[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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第三十八話 断罪の儀Ⅳ

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 『バスティーツ大陸がマッケンティアと犯罪組織に狙われている』
 『共に対策を講じよう』
 リブロムがそう伝えようとしても、近隣諸国の大半は大作家『マッケンティア』を支持している立場。支持とまではいかなくても、うまく取り込めば自国に莫大な利益をもたらしてくれる貴重なカードだ。そんな貴重なカードを自ら手放す行為、二つ返事で協力を得られる訳もない。
 不当な形で名前だけを継いでいた『シュバイツァー伯爵家』がリブロムの代わりに警告を発したとしても、下手に応じて動いた結果フリューゲルヘイゲンの怒りの矛先を自国に向けられては堪らないと、耳を塞がれてしまうのも目に見えている。
 しかも、ベルゼーラに侵略された後では、たとえロゼリーヌが直接ダンデリオンに協力を呼び掛けたとしても、『上位国の王が侵略者の手駒で良いように動かされた』という対外的な弱みを作ってしまう為、フリューゲルヘイゲンがリブロムに手を差し伸べることだけは断じてできない。

「確かにリブロム陛下は八方塞がりな状況だったと言えましょう。けれどそれは、我がフリューゲルヘイゲン王国・シュバイツェル王家の流れを汲む『シュバイツァー』の血筋と名を貶めて良い理由にはなりません」
 ゼルエス亡き後もロゼリーヌに王太后の座を与え。
 サーラにウェラント王妃とベルゼーラ王妃の看板を背負わせ。
 ヒューマー伯爵家の娘として育ったシウラにシュバイツァーの家名を名乗らせ、リブロムの愛妾とした。
 これらは、『シュバイツァー』本来の継承者ロゼリーヌを無理矢理王妃に仕立て上げ、フリューゲルヘイゲンの同意も無くロゼリーヌの娘オーリィードにシュバイツァーの家名を継がせたゼルエスと全く同じ行為。
「我がダンデリオン陛下、我がフリューゲルヘイゲン王国が、ゼルエス王とウェラント王国に対して幾度となく厳重に抗議していた意味を……親友であられたロゼリーヌ后と『シュバイツァー伯爵家』に寄せられていた想いの総てを踏みにじる愚行。悪質にも程があると言わざるを得ません」
 しかし、バスティーツ大陸を狙う不届き者達が爪を磨ぎながら大群を成しているのも無視できぬ事実。
「そこで我がダンデリオン陛下は、ウェラント王国への忠義故にリブロム陛下の手を逃れていたレクセル殿下とオーリィード嬢を捜し出し、ウェラント内に滞在していたマッケンティア后の下へ間諜として送り込みました」
「! 間諜スパイ……!?」
 思わず飛び出したロゼリーヌの声に、ルビアはゆっくりと振り向き、やや首を傾けてにこりと微笑む。
「はい、ロゼリーヌ王太后陛下。二人の働きのおかげで、我が母国フィオルシーニと我がフリューゲルヘイゲンは、犯罪組織とマッケンティア后の情報を粗方収集できました。二人がマッケンティア后を通してリブロム陛下にこの宴の開催をお願い申し上げたのも、全てはこの瞬間の為」
 上位国フリューゲルヘイゲンに対するウェラント国王ゼルエス・ミフティアル・ウェラントの不敬極まる行為の数々。
 大陸間侵攻を狙う複数の国際犯罪組織とマッケンティアが犯した罪の数々。
 ロゼリーヌ、サーラ、シウラの軽挙の数々。
 レクセルとオーリィードの忠義心と貢献。
「以上を以て、私からのご報告とさせていただきます。皆様どうぞ、我がダンデリオン陛下の裁決をご静聴くださいませ」
 正面の参加者一同に向き直り、右手でドレスの裾を摘まみ、左手を胸に当てて軽く頭を下げるルビア。
 静まり返る聴衆の前で背筋を伸ばす彼女に、ダンデリオンが肩越しの目線を送り、互いに頷いてから
「断罪の儀に並べられし罪業は、貴殿らが今お聴きになった通りだ。ベルゼーラにはベルゼーラの、ウェラントにはウェラントの事情があることも視野に入れた上で、我がフリューゲルヘイゲン王国の決定を、国王たる余の名に於いてここに表明する!」
 手に持つ王笏を二回、床に打ち付けた。

