上 下
27 / 40
七章 院長の頼み

(2)

しおりを挟む
 徒歩で歩いて十五分。
 途中、コンビニに寄って昼の分のおにぎりと、明日の朝食用のパンと牛乳を購入する。

 二階のアパートの自宅は端っこ――隣は神社の『鎮守の森』だ。
 鬱蒼と茂る落葉樹は、樹齢数百年は経っているものばかりなのかも知れない。
 この神社と鎮守の森が菜緒含む一帯の住民達の、緑のオアシスになっているのは間違いない。
 菜緒は、いつも鎮守の森を一瞥してから部屋に入る。

 それは無意識だと言っていい。
 森にあった何かを探すように視線が向いてしまうのだ。
 菜緒自身、どうしてかわからない。
 時々、子供の声とか聞こえるような気がするし、また、ぼんやりと森ではなく木造平屋の住宅が見える気もするのだ。

「疲れてるのかなぁ……」
 この辺は駅から離れた住宅街だし、アパートの隣は神社で、都内とはいえずっと静かな場所だ。
 それに近くに保育園とか子供が大勢いるような施設もない。

 なのに、時々子供の声とかが森から聞こえたりするのは正直ゾッとしないか? と菜緒は肩を竦めるが生来の大らかな性格が「きっと空耳」とか「どこか違う場所から聞こえているのね」と変換させてしまうのだ。

(でも……)
 額を撫でる。

 鎮守の森を見ていると、どうも頭がモヤモヤする。
 何か『隠している部分』を、半透明なベールで覆われたような。
 こんな感情が出るのも、頭がモヤモヤするのも、森のことを思うときだけだ。

(もしかしたら自分に合わない場所だったのかしら? この周辺って)
 だから引っ越すといっても北海道から都内へ引っ越して、ストーカー被害でまた引っ越してとここ一年で随分貯金を崩してしまった。
 また引っ越しとなるととても躊躇う。
 ありきたりだけど、盛り塩でもしておこうか? と思う菜緒だった。




 ラインで連絡がきた。自分の歓迎会は駅前にある肉バルになった。
 お店の名前と【十八時半に中に入って集合】と簡潔な内容で菜緒は店名から場所を検索していると、大津院長から別にラインが届いた。

【姉崎さんは十八時くらいに来て欲しいんだけど、いいかしら?】
【はい。大丈夫です】
【じゃあ、よろしくね】

 スマホを充電して時計を見ると、十四時。待ち合わせの時間までまだ間がある。
 菜緒は夜のお肉を期待しておにぎり一個だけにする。
 コンビニでおにぎりを買うのに「温めますか?」と言われないことにも慣れてきた。
 癖で夏でもレンジで温めるが。

「梅を温める?」なんて疑問に思ってはいけない。
 全国のコンビニ事情は、地域によって色々と違うのだから。

 ホカホカになったおにぎりのシートを外す。
「炭水化物だけじゃあ、叱られちゃうかな」

 ぽつりと呟いた後、「誰に?」と首を傾げた。
 一瞬、誰かの顔が頭に浮かぶが、また頭がモヤモヤとしてきて残像さえも掻き消してしまった。

「真剣に一度、頭の検査をした方がいいかな……」
 そう言いながらおにぎりにかぶりつく。

 おにぎりは梅だ。
 コンビニの梅おにぎりを食べるようになってから時々、無性に家で漬けた梅漬けが食べたくなるときがある。
 梅干しに限らず、やはり漬け物系はその家庭の味が出て味わい深い。

 菜緒の好きな梅は「梅漬け」だ。
 梅干しは「カリカリ」
 梅漬けは「しなしな」

 しなしなで果実の柔らかくなった梅漬けをほぐして、鰹節と混ぜたおにぎりの具は菜緒の好物だ。
 梅雨のジメジメした今の時期から夏の間、食べたくなる。
 鰯に挟んでフライにしたり、かまぼこにシソと挟んだりしてもいい。
 もっと暑くなったら素麺の麺汁に入れると、箸が止まらなくなるほど溜まらなく美味しい。

 想像してゴクンと唾を飲み込んでしまう。
「あー今度、送ってもらおう。『自分で取りに来なさい』とか言われるかなー」

 絶対に言われるわ、そう呟いておにぎりの梅を口に入れる。
 酸っぱい、けれどこの味じゃない。馴染みのあるあの味。
 赤シソと一緒に漬ける自分ちの梅漬けが食べたい! と思う菜緒だった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

神さまのお家 廃神社の神さまと神使になった俺の復興計画

りんくま
キャラ文芸
家に帰ると、自分の部屋が火事で無くなった。身寄りもなく、一人暮らしをしていた木花 佐久夜(このはな さくや) は、大家に突然の退去を言い渡される。 同情した消防士におにぎり二個渡され、当てもなく彷徨っていると、招き猫の面を被った小さな神さまが現れた。 小さな神さまは、廃神社の神様で、名もなく人々に忘れられた存在だった。 衣食住の住だけは保証してくれると言われ、取り敢えず落ちこぼれの神さまの神使となった佐久夜。 受けた御恩?に報いる為、神さまと一緒に、神社復興を目指します。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

冷たい舌

菱沼あゆ
キャラ文芸
 青龍神社の娘、透子は、生まれ落ちたその瞬間から、『龍神の巫女』と定められた娘。  だが、龍神など信じない母、潤子の陰謀で見合いをする羽目になる。  潤子が、働きもせず、愛車のランボルギーニ カウンタックを乗り回す娘に不安を覚えていたからだ。  その見合いを、透子の幼なじみの龍造寺の双子、和尚と忠尚が妨害しようとするが。  透子には見合いよりも気にかかっていることがあった。  それは、何処までも自分を追いかけてくる、あの紅い月――。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

離縁の雨が降りやめば

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
龍の眷属と言われる竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の花嫁になった。 これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六で龍神と離縁する。 花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止むのが常だが……。 葵との離縁の雨は降りやまず……。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

処理中です...