[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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第三十九話 ただ、その一言を

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 ダンデリオンとルビアの祝福を受け取ったオーリィードとレクセルが同時に立ち上がり、参加者一同に向けて軽く頭を下げる。
 祝福を、と言われても心情的に納得が追い付いていない一同は素直にお祝いの雰囲気を演出できず、微妙な表情で拍手を贈るのが精一杯だった。
 まばらな打音も想定の内と皮肉な笑みを浮かべたダンデリオンとルビアは、参加者一同の反応など全く気にしていないオーリィードとレクセルをその場に残し、前へと進み出て並び立つ。
「これにて断罪の儀は終幕! 皆の清聴に感謝する! 我らは席を外させていただくが、よろしいか? リブロム王よ」
「!」
 二階の踊り場で立ち尽くしているリブロムを肩越しに見上げたダンデリオンが、黒紫色の目をスッと細める。
 『主催者としての務めを果たせ』という意図を正確に汲み取ったリブロムは頷き、階段の上から右腕を真横に伸ばして応じた。
「皆様、本日は当夜宴にお集まりいただき、誠にありがとうございました。急な事に驚かれ、聴きたい話は山と積もっていましょうが、質疑の席は後日改めて。今宵はここまでと致します。どうぞ、名君の誉れ高きフリューゲルヘイゲンの王ダンデリオン陛下とルビア王妃陛下のご退出に、道をお開きください」
 リブロムの挨拶とダンデリオンの合図でフリューゲルヘイゲンの音楽隊が楽器を構え直し、旗振り役二名がシュバイツェル王家の紋章を掲げる。
 再び流れ出す行進曲。
 国王夫妻と隊列を組み直した音楽隊が、旗振り役を先頭にして堂々と立ち去った。
 その後、リブロムの指示でウェラントの音楽隊や会場で働いていた人間達も続々と席を外し。
 残る参加者一同も、階段周辺と二階を物言いたげに眺めながら、一人、また一人と大広間から姿を消していく。
 そして、最後の客人が玄関ホールを出て。
 耳を痛めるほどの静寂が会場内を支配した。
 少しずつずれている各々の呼吸音すらも演奏に聴こえる静けさの中、オーリィードとレクセルの靴音がコツンコツンと歌い出す。