「ウェラント王国の前国王ゼルエス・ミフティアル・ウェラント! ベルゼーラ王国の現国王リブロム・アーシュリマー・フロイセルの手により斬首で死亡。しかし、我が旧友ロゼリーヌとその伴侶オースティン、二人の間に産まれた娘オーリィードへの国王にあるまじき非道は、彼の者の命一つで贖えるものではない。よって、彼の非道に長年の間目を瞑り、我が国の名誉を毀損し続けたウェラントそのものを敵国と認定。政治的取引の全面停止、大使館は即時撤収、商業取引も段階を追って停止させていく。また、現時点でウェラントとの国交を保ち続けている国々とも取引の見直しを推進する!」
 敵国認定と事実上の断交、外交規模の縮小宣言。
 これにはさすがの大使や貴族達も黙っていられない。
 焦りと非難の大合唱が大広間中に拡がり、
「本日は威勢の良い鳥が大変多く見受けられますわね、我が君ダンデリオン陛下」
 ルビアの一言で黙り込んだ。
「鳥にも無性に鳴きたい時はあろう、我が妃ルビア」
「左様でございますね。鳥もさえずるは命懸け……思えば儚い生涯、声聴く我が耳も、響く我が胸も、愛おしく切ないばかりですわ」
 ふふふ、うふふ、と朗らかに笑い合う、この場では最も高貴な男女二人。
 己の立場を思い出した聴衆は依然として青白い顔色で唇を引き結び、王者の次句を黙して待つ。
 ダンデリオンは大仰に頷き、王笏をトン! と鳴らした。
「此度のウェラント王国への裁決、及び『シュバイツァー伯爵家』と『伯爵位』の断絶を以って、王太后ロゼリーヌ・シャフィール・ウェラント、王妃サーラ・オルトリン・ウェラント、愛妾シウラ・ルーヴェル・ヒューマーの三名による不敬行為への報復措置とする。近い将来国の内外周辺で生じるであろう混乱は、三名を含んだウェラント王室を筆頭とする貴殿らの手腕と責任でもって治められることを切に願う。ただし! 袂を分かつとはいえ、ロゼリーヌ后が我が親愛なる旧友である事実に変わりはない。その点をくれぐれもお忘れなきように、とも付け加えさせていただく」
 ゼルエスやリブロム、ロゼリーヌ達にだけ責任を押し付けて好き勝手な言動を執らないように、と釘を刺し。
 冷たく冴えた黒紫色の目線で貴族達を威嚇する。

「ベルゼーラ王国の現国王リブロム・アーシュリマー・フロイセル! 王太后にして実母マーシティア・トルティネート・フロイセルと国際犯罪組織の企みを世に知らしめんとしたところまでは評価に価する」
 しかし、その為にフリューゲルヘイゲン王国の血筋と名を利用するとは無礼千万。
 本来であれば自国の力だけで解決すべき問題を国外にまで持ち出して周辺国の民の生活を乱した罪も、決して軽くはない。
「よって、彼が統治しているベルゼーラもまた敵国と認定。国政関連を含め、全てウェラントと同様の措置を取らせていただく。ただし、儀の後でウェラントやベルゼーラとの関わりを絶った国や、彼を弑して難を逃れようと企んだ者は、我が国との取引の見直しなどがより一層重いものになると考えていただこう。これから生じるであろう混乱や困難に対し、彼を筆頭とした貴殿らが結束を強めて解決に乗り出されることを心から願っている」
 ウェラントやベルゼーラとの国交を絶っても、周辺国の動きはしっかり監視しているぞ。
 逃げられると思うなよ?
 という露骨な脅しに、大使達のうめき声が重なり合う。

