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20話
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◆竜也視点◆
パソコンのキーボードを叩く音だけがカタカタと響く。
僕は目の前のモニターに移りこむ情報を記憶すると次の情報を求めてどんどんと先へと進めていた。
そしてそれはやがて終わりを向かえる。
ターンという意識高い音が響くと同時に僕の集中力にも終わりがおとずれた。
「うーんっ。終わったぁーーー」
僕は背伸びをすると開放感に酔いしれた。
「それにしても思ってるより社員の数多いんだな」
先程まで僕が見ていたのは本日。株を買い占めた会社の社員名簿だ。
何故僕がそんなモノを見ていたかというと今後の戦い方を考える為である。
僕は今。従妹である陽菜さんの窮地を知って動いている。
同級生によるストーカーに始まり親の取引先からの圧力介入。中々に下種な人間が揃っているようでワクワクする。
そんな訳で戦うべき相手の情報を収集して分析するのが僕の楽しみでもあるわけだが……。
「アリスの奴。この短期間でここまで詳細な情報を持ってくるなんて……予め狙ってただろ」
今回の買収騒動は僕がアリスに渡りをつけたわけだが、社員名簿なんて数時間で手に入るわけが無い。
恐らくだが、アリスは独自の情報網でここを知っていた可能性が高い。
どのぐらいの優先順位で考えていたのか知らないが、僕の為に多少は無茶をしているって事なんだろう。
本人は涼しげな顔をして本音を語らないけどね。感謝だけはしておこう。
「とにかく。これで準備は整った。後は週末の決戦を待つのみ」
一日缶詰をして疲れた僕は、そろそろジャスミン茶が足りなくなってきたので補充しなければならないと考えていると。
「竜也君はいるよー」
ドアが開いて茉莉花さんが部屋へと侵入してきた。
「もう既に入ってきてるじゃん」
「えへへ。別にいいでしょ?」
僕の抗議を笑顔で誤魔化す茉莉花さん。
「いや。良くないんじゃないかな? 僕みたいな健康的な青少年の部屋に無断で入るなんて何されても文句は言えないと思うんだ」
僕は真剣な顔ですごんでみせた。
「ふーん。私に何かするならしてもいいけど。差し入れのジャスミン茶あげないよ?」
そう言ってペットボトルを振って見せた。
「ありがとう。この一本があれば生きていけます」
僕は前言を翻すと茉莉花さんからペットボトルを受け取った。
「ところで陽菜さんは?」
僕はキャップを開けながらも、もう一人いるはずの美少女の存在を確認してみる。
「サウナで無理しすぎて茹ったからね。今は部屋で寝てるよ」
「んくっ……そうなんだ」
「大体。サウナで倒れるまで無茶するのって良くないよね。折角遊びに来てるのに一人にさせられちゃったしさ」
批難的な言葉にまるで自分が責められているような気分だ。
「それより竜也君。結局一日引き篭もってたよね。例の病気?」
茉莉花さんの質問に僕は頷く。
「うん。今回の山はそこまで大きい訳じゃないんだけどさ。その分時間との勝負だったからね」
「だからって急に呼び出されてもなぁ。私は竜也君にとって都合の良い女じゃないんだよ?」
咎めるような言葉に僕はつい気圧された。
「ごめんって。僕に出来る事なら何でもするから許してよ」
こういう時は謝ってしまうに限る。彼女も僕に対してそれ程無茶をいう事は無いはず。
「じゃあさ。私とつきあっ――」
「それは無理」
「むー。何でもするって言ったのに」
「その願いは僕の力を超えているんだ。叶えられないよ」
「じゃあ私とキスを――」
「ごめん無理」
「同じ部屋で一泊――」
「心臓が爆発して死ぬ」
次から次に出てくる無茶なお願い。なんでか段々と難易度が上がってるんですけど……。無難にブランドのバックあたりで勘弁してくれないだろうか?