「……敵なんて、どこにもいませんでした」

 二股階段を上り、リブロムの数段手前で足を止める二人。
 うつむき気味のオーリィードがポツリと溢した。
「マッケンティア様は、ご自身の文章が読者に与えている心理的作用を自覚していませんでした。彼女は純粋に誰かを勇気付けたくて物語を書いていただけ。貴方がお父様に毒を盛られていた事も、全然知らなかった」
「……なに?」
「貴方が中央大陸で遭遇した武装集団の正体は、世界中から集められた難民です。マッケンティア様が彼らに渡していたのは『破壊活動の資金』ではなく『難民支援団体への寄付』。問題なのは、それぞれの集まりを実質的に統率・管理していたのが本物の国際犯罪組織だった事。組織自体も、元は難民の集まりだった事。マッケンティア様はそうした事情を理解した上で寄付を続けていたんです。彼らが少しでも犯罪行為を減らし、それでも生きていけるようにと願って。……その思いが叶う訳もないと、気付けないまま……」
 ダンデリオンとルビアが語っていた複数の犯罪組織の存在は、嘘でもでまかせでもなく『真実』だった。彼らがバスティーツ大陸への侵攻を企んでいる話にも偽りは無い。
 表向きの顔は、難民の集まりと難民を支援している団体。
 裏の顔は、体制が弱り目になっている国を狙って略奪行為に勤しんでいる武装集団。
 元を辿れば、反社会勢力の横行やマッケンティアの本の影響で体制崩壊した国々の民。
 世界各国で自滅を防がない限り、増える一方の無法集団。
 リブロムがメリルリアン大陸で彼らから聞いた『マッケンティア様のおかげだ』という言葉も真実で、だからこそリブロムはマッケンティアに疑念を抱き、彼女の本が持つ力に行き着いた。
 行き着いて、『自滅はマッケンティアが作為的に誘導しているものだ』と誤認した。
 『優しい言葉』をばら撒いている裏で複数の犯罪組織と結託し、世界を破滅に導いていたと。
 自分が殺されかけたのも、犯罪組織との繋がりを知られたから邪魔になったのだろうと……そんな風に、誤認していた。
「孤児院の子供達を通して『不遇の王女を助けに来た心優しい隣国の王』の噂を流したのは、貴方と会う為にウェラントの貴族達の警戒を解く必要があったから。悪意ある王の親族では、たとえ『マッケンティア』でも容易には受け入れられないだろうと考えての事。実際、サージェルマン男爵と接触できたのも、噂が浸透してからだったそうです」
「…………マッケンティアに悪意は無かったと言いたいのか? あれだけの被害を出して、犯罪行為を助長して、それでも、害を加えるつもりは少しも無かったのだと?」
「無かったんです。本当に、少しも。私達を拾ってくださった事や護衛を任せてくださった事にも他意は無くて、単純に困っている人が居たから助けただけ。……貴方と、同じように」
 すうっと上向いたすみれ色の目に、剣を持って佇む銀髪青目の男性が映る。
 国王の立場に相応しい装いの男性は、自分を見上げる静かな、それでいて何か言いたげな、どこか困っているような目に戸惑っていた。
 下がっている黄金色の眉尻。
 どう開こうと迷っているのか、小さく開閉するピンク色の唇。
 腕を払い除けられた時とは明らかに違う、懐かしさすら覚える雰囲気。
 これでは、まるで……


「……ありがとう」


 照れが混じる微笑み。
 まだ何も奪われていなかった頃の、無垢で、無邪気で、愛らしい笑顔。
 アーシュマーが惹かれ、護りたいと願い、護れなかったもの。
 少女の頃のオーリィードが、居る。

「……俺は、何も……」
 何もできなかった。
 震える口元を押さえて堪えた言葉に、オーリィードは首を緩く振って微笑む。
 教えてくれた。
 腕を引いてくれた。
 助けてくれた。
 支えてくれていた。
 護ってくれていた。
 傍で見守ってくれていた。
 大切なものを全部、護ろうとしてくれていた。
 侵略だの、人攫いだの、脇腹を刺すだの、方法はとても乱暴だったけれど。
 その辺りへの文句や苦情は有り余っているけれど。
 それでも、一人きりでずっと、一生懸命、たくさんのものを護ろうとしてくれていた。
 自身が負う心の傷と引き換えに、本当にたくさんのものを護ってくれていた。
 だから。

「ありがとう」

 ただ、それだけを。


「…………そうか」
 ウェラント式の最敬礼を執るオーリィードと、彼女の隣に立つレクセルを交互に見つめ。
 濡れた視界を目蓋で押し流したリブロムは、姿勢を正し、今まで生きてきた中で一番嬉しそうに微笑んだ。
 誰にも届かないと思っていて、それでも吐かずにはいられなかった願い。言葉。

『オーリィード達を助けて』

 聞いていてくれた人が居た。
 叶えてくれた人が居た。
 それが何よりも嬉しいと、一点の曇りも無い純粋な微笑みを浮かべた。

「今度こそ、幸せに」
 心からの言葉。
 誰が聴いても紛れもない本心だと分かる送り出しの一言に。
 オーリィードの機嫌が目に見えて急落下した。
「貴方のそういう所。ほんっとに、大っ嫌いです」
「……は?」
「いいえ、なんでも。それでは御前を失礼します、リブロム陛下」
 くるりと背を向けて反対側の階段へスタスタと足早に移動するオーリィード。
 何が気に障ったのかが解らず呆気に取られていると、マッケンティアを抱えたままのレクセルが「そこに居られると邪魔です、兄上」と不遜な物言いをして目の前に立った。
 下がって避けようとするリブロムにずいっと迫り
「彼女、弱みにつけ込んで女を抱くようなヤツは嫌いなんだそうです。ベッドの上で抱き合っている時に宣告されましたよ」
「…………そうか」
 どう反応して良いのか分からないでいる顔をジトッと睨む。
「どうせなら、そのままとことん嫌われていてください。私の気分が良いので」
「……そのままも何も、二度と」

