上 下
4 / 40
二章 不思議な夢

(2)

しおりを挟む
 引っ越しで契約したアパートは、鉄筋コンクリート二階建ての一部屋。
 二棟前後に建っているが、棟と棟の間は駐車スペースもあるおかげで距離が離れており日射しに問題なかった。
 
 何より、菜緒が気に入ったのは、隣に神社があることだ。
 大きな神社その裏には、歴史を刻んだ森林が厳かに息づいている鎮守の森だ。
 
 そして森を抜けた先――道路側には平屋の木造一戸建て住宅がある。
 菜緒が借りようとしているアパートの部屋は、ちょうどその木造平屋住宅の隣に位置していた。
 
 神社も鎮守の森も惹かれたが、菜緒の視線を釘付けにしたのは、その木造平屋住宅だった。
 そこだけ、時が止まっているように見える。
 明治か大正の時代に軒並みに建っていた一般的な平屋一戸建て。
 庭は広くとってあって、金木犀や椿にツツジと季節折々に花を咲かせる樹木の他、蜜柑や金柑、柿に栗、枇杷まで植えてある。
 
 菜緒は北国出身だ。冬に雪の重さで潰されそうな建築物に郷愁の念など持ちようもないのに、どうしてか胸の奥、いや、体の深いところで震えるような感覚を覚えた。
 
 そして菜緒の目が離せなかったのは――平屋の住民達だった。
 未就学児くらいの男児と女児が、目についただけでも四人。
 
 そして麗しいという言葉がふさわしい青年が一人。
 彼らの父か兄か、それとも平屋は託児所で彼は保父さんなのか。素性は分からない。
 
 襟足で切ってある漆黒の髪が陽の光を織り込んで宝石のように艶めいている。
 遠目から見る瞳は切れ長だが、冷たい印象は受けない。
 遠目で見ているのに彼の顔立ちが、菜緒の目にはっきりと映る。
 スッと通る鼻も結んだ形良い唇も、うつむき加減になると長い睫が影を作り。なまめかしいのにどことなく、はかなさまである。
『眉目秀麗』という言葉が真っ先に思い浮かぶ。

(そしてイクメンだ……)
 
 それにどうしてだろう。彼を見ていると心が落ち着いてくる。
 何とかなるんじゃないかと、ホッとする。
 心だけでなく体も清浄するような、そんな感じだ。
 自分が今、求めているのは守護であり、安心感だ。
 
 神社に鎮守の森に、眉目秀麗の青年。
 三つ巴の好条件。

 たとえ駅からバスで十三分だろうとも、菜緒の体はこの場所を求めている。
 それに引っ越しも早いほうが良い。迅速にあのストーカー親子から逃げるべきだ。

 即決だった。
 
 かくて引っ越しして半年――
 
 菜緒の心身は最悪になっていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

後宮の記録女官は真実を記す

悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】 中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。 「──嫌、でございます」  男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。  彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

春龍街のあやかし謎解き美術商 謎が解けない店主の臨時助手始めました

雨宮いろり
キャラ文芸
旧題:あやかし移動都市の美術商~鵺の本音は分かりにくい~ 春龍街(しゅんりゅうがい)。そこは、あやかしたちの街。 主人公・常盤ちづるは、人の本音を見抜くことができる麒麟眼(きりんがん)の持ち主だった。 そのせいで人間社会に疲れ切っていたところに、鵺のあやかし白露(はくろ)と出会う。 彼の案内で春龍街へ足を踏み入れたちづるは、美術商を営んでいるという白露と共に、春龍街のあやかしたちが持ち込む真贋鑑定依頼を引き受けてゆく。 そんなある日、白露に異変があって――。 あやかしと現代OLがタッグを組み、猫又、犬神、双頭の蜥蜴に大黒天といったあやかし・神様たちからの真贋鑑定依頼をこなす、ファンタジー小説です。 第5回キャラ文芸大賞にて「謎解き賞」を頂きました! 3/4お話が完結しました。お読みくださり有難うございます!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...