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結
第二十八話 最悪のシナリオ
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管理係を自称するメイド以外、今は管理人も通わず住人も居ない、王女の住居・蓮の宮。
漆黒の闇夜に沈んだ建物の輪郭を、月光が白く浮き立たせている。
風も吹かず、虫の聲も聴こえない静寂。
生き物の気配がまるで無い薄暗い寝室の中に、一人だけ微かな呼吸音を響かせる男性が居た。
寝台の端に腰を下ろし、抱え込んだ右膝の上に顎を乗せて、じいっと前を睨んでいる。
いつもなら、頼んでもいない仕事をするからどいてください! と不遜な態度で絡んでくる金髪碧眼の少女・ミウルも、ありがたいことに今夜は現れない。
深夜というより早朝に近い時間帯。今頃はシウラが住む牡丹の宮でぐっすり眠っているのだろうか。
このままずっと来なければ良いと、真剣に思う。
今の男性には自制心の類いがあまり残っていない為、護りたかった女性の面影を感じる少女が目の前に居たら、自分でも何をしでかすか分からない。
できれば、しばらくの間は会いたくなかった。
ロゼリーヌ主催の茶会に出席したマッケンティア。
そのマッケンティアを護衛していたレクセルとオーリィード。
マッケンティアの本が作り出す未来に対抗する為の切り札だったオーリィード。
そのオーリィードの耳を飾っていた、ベルゼーラの騎士の証。
オーリィードは……マッケンティアの夢に堕ちた。
もはやオーリィードに切り札としての価値は無い。
フリューゲルヘイゲンの動向に展望が開けない今、シュバイツァーの名前にも意味を見出だせない。
必然的に、ロゼリーヌとサーラとシウラからも利用価値が無くなった。
無くなったどころか、リブロムの抵抗を封じるマッケンティア側のカードになってしまった。
もう、リブロムには最後の手段しか無い。
オーリィードがマッケンティアの切り札として使われてしまう前に、リブロムの手でミウルを辱しめ、第二のオーリィードを産ませる。
そして、オーリィードとレクセルの存在がウェラントの周辺でマッケンティアの影響力を拡大させる前に、二人を…………
「………………女々しいな」
震える両手。強ばった口元。
洩らした筈の自嘲は、笑顔の仮面にすらなってくれなかった。
すくっと立ち上がり、座っていた寝台に顔だけで振り返る。
ぼんやりと射し込む月明かりが立体感を与える真新しいシワの影を見て、男性は自分の身体の大きさを知った。
彼女は……とても小さかったのだなと思う。
少女だった頃のオーリィードは、ここでどんな夢を見ていたのだろう。
非情極まりない世界を思い知らされる前の彼女は、綺麗な物、可愛い物に、純粋な気持ちで憧れていたのだろうか。
きっと、不器用なところだけは昔から変わってなかった。そういう部分では、言葉の力で聞き出した以上にサーラを困らせていたんじゃないか。
だけどサーラは、そんな不器用なオーリィードも心から可愛がっていた。
大人になっても一緒に居たいと願うほど、互いを大切に想い合っていた。
ゼルエスが後々ゼルエス自身を殺させる為に仕掛けていた依存関係だったとしても、二人の想いは本物だった。
小さな姉妹が揃って見ていた未来予想図は、真昼の陽光より眩しく輝いていたに違いない。
「……連れて行って、やりたかった」
ゼルエスやリブロムに何もかもを奪われて、裏切られて、身も心もボロボロになってしまったオーリィード。
傷付いて、怯えて、アーシュマーが差し出した手を、泣きながら、謝りながら拒んでいたオーリィード。
恨んでいただろう。
憎んでいただろう。
リブロムの力があってもマッケンティアの優しい言葉に溺れてしまうくらい、オーリィードは全てに失望してしまったのだ。
立ち直らせる為のきっかけとして刺した脇腹の傷も、マッケンティアを受け入れる要因になったのかも知れない。
笑えてくるほど、何もかもがひっくり返ってしまった。
それでも……連れて行ってあげたかった。導いてあげたかった。
夢と希望と誇りに満ちた世界で、サーラと一緒に、心を許していた仲間達と一緒に、無邪気な子供のように笑っていて欲しかった。
笑っていて、欲しかった。
そこに、自分が居なくても。
「さようなら、レクセル・ウェルマー・フロイセル」
投げ出せないから。
リブロム・アーシュリマー・フロイセルには。
もう二度と、投げ出せないから。
「さようなら、マッケンティア・ドルトリージュ・バロックス」
せめて、この手で終わらせる。
全部……この手で終わらせる。
