[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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第四話 小さな違和感

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「こちらは三番で合ってますか?」
「ああ! それが終わったら、次はそっちにあるヤツを七番だ!」
「わかりました」

 活気溢れる市場から徒歩で約十分の距離にある、宅配センターの敷地内。
 大河沿いに大きく開け、庭が付いた三階建て家屋を五・六軒詰め込んでもまだ余裕がありそうな巨大倉庫を、合わせて十三棟も抱えている集荷場。

 船舶や荷馬車などで運び込まれた、大きくて重たい人型の石像から、手のひらサイズで軽くても金平糖のように歪な形をしている厄介物まで。
 種々様々な配達物を指定された番号の倉庫内へと積み上げていく、厳つい体型の男達数十人の中。
 一人だけ、涼しい顔で走り回る男性が居た。
 男性は、年若く標準的な体格でありながら、筋骨隆々の男二人がかりでも苦労する荷物を軽々と掲げ持ち、受付と各倉庫の間を汗一つ掻かずに、朝も早くから既に何十回と往復している。

「次は……あれ、終わりですか?」
「おう、お疲れさん!」

 男性が端から端まで走るだけでも十五分は掛かる敷地内をいっそ楽し気に駆け回ってから受付へ戻ると、何故か荷物置き場が空っぽになっていた。

 市場が開き始めて二時間程度。
 配送業界はこれからが本番だというのに、不思議な光景だ。

「今日は少ないですね。昨日は倍近くあった気がしますが」
「都心のほうで何かあったらしい。けど、油断はするなよ。来る時は一気に来るぞ。ほれ、コイツでも飲んで休んどけ」
「ありがとうございます。……しかし、一時的にでも流通が止まるなんて、よほどのことなのでしょうか」

 勧められるまま空いた椅子に座り、手渡されたカップの水を飲む。
 レモンの果汁を垂らした水は少々酸っぱいが、運動後の身体には、優しく浸透していく。
 ほっと一息吐いた男性に、受付係の男性は両肩を持ち上げて「さあな」と答えた。

「新しい公布があるとは聞いてたが、詳しくは知らん。どうせお偉いさんの決定には逆らえないんだし、俺は興味無ぇな。気になるんなら、仕事の後で見に行ってみたらどうだ? しばらくの間は中央広場に看板が立ってるぞ」
「……そうしてみます」

 心底興味が無さそうな男性に苦笑い、

「すみません、配達をお願いしたいんですけど」
「はいよ!」

 新しい依頼人の到着を受けて立ち上がる。

「送り状は、っと……レクセル! コイツを四番まで頼む!」
「はい」

 書類が幅を占める事務机の片隅に空のカップを置き、新しい荷物を抱えて倉庫へ向かう。
 その背後では、また別の依頼人が受付の前に立とうとしていた。





「大使館です」
「大使館?」

 三ヶ月ほど前。
 十年近く『アーシュマー』と名前を偽ってウェラント王国に潜伏していたリブロムが、催眠術のようなもので自分の影武者に仕立て上げていた義母弟レクセルを使ってサーラを強奪し、オーリィードを眠らせ、レジスタンスを潰滅させた日から、一ヶ月が経った頃。

 深い眠りから目覚め、動けるようになったオーリィードと行動を共にする対価として、レクセルが布団の上で広げた地図に指し示した『突破口』は、ウェラント王国の首都に存在する他国の領土……
 即ち、大使館を表す記号だった。

