【R18】逆さの砂時計

梅見月ふたよ

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外伝

無限不調和なカンタータ Ⅴ

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「君が知る親友さんはー、誰かが苦しむ姿を笑いながら傍観するようなー、そういう人だったのー?」

 表情を強ばらせた女神が、両膝を地面に突けて、両腕をだらりと下ろし。
 翼を力無く落として、木の上に座ってるカールをジッと見上げてる。
 女神の位置からは枝葉に遮られてはっきり見えない筈の、カールだけを。

「本当にー、君の言葉通りの親友さんだったらー、そんなことをしてもー、笑ってくれないと思うんだけどー?」

 私が立ち上がっても、数歩近寄っても、女神に反応はない。
 私の存在は完全に度外視ですか、そうですか。

 その可愛い顔、拳でぶん殴ってやろうか。

「……ああ、そうだ……笑わない。あの子は死んだんだ。私が、この手で、殺した! だから、私がどこで何をしようと、あの子は二度と笑えない! あの子の希望を奪ったのは、私と神々だ! ならば、あの子と同様に神々も死に絶え、未来と希望を摘まれるべきじゃないのか⁉︎ それこそが、正しい因果というものであろう‼︎」
「えーとー……やられたらやり返すとかー、そういう話じゃなくてねー? 君はー、親友さんの何が好きで親友だったのー? 顔とか体とかー?」
「すべてだ! 優しい眼差しも、穏やかな声も、落ち着きがない言動も! 最後まで生命を愛していた清らかな魂も、すべて…… っつ!」

 女神の顔に再び滲み出した怒りが、ギクッと音を立てて凍り付く。
 どうやら、カールが言いたいことを理解したらしい。

 私も、なんとなく解ってきたわ。
 人間ならではの、自己満足にして思い上がった存在解釈ってヤツね。
 悪魔から見れば言い訳がましくて滑稽でしかない主張だけど。
 信仰を讚美する神々からすれば、この精神論は結構キツいかも。

 でもさー。

「だったらー、親友さんが好きだったものは君が大切にしてあげないとー。大好きなものを壊されて悲しくなるのはー、誰だってー同じでしょうー? その親友さんー、今は君の内側にしか居ないのにー、君が悲しませるようなことしたら絶対ダメだよー。今度こそ完全に親友さんが消えちゃうよー?」

 それ。
 コイツには効かないでしょ。

「…………さい、うるさい! 私達の何も知らないくせに‼︎ 私がどれだけあの子を愛していたか……お前達に、愛する者を自分の手で殺してしまった私の気持ちなど解らないだろうがぁああああっ‼︎」

 ほぉら出た、被害者意識!
 てか、完璧な八つ当たり!
 歪んだ風が、また集まりだしてる。

「うんー、その辺はねー、僕じゃあ解らないよー。ごめんねー。僕は君でも親友さんでもないからー、君達がーどんな想いでどうしたかったのかはー、全然解らないんだー。でもー」

 膝を揃えて、手を乗せて。
 ほんの少し上半身を乗り出すようにして、何を言うかと思えば

「君が泣いてるのはー、木の上からでも見えてるよー」

 見たままかよ!?

「……だからなんだ!」

 あー……いやまぁ、多分、
 『泣きながら正体を見失うほど親友さんを愛してたんだね』とか
 『そこまで苦しむくらい、殺したくなかったんだよね』とか
 そんな感じの意味なんだろうけど。

「あのねー? 人間の世界にはー、お葬式っていうのがあるんだけどねー。地域にもよるけどー、死者が生前どんな性格をしてたーとかー、好き嫌いはどうだったーとかー、時間を掛けて話し合う場が設けられるんだー。
 それってねー死者の眠りが穏やかなものでありますようにって祈りとー、死者の遺志ー……生きていた証を受け継ぐーって意味があるんだよー。
 同じ世界で生きていた事実をー、忘れない為にー、死者の生前のかたちをー、皆で確かめ合うんだー。
 だからねー君の中の親友さんに会わせてー。僕達が喪ってしまった存在の大きさに気付かせて欲しいんだー。それができるのはー、君だけだからー」

