番号を着順で呼び上げていく。
 次の種目に備えて木柵へ向かい、ルナエラの速度を少しずつ落としていたオーリィードは、違和感に一瞬遅れて気付いて足を止め。

「……………… は?」

 東端で速度を落としたアーシュマーの横顔を、点になった目で見つめる。

 怪訝な視線を感じ取ったのか、アーシュマーもオーリィードを見て。
 首をねじ切る勢いで顔を逸らし、ルナエラの脇を素早く通り抜けた。

 アーシュマーとオーリィードの間で到着した他の受験者達もすれ違って、一位を取ったオーリィード達が、決勝線と次の舞台の間に取り残される。

「……………………………………はあ…………?」

 左右のどちらにしても自分の隣に来ると思って疑いもしなかった相手が、どういうわけか、そこには居ない。

 想定外の事態に思考も身体も固まってしまったオーリィードは、だから、『もう少し動きたいんだけど』と、不満げなルナエラの足を止めたまま。
 試験官に訝しげな声を掛けられるまで、為す術もなく茫然と佇んでいた。


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