「じゃあさ。私の事………………嫌いになってくれる?」
「それは…………」
それまでと違って即答できなかった。
茉莉花さんの真剣な瞳が僕を見据えている。
「竜也君がそんなだと私もいつまでも諦めきれないからさ。いっそ嫌われてしまえば良いんじゃないかなと思ったんだけど……」
彼女にそんな顔をさせてしまった事に心が痛む。
ここで僕がウンと言えば彼女はもう僕から離れて行くのだろう。
だけど…………。
「それは嫌だ」
僕と彼女の視線が交差する。その瞳は僕の真意を見抜こうとする傍らでも揺らいでいた。
やがて彼女は納得したのか。
「解った。じゃあ本当のお願い言うね」
そう言うと彼女は本当のお願いを切り出してきた。
◆茉莉花視点◆
私の踏み込んだお願いに彼は「嫌だ」と答えた。
中学の頃から想いを溜めに溜めて、それでも報われない想い。
それならいっそ捨ててしまおうかと思ってしたお願い。それを彼は拒否してくれた。
陽菜ちゃんの言う事は半分的を得ている。恐らく私は竜也君に一定以上の好意を持ってもらえている。
その証拠に。彼は私が「嫌いになって」とお願いした時、捨てられた子犬みたいに縋るような表情で私を見たから。
彼にはまだ誰とも付き合えない理由がある。それは彼自身から聞いた説明。
そう「誰とも」であって「私とは」では無い。
恐らく私は彼の恋愛対象には入っているのだろう。だけど陽菜ちゃんも恋愛対象に入っている事は間違いない。
そして……アリスさんも。
「解った。じゃあ本当のお願い言うね」
それが解っただけでも収穫。今回のお願いは新しく親友になった陽菜ちゃんの為に使うのが正しいはず。
私は願い事を口にした。
「陽菜ちゃんを救ってあげてくれないかな」
「えっ?」
私のお願いが私自身の事ではなかった事に彼は面を喰らったようだ。
驚きの声が漏れ、唖然としている。
「陽菜ちゃん。元同級生にストーカーされてるって。それでその父親が陽菜ちゃんのお父さんの取引先の重役らしくて。だから陽菜ちゃん無理に断れないらしいの」
普通に考えれば無理難題。
まだ中学を卒業したばかりの男の子に何を相談しているのだろうと言われるところだ。
だけど、彼には実績がある。私を取り巻く環境をぶち壊してくれた実績が。
「もちろん私が協力できることならするつもりだし」
特に今忙しそうにしている彼にお願いするのは負担が大きい事はわかってる。
年に何度かある病気。それは彼が大勝負をしている時なのだ。
「完全に解決しないまでも、解決する切っ掛けだけでもいいの」
完全に手間を押し付けてしまうのは無理だと解っている。
本質的に竜也君がやっている事はビジネスだ。
利益が絡む以上、私や陽菜ちゃんが邪魔をする事は出来ない。それはまだ子供の私達では責任を取れないから。
「せめてアリスさんにお願いして陽菜ちゃんのお父さんが新しく働ける場所を紹介してくれるとか。それが駄目なら陽菜ちゃんを転校させるとか。知ってる? このままだと彼女。その同級生と同じ高校に通う事になるんだよ?」
毛嫌いしているストーカーに高校に入ってからも付きまとわれる。そんな想像をしてみると私も鳥肌が立つ。
「竜也君が忙しいのは解ってる」
それでも私はあの悲しそうな表情を消してあげたい。
「竜也君にメリットが無いのも理解してる」
だからこそ縋るしかない。
「どうかお願い。陽菜ちゃんを助けてあげて。あの子にあんな顔させないで!」
そこまで言って私は目を閉じる。
竜也君への身勝手なお願い。彼には彼のスケジュールがあるのに。
今は無駄な時間を使っている場合じゃないと言っていたのに。私は彼の足を引っ張ることしか出来ない。
それが、無性に悔しくて……情けない。
やがて彼は重々しい口を開く。
「茉莉花さん」
その声は戸惑っていた。私が無理なお願いをしたから?