「大作家『マッケンティア』への報復は、貴殿らが先程ご覧になられた通りだ。犯罪組織の資金源の一部となっていた彼女の出版物は、我がフリューゲルヘイゲンで全面的に取扱い禁止。関係各国にも処分を願いたいところではあるが、各国の資本にも影響が出る話故、この辺りは各自の判断にお任せする」
 国際犯罪を助長していた作品の存在を良しとするか否か。
 上位国の決定を是とするか非とするか。
「なお、この決定には我が母国フィオルシーニの意向も絡んでいる、とだけ補足させていただきますわ。ぜひ参考になさってくださいまし」
 ルビアの一言で、聴衆の肩が総崩れした。

「我らがバスティーツ大陸を狙う複数の犯罪組織に関しては、こちらがマッケンティア后の身柄を押さえたことで、早晩不穏な動きに急発展する可能性が大いにある。情報提供はやぶさかでないが、まずは各々で探りを入れつつ、国内の態勢立て直しに尽力してもらいたい。中途半端な持ちつ持たれつの関係は、足の引っ張り合いにもなりかねないのでな。話はそれからとさせていただく」
 政に携わる者ならば、他国に利益や救済を求める前に、まずは自分達の力で内部をどうにかしろ。
 ごもっともな意見に真っ向から反論できる人間は、残念ながら会場内には居なかった。

「最後に、ベルゼーラ王国第二王子レクセル・ウェルマー・フロイセル! 並びにウェラント王国王太后の娘オーリィード・シュヴェル・シュバイツァー!」
 ルビアが階段を降り、取り出した薄紅色のハンカチーフでオーリィードの顔を丁寧に拭い。
 カツカツカツと靴を鳴らしてレクセルの隣に移動したダンデリオンが、参加者一同の視線をレクセルとオーリィードに集める。
「我が妃ルビアが申し上げた通り、我らがバスティーツ大陸に迫る危機から未然に回避できる時間を得られたのは、彼らの忠誠心と働きがあってこそ。身内を欺き、身内を討つ事で自身の心を痛めながらも、ウェラントとベルゼーラ、そしてバスティーツ大陸の未来の為に協力してくれた二人の貢献には、我らより相応の報酬を授けようと思う」
 マッケンティアの身体を抱えたままのレクセルがダンデリオンに向き直って器用にひざまずき、レクセルと背中合わせでルビアに向き直ったオーリィードも頭を下げて両膝を床に突く。
 ダンデリオンの左手がレクセルの、ルビアの左手がオーリィードの頭上に翳されて開き。
 それぞれに辞令が下され、祝辞を述べられる。

「オーリィード・シュヴェル・シュバイツァーをフリューゲルヘイゲン王国・シュバイツェル王家の流れを汲む傍系の姫君として正式に認め、ウェラントの国籍を抹消。同時にフィオルシーニ皇国の後見でフリューゲルヘイゲンの国籍と定住権、『シュバイツァー公爵位』及び『シュバイツァー公爵家』の実権を付与。名を『グローリア=シュバイツァー』と改め、フリューゲルヘイゲン王国公爵家末席の第三位公爵として務めよ」

「レクセル・ウェルマー・フロイセルを『シュバイツァー公爵』の伴侶として正式に認め、ベルゼーラの国籍を抹消。同時にフリューゲルヘイゲン王国の後見でフリューゲルヘイゲンの国籍と定住権、『シュバイツァー公爵家』の家名と力の行使権を付与。名を『アーシュマー=シュバイツァー』と改め、フリューゲルヘイゲン王国末席の第三位公爵家当主の片腕として務めよ」

「「フィオルシーニ皇国とフリューゲルヘイゲン王国の後見と公認を以て、ここに二人の婚姻が成立した。以後、何人たりとも二人に害を成す行いは許されないものと心得よ。皆、二人に祝福を! シュバイツァー公グローリアとアーシュマー卿の行く道に、幸多くあれ!」」

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