「現在、私達には身分を証明できる物がありません。その為、最低限の生活維持で精一杯という状況です」
「荷物も何も全部台無しにされたんだから、当然だろ」
「すみません」
「八つ当たりだ。気にするな」
「はい……とにかく、サーラ王女を救出する為に王城へ向かうにしろ、一旦国外へ出て態勢を整えるにしろ、私達の身分を証明できる何かが無ければ、どうにもなりません」
「レジスタンスでは、そんな物は必要なかった」
「それは、『レジスタンスが』国政に異議を唱える一大勢力として、国民の間で広く認知されていたからです。身元不明の不審者二人と反君主を訴える団体とでは、得られる信用に雲泥の差があります」
「だったら、このまま王城に忍び込むだけだ。正面から乗り込まなくても、隠し通路は把握してるんだからな!」
「……それ、レジスタンスが使っていましたよね? 兄が放置しているとは思えませんが」
「さすがに全部は教えてない! アーシュマーも知らない王族専用の通路が残ってる! 国王の寝室は通らなきゃいけないが!」
「では、単騎特攻で兄と対峙して、また催眠術のようなものを掛けられたいと、そう仰りたいのですね?」
「うっ……」
「ウェラント王国を乗っ取った理由も手段も、詳細が分からないと手の打ちようが無い。そう仰ったのは貴女ですよ。焦る気持ちはお察しますが、今は頭を冷やしてください」
「だが!」
「単騎特攻だけは、絶対に駄目です。兄と対峙するには、私と貴女の他に、最低でも二人以上の仲間が居なければ、催眠術のようなもののせいで現状に逆戻りしてしまう。そうさせない為に必要な物が、大使館で得られる他国の入国許可証なんです」

 政治面で交流がある国同士、互いの首都に窓口として設置する大使館。
 ベルゼーラ王国に侵略された為、一時的に外交を遮断した国ならいくつかあったが、大使館を撤収させた国は一つも無かった。

「レジスタンスの潰滅が知れ渡り、国民には怒りと同等の戸惑いや反抗へのためらいが生じています。この状態から、国内でレジスタンス並みの勢力を作り直すのは、事実上不可能です。であれば、現状で頼れるのはウェラント王国元来の親交国、もしくは、サーラ王女が女王になることで利益を得る国しかありません」
「それで大使館か。話は解ったが、出国時だけでなく、他国への入国時にも身分を証明する必要があるんじゃないのか?」
「当然、あります」
「無意味な提案をするな! 時間の無駄だ!」
「貴女は元々宮廷騎士で、サーラ王女に仕えていたんですよね? しかも、国王の寝室を通らなければ使えない隠し通路を教わる程度には、王家からの信用を得ていた」
「……だからなんだ」
「ということは、貴女のご生家もそれなりの家格を持っている筈。王都にはご親戚やお知り合いの貴族が居るのでは?」
「ッ!」
「?」

 びくんと跳ねたオーリィードの肩に、一瞬、違和感を覚えたものの。
 レクセルは話を続ける。

「ベルゼーラ大使館は二十年以上前から閉鎖されたままになっていますし、そうでなくても王宮関係者が操られている為、私の身分は証明できません。けれど貴女なら、身内の方を通せば、どこかの国からは許可を得られる筈。国法堅持の名目でウェラント王国の社交界にも手を入れているようですが、建前上、真っ当な貴族相手には何もできませんし、罪状を捏造するにしても根回しには相応の時間が必要です。今ならきっと、まだ間に合う」

 ただし。
 片や現貴族、片や元レジスタンスという立場の違いを考慮した接触方法でなければ、話を聴いてもらう段階にも移れませんけどね。
 と、注意点を挙げるのも忘れない。

「……顔見知りの貴族が行きそうな店なら、少しは知ってる。けど……」
「けど?」

 彼女は唇を噛んでうつむき、地図を乗せたままの布団へ潜り込んで。
 戸惑うレクセルに背を向けた。

「すまない。しばらく一人で考えさせてくれ」
「……わかりました」

 こんなにいきなり大人しくなるなんて、王都に何か嫌な思い出でもあるのだろうか?
 首を傾げながらも、とりあえず今すぐ無茶な行動に出る気配は無さそうだと、安心する。

 安心、してしまった。

 翌朝、朝食の席。
 決意を秘めた表情で「行こう」と答えられてもまだ。
 レクセルは、自分が見落としてしまったものに、気付けていなかった。


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