それが不可能な話だから? それとも…………。
私が彼を見る。彼は気まずそうな顔をして頬をかくとこう言った。
「それ。もうほとんど解決してるんだよね」
「はっ?」
私の間抜けな声だけが部屋に響き渡った。
パソコンのキーボードを叩く音だけがカタカタと響く。
僕は目の前のモニターに移りこむ情報を記憶すると次の情報を求めてどんどんと先へと進めていた。
そしてそれはやがて終わりを向かえる。
ターンという意識高い音が響くと同時に僕の集中力にも終わりがおとずれた。
「うーんっ。終わったぁーーー」
僕は背伸びをすると開放感に酔いしれた。
「それにしても思ってるより社員の数多いんだな」
先程まで僕が見ていたのは本日。株を買い占めた会社の社員名簿だ。
何故僕がそんなモノを見ていたかというと今後の戦い方を考える為である。
僕は今。従妹である陽菜さんの窮地を知って動いている。
同級生によるストーカーに始まり親の取引先からの圧力介入。中々に下種な人間が揃っているようでワクワクする。
そんな訳で戦うべき相手の情報を収集して分析するのが僕の楽しみでもあるわけだが……。
「アリスの奴。この短期間でここまで詳細な情報を持ってくるなんて……予め狙ってただろ」
今回の買収騒動は僕がアリスに渡りをつけたわけだが、社員名簿なんて数時間で手に入るわけが無い。
恐らくだが、アリスは独自の情報網でここを知っていた可能性が高い。
どのぐらいの優先順位で考えていたのか知らないが、僕の為に多少は無茶をしているって事なんだろう。
本人は涼しげな顔をして本音を語らないけどね。感謝だけはしておこう。
「とにかく。これで準備は整った。後は週末の決戦を待つのみ」
一日缶詰をして疲れた僕は、そろそろジャスミン茶が足りなくなってきたので補充しなければならないと考えていると。
「竜也君はいるよー」
ドアが開いて茉莉花さんが部屋へと侵入してきた。
「もう既に入ってきてるじゃん」
「えへへ。別にいいでしょ?」
僕の抗議を笑顔で誤魔化す茉莉花さん。
「いや。良くないんじゃないかな? 僕みたいな健康的な青少年の部屋に無断で入るなんて何されても文句は言えないと思うんだ」
僕は真剣な顔ですごんでみせた。
「ふーん。私に何かするならしてもいいけど。差し入れのジャスミン茶あげないよ?」
そう言ってペットボトルを振って見せた。
「ありがとう。この一本があれば生きていけます」
僕は前言を翻すと茉莉花さんからペットボトルを受け取った。
「ところで陽菜さんは?」
僕はキャップを開けながらも、もう一人いるはずの美少女の存在を確認してみる。
「サウナで無理しすぎて茹ったからね。今は部屋で寝てるよ」
「んくっ……そうなんだ」
「大体。サウナで倒れるまで無茶するのって良くないよね。折角遊びに来てるのに一人にさせられちゃったしさ」
批難的な言葉にまるで自分が責められているような気分だ。
「それより竜也君。結局一日引き篭もってたよね。例の病気?」
茉莉花さんの質問に僕は頷く。
「うん。今回の山はそこまで大きい訳じゃないんだけどさ。その分時間との勝負だったからね」
「だからって急に呼び出されてもなぁ。私は竜也君にとって都合の良い女じゃないんだよ?」
咎めるような言葉に僕はつい気圧された。
「ごめんって。僕に出来る事なら何でもするから許してよ」
こういう時は謝ってしまうに限る。彼女も僕に対してそれ程無茶をいう事は無いはず。
「じゃあさ。私とつきあっ――」
「それは無理」
「むー。何でもするって言ったのに」
「その願いは僕の力を超えているんだ。叶えられないよ」
「じゃあ私とキスを――」
「ごめん無理」
「同じ部屋で一泊――」
「心臓が爆発して死ぬ」
次から次に出てくる無茶なお願い。なんでか段々と難易度が上がってるんですけど……。無難にブランドのバックあたりで勘弁してくれないだろうか?