「五ヶ月」

「……?」
「私とルビア王妃陛下から、我慢していた貴方へのご褒美です。五ヶ月間だけ時間を差し上げます。貴方が盤上に配置した駒をよく見て、じっくり考えて、慎重に決めてください。どちらを手放し、どちらを得るか」
 私的にはそのままでいてくれるとありがたいんですけどね。
 そう言ってリブロムの横をすり抜け、階段を上り切り。
「ああ、そうだ」
 わざとらしい態度で立ち止まる。
「私は彼女に好かれているんですよ。大変不本意ですが、それでも家族を愛する自信なら貴方には負けていないと思います。参考までに」
「…………??」
「……結構、イラつきますね。貴方のそういう所は私も嫌いです。いったい私をどんな人間だと思っていたんだか……。王城内部とベルゼーラ軍で匿っているレジスタンスの元構成員達、できるだけ早めに解放してくださいよ。いくらオーリィードの為だったと言われても、貴方の行動のツケまで払うつもりはありませんから」
 きょとんと瞬くリブロムをその場に残し、レクセルもまた迎賓館の休憩室へと足早に移動した。


「ロゼリーヌ王太后陛下に、御挨拶を申し上げます」
「……わたくしは、貴女をどう呼べば良いのかしら」
 数段下で礼を執ったオーリィードに、ロゼリーヌは苦笑いで応える。
 二度目の顔合わせ。
 しかし、面と向かって話すのは初めてになる実の母娘。
 二人の間に親しみと表せるものは、当然ながら無い。
 が。
「オーリィード、と。フリューゲルヘイゲン王国での私は『グローリア=シュバイツァー』ですが、ウェラントでは父様と母様の家族の証としていただいた『オーリィード・シュヴェル・シュバイツァー』が私の名前です。……呼んでいただけますか? ロゼリーヌ母様」
 見上げて微笑む、すみれ色の目。
 見下ろして緩む、濃い赤紫色の目。
 よく似た面差しの二人が同じ段に立って両腕を伸ばし、互いの身体を柔らかく抱き締め合う。
「……やっぱり、そうだったのね。オーリィード」
「はい。やっぱり、気付かれていましたか」
「わたくしと、よく似ていたから」
「母様は誤魔化せませんね」
「力になれなくて、ごめんなさい」
 甘えるように頬を寄せるオーリィードの髪を撫で、名残惜しそうに腕を離した。
 オーリィードはふるふると首を振り、「力なら今、十分いただきました」と微笑む。
「どうか、お元気で」
「オーリィードも。どうか、幸せに」
 再度礼を執って離れていく小柄な背中を見送り、ロゼリーヌは息を吐いた。

「ありがとうございました。娘達をよろしくお願いします。ダンデリオン」
「はい。貴女が愛するお嬢様方は、私達が責任を持ってお預かりします。ロゼリーヌ様」
 二階の踊り場の角から音も無く現れたシルバーブロンドの女性騎士が、段下で立つロゼリーヌに深々と腰を折る。
「貴女も……どうか、お元気で」
「ロゼリーヌ様も。これからはどうか、心身共お健やかに過ごされますように」
 顔を上げて見つめ合い、親愛と信頼が込もっている穏やかな笑顔を交わす二人。
 言いたい事、尋きたい事、話したい事、たくさんの思いを胸に閉じ込め、ロゼリーヌはリブロムの元へ、ダンデリオンはオーリィードの元へと、別々に歩き出した。

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