「さようなら……オーリィード・シュヴェル・シュバイツァー」
共に息絶えるその瞬間まで、どうか、良い夢を。
漆黒の闇夜に沈んだ建物の輪郭を、月光が白く浮き立たせている。
風も吹かず、虫の聲も聴こえない静寂。
生き物の気配がまるで無い薄暗い寝室の中に、一人だけ微かな呼吸音を響かせる男性が居た。
寝台の端に腰を下ろし、抱え込んだ右膝の上に顎を乗せて、じいっと前を睨んでいる。
いつもなら、頼んでもいない仕事をするからどいてください! と不遜な態度で絡んでくる金髪碧眼の少女・ミウルも、ありがたいことに今夜は現れない。
深夜というより早朝に近い時間帯。今頃はシウラが住む牡丹の宮でぐっすり眠っているのだろうか。
このままずっと来なければ良いと、真剣に思う。
今の男性には自制心の類いがあまり残っていない為、護りたかった女性の面影を感じる少女が目の前に居たら、自分でも何をしでかすか分からない。
できれば、しばらくの間は会いたくなかった。
ロゼリーヌ主催の茶会に出席したマッケンティア。
そのマッケンティアを護衛していたレクセルとオーリィード。
マッケンティアの本が作り出す未来に対抗する為の切り札だったオーリィード。
そのオーリィードの耳を飾っていた、ベルゼーラの騎士の証。
オーリィードは……マッケンティアの夢に堕ちた。
もはやオーリィードに切り札としての価値は無い。
フリューゲルヘイゲンの動向に展望が開けない今、シュバイツァーの名前にも意味を見出だせない。
必然的に、ロゼリーヌとサーラとシウラからも利用価値が無くなった。
無くなったどころか、リブロムの抵抗を封じるマッケンティア側のカードになってしまった。
もう、リブロムには最後の手段しか無い。
オーリィードがマッケンティアの切り札として使われてしまう前に、リブロムの手でミウルを辱しめ、第二のオーリィードを産ませる。
そして、オーリィードとレクセルの存在がウェラントの周辺でマッケンティアの影響力を拡大させる前に、二人を…………
「………………女々しいな」
震える両手。強ばった口元。
洩らした筈の自嘲は、笑顔の仮面にすらなってくれなかった。
すくっと立ち上がり、座っていた寝台に顔だけで振り返る。
ぼんやりと射し込む月明かりが立体感を与える真新しいシワの影を見て、男性は自分の身体の大きさを知った。
彼女は……とても小さかったのだなと思う。
少女だった頃のオーリィードは、ここでどんな夢を見ていたのだろう。
非情極まりない世界を思い知らされる前の彼女は、綺麗な物、可愛い物に、純粋な気持ちで憧れていたのだろうか。
きっと、不器用なところだけは昔から変わってなかった。そういう部分では、言葉の力で聞き出した以上にサーラを困らせていたんじゃないか。
だけどサーラは、そんな不器用なオーリィードも心から可愛がっていた。
大人になっても一緒に居たいと願うほど、互いを大切に想い合っていた。
ゼルエスが後々ゼルエス自身を殺させる為に仕掛けていた依存関係だったとしても、二人の想いは本物だった。
小さな姉妹が揃って見ていた未来予想図は、真昼の陽光より眩しく輝いていたに違いない。
「……連れて行って、やりたかった」
ゼルエスやリブロムに何もかもを奪われて、裏切られて、身も心もボロボロになってしまったオーリィード。
傷付いて、怯えて、アーシュマーが差し出した手を、泣きながら、謝りながら拒んでいたオーリィード。
恨んでいただろう。
憎んでいただろう。
リブロムの力があってもマッケンティアの優しい言葉に溺れてしまうくらい、オーリィードは全てに失望してしまったのだ。
立ち直らせる為のきっかけとして刺した脇腹の傷も、マッケンティアを受け入れる要因になったのかも知れない。
笑えてくるほど、何もかもがひっくり返ってしまった。
それでも……連れて行ってあげたかった。導いてあげたかった。
夢と希望と誇りに満ちた世界で、サーラと一緒に、心を許していた仲間達と一緒に、無邪気な子供のように笑っていて欲しかった。
笑っていて、欲しかった。
そこに、自分が居なくても。
「さようなら、レクセル・ウェルマー・フロイセル」
投げ出せないから。
リブロム・アーシュリマー・フロイセルには。
もう二度と、投げ出せないから。
「さようなら、マッケンティア・ドルトリージュ・バロックス」
せめて、この手で終わらせる。
全部……この手で終わらせる。
「さようなら……オーリィード・シュヴェル・シュバイツァー」
共に息絶えるその瞬間まで、どうか、良い夢を。
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