「じゃあさ。私の事………………嫌いになってくれる?」
「それは…………」
それまでと違って即答できなかった。
茉莉花さんの真剣な瞳が僕を見据えている。
「竜也君がそんなだと私もいつまでも諦めきれないからさ。いっそ嫌われてしまえば良いんじゃないかなと思ったんだけど……」
彼女にそんな顔をさせてしまった事に心が痛む。
ここで僕がウンと言えば彼女はもう僕から離れて行くのだろう。
だけど…………。
「それは嫌だ」
僕と彼女の視線が交差する。その瞳は僕の真意を見抜こうとする傍らでも揺らいでいた。
やがて彼女は納得したのか。
「解った。じゃあ本当のお願い言うね」
そう言うと彼女は本当のお願いを切り出してきた。
◆茉莉花視点◆
私の踏み込んだお願いに彼は「嫌だ」と答えた。
中学の頃から想いを溜めに溜めて、それでも報われない想い。
それならいっそ捨ててしまおうかと思ってしたお願い。それを彼は拒否してくれた。
陽菜ちゃんの言う事は半分的を得ている。恐らく私は竜也君に一定以上の好意を持ってもらえている。
その証拠に。彼は私が「嫌いになって」とお願いした時、捨てられた子犬みたいに縋るような表情で私を見たから。
彼にはまだ誰とも付き合えない理由がある。それは彼自身から聞いた説明。
そう「誰とも」であって「私とは」では無い。
恐らく私は彼の恋愛対象には入っているのだろう。だけど陽菜ちゃんも恋愛対象に入っている事は間違いない。
そして……アリスさんも。
「解った。じゃあ本当のお願い言うね」
それが解っただけでも収穫。今回のお願いは新しく親友になった陽菜ちゃんの為に使うのが正しいはず。
私は願い事を口にした。
「陽菜ちゃんを救ってあげてくれないかな」
「えっ?」
私のお願いが私自身の事ではなかった事に彼は面を喰らったようだ。
驚きの声が漏れ、唖然としている。
「陽菜ちゃん。元同級生にストーカーされてるって。それでその父親が陽菜ちゃんのお父さんの取引先の重役らしくて。だから陽菜ちゃん無理に断れないらしいの」
普通に考えれば無理難題。
まだ中学を卒業したばかりの男の子に何を相談しているのだろうと言われるところだ。
だけど、彼には実績がある。私を取り巻く環境をぶち壊してくれた実績が。
「もちろん私が協力できることならするつもりだし」
特に今忙しそうにしている彼にお願いするのは負担が大きい事はわかってる。
年に何度かある病気。それは彼が大勝負をしている時なのだ。
「完全に解決しないまでも、解決する切っ掛けだけでもいいの」
完全に手間を押し付けてしまうのは無理だと解っている。
本質的に竜也君がやっている事はビジネスだ。
利益が絡む以上、私や陽菜ちゃんが邪魔をする事は出来ない。それはまだ子供の私達では責任を取れないから。
「せめてアリスさんにお願いして陽菜ちゃんのお父さんが新しく働ける場所を紹介してくれるとか。それが駄目なら陽菜ちゃんを転校させるとか。知ってる? このままだと彼女。その同級生と同じ高校に通う事になるんだよ?」
毛嫌いしているストーカーに高校に入ってからも付きまとわれる。そんな想像をしてみると私も鳥肌が立つ。
「竜也君が忙しいのは解ってる」
それでも私はあの悲しそうな表情を消してあげたい。
「竜也君にメリットが無いのも理解してる」
だからこそ縋るしかない。
「どうかお願い。陽菜ちゃんを助けてあげて。あの子にあんな顔させないで!」
そこまで言って私は目を閉じる。
竜也君への身勝手なお願い。彼には彼のスケジュールがあるのに。
今は無駄な時間を使っている場合じゃないと言っていたのに。私は彼の足を引っ張ることしか出来ない。
それが、無性に悔しくて……情けない。
やがて彼は重々しい口を開く。
「茉莉花さん」
その声は戸惑っていた。私が無理なお願いをしたから?
それが不可能な話だから? それとも…………。
私が彼を見る。彼は気まずそうな顔をして頬をかくとこう言った。
「それ。もうほとんど解決してるんだよね」
「はっ?」
私の間抜けな声だけが部屋に響き渡った。
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