 …………へぇえ~──?
 あの葬式ってやつ、そんな理由で始めてたの?
 たまたま見かけた葬式じゃあ、死んだ人間とはあんまり関係なさそうな、ただの雑談しか聴こえてこなかったけど。

「そんなことに何の意味がある!? 死ねば終わり。あの子はもうこの世界のどこにも存在しない。残っているものなど、何も無い!」

 よく解ってるじゃない。
 そうよ? 死んだら終わり。なにもかも全部おしまい。
 魂が消滅したら、その先にはなんにも無いの。

 だから、アンタの復讐はただの気晴らし。オトモダチの命の対価とやらをダシにして自分の鬱憤うっぷんを晴らしたいだけの、無様な破壊衝動。
 こっちはねえ。
 そんなモンで通りすがりのカールを殺されちゃ堪んないっつってんの!
 悪魔でもないクセに、自己中も大概にしときなさいよ?
 『友愛』の女神!

「親友さんが残したものならー、ちゃんとここにあるよー」
「うるさい! 黙れ人間‼︎」

 狂風を纏う翼を広げた女神が、一息の間に木のいただきよりも高く翔ぶ。

 『音』が使えないからって、実体での武力行使?
 させるか!

「お前も滅びろ、創世曲の指揮者ぁあああ────っ!」

 カールめがけて突進する体。
 私も、二人の間に割り込む位置へ跳躍して


「君は、親友さんのものでしょう?」


「────っ⁉︎」
「僕は神でも悪魔でもないから、これは的外れな考えかも知れないけど……親友さんには同族から離れても叶えたい望みがあって、君を相手にしても、死にたくはなかった筈。凄い力を持った人同士が生死の境で対峙してたら、双方無事では済まないよね? でも君は今までずっとここで生き続けてた。それって、親友さんには君を殺したり傷付けるつもりが無かった、っていう何よりの証明になるんじゃない?」

 静止した女神と私の影が、空中で重なる。
 雪色の濡れた瞳が、私の肩越しにカールの笑顔をくっきりと映し出した。

「なら、生かされている君の命は、親友さんのものだよ。親友さんの願いを受け継げるのは君しかいないのに、肝心の君がそんなふうに泣いて苦しんで塞ぎ込んで……大切な人を更に悲しませてどうするの? それとも、それが親友さんの望みだった?」
「違う‼︎ あの子は誰も……誰の苦痛も、望んでなど……!」

 至近距離で叫ばないでよ、鬱陶しい!
 取っ捕まえたこの右腕、ぶっ千切るわよ!?

「だが、私が殺したんだ! 純粋無垢なあの子を……私が……この手で! 強引に奪い取ったものを、どうして笑顔で引き継げると思うのか!」
「仕方ないよ。だって、神々は親友さんの願いを否定したんでしょう? だったらせめて、最後に直接会った親しい仲の君が受け入れるべきなんだ。良い意味でも悪い意味でも、親友さんには君しかいないんだから」
「へ?」
「────!」

 こいつ今、何気に『殺した親友さんの代わりに笑いながら、もっともっと自身の呵責かしゃくに苦しめ』って、そう言った?

 整った可愛い顔が色を失くして硬直するのは小気味良いけど。
 ぽやぽやなカールから出て来た言葉にしては、妙に辛辣しんらつね。
 女神が伸ばした右腕に脇を引っ掛けた状態のまま、首を少し回して背後を確認してみる。そこにあるのは、少しも変わってないカールの笑顔。
 まさか、自覚してない?
 だとしたら、それはそれで率直かつ厳しい意見ってことになるんじゃ……

「…………ふぅーん?」

 面白い。
 投げやりだった思考が、ちゃんと自意識を持ち始めてるのね。
 良いわよ。どんどん成長しなさい、カール。
 歌えなくなるまでは、しっかり見届けてあげるから。

「ねぇ、親友さんはどんなものが好きだったの?」
「…………」

 にこにこしながら首を傾げて問うカール。
 視線を落とした女神は、重苦しい沈黙を返す……かと思えば

「っんなあ⁉︎」

 いきなり腕を下ろしやがった!

 咄嗟に女神の手首を掴み直して、ぶら下がったけど……
 びっくりするじゃない!
 私は浮遊できないのよ⁉︎
 自分の意思でのとのとじゃ、着地姿勢が変わるんだから!
 突然はやめてよね!

「……あの子は、何でも好きだ。嫌いなものなんて、探すほうが難しい」
「そっかぁ。じゃあ、歌は? 特にどんな曲調が好きだった?」
「……明るくて、一節聴けば元気になれる……」
「んー。たとえば、こういう歌?」

 息を吸い込んだカールの唇が、またしても弾むように次々と形を変える。

「お日様が、顔を出し、今日も朝がやって来た
鳥が鳴き、犬が吠え、にぎやかな時間の始まりだ」

 子供向けっていうより、どことなく笑い話っぽい、剽軽ひょうきんな韻律ね。
 おどけた芸人を連想させる感じ。

 楽師にも、明、暗、軽、荘厳、その他と、それぞれお家芸的な曲調系統がある筈なのに、これだけ節操なくいろんな歌を取り入れてるっていったい、どんだけの人数に師事したのかしら。
 そして、それと同じ数だけ見限られてきたこいつって……

 いや、今更それは言うまい。

「そう。あの子はそういう頭が悪そうな歌を好んで口にした。生物の日常に調子を付けただけで、何の教養にもならない内容を。飽きもせずに、何度も何度も、笑いながら……」

 声色が微っ妙ーに明るくなった女神の顔を見上げれば。
 涙をぼろぼろ落としつつも、口端が上向いた曲線を浮かべてる。
 泣き笑いってやつか。高慢が基本の神にしては、珍しい表情だこと。

「そう。本当にこの世界が好きだったんだね、親友さん。こういう歌はね、見過ごしてしまいがちな小さな喜びを忘れないようにって継がれてるんだ。
 水があって、花が咲いて、光に包まれてる。僕達は、そんな温かい場所に愛され、護られながら生きてる。だから、いつもどんな時でも、あなた達は孤独ではないんだよって、今と未来を生きてる皆に伝えてるの」

 へぇええ。
 そりゃまた、ずいぶんと独善的な理由ね。

 実際はどんな種族も、各々の主観と都合で生きてるだけよ?
 水が湧くのも花が咲くのも、断じて人間の為なんかじゃない。

「ふ……バカバカしいほどあの子に相応しいな。あの子もよく、似た言葉を紡いでいた。世界は常に循環し、それによって存在を未来へと繋げている。だからこそ美しく貴く、愛しいのだと」
「うん。神様ってあんまり世界に関わりたくなさそうな印象があったから、そういう話を聴くと嬉しくなるよ。……あ、そうだ。親友さんと君の名前、尋いても良いかな?」
「あの子はメレテー、私はアオイデーだ」
「僕はカール。彼女はグリディナさん。えっと、それじゃアオイデーさん。このままだといろいろ大変なので、とりあえず降りてから話しませんか?」
「大変?」

 何が? と、ボケ顔のアオイデーとやらには、既に殺気が無い。
 カールはわずかにも崩さない笑顔で頷き、とにかく下へと地面を指す。

「……………………。」

 ……ええ。
 まあ、よくやったわ。
 正直、神を殺すのは簡単だし、話なんか無視でそうしても良かったのよ。
 ただ、神々の仲間意識ってヤツは、どうにも意味不明で。
 自分達で切り捨てる分にはお構いなしのクセに。
 悪魔に殺されたとなると、何故か集団で仕返しに来るのよね。
 特に、使者を殺すと執拗さが増すらしいとは、悪魔内で有名な噂だ。

 堕天使状態のアオイデーにそれが適用されたかどうかは微妙だけど。
 万が一にも神々がわらわらと現れたらウザイし、今はカールが居るしで、極端な争いは避けたかった。
 結果としては、カールの成長の片鱗も見られたし、万事上々
 ……なんだけど……

 アオイデーの全裸を視界に収めまいと、目蓋をギューッと固く閉じ。
 満面の笑みでそれを誤魔化しまくってるカールに気付いたら。
 なんか、無性に腹が立ってきた。

 あんたってホント、女の形さえしていれば種族も相手も選ばないのね。
 悪魔の男達も、ほとんどはそうみたいだし?
 別に、私があーだこーだと口出しする内容でもないわよ?
 でも、なんか……こう……


 ムカつく‼︎
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