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第30話 ギャンブラーホイスラー

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 俺の名はホイスラー。カードゲームを生業とするギャンブラーだ。
 相手の表情や癖を読むことで高い勝率を叩きだし、このカジノでは不動のナンバーワンの称号を掲げている。

 今夜も金を稼ぎにカジノを訪れたのだが、今夜は運が良いようだ。
 配られたカードをチラリとみるとためいきを吐く。これでは駆け引きをする醍醐味が味わえない。

「レイズだ」

 チップを上乗せしたところ対戦相手が委縮する。予想通りというべきか、ろくなカードが配られていないようだ。

「ううう……フォールドだ」

 相手が下りたことで賭けられたチップが移動してくる。今夜は既に百万ベルは稼いでいる。

「どうする、まだやるかい?」

 顔を真っ赤にしている男を挑発し、さらなるチップを吐き出させようとしていると……。

「べモンド様からの依頼です。十七番テーブルへ向かって下さい」

 バニーガールが近付いてきて俺のテーブルにカクテルを置きながらそっと耳打ちをする。

「ふぅ、せっかく盛り上がってきたんだがな」

 俺はカクテルを口にすると、破滅を回避した男を一瞥して席を立った。




「混ぜてもらうぜ」

 十七番テーブルに移動した俺は皆に挨拶をして席に着く。その際にディーラーの指が一瞬ターゲットを示す。その先にはひ弱そうな男と目を見張る美少女がいた。

 事前に聞いた情報では男の方はピート、女はシーラというらしい。

 ピートは眉間に手を当て、真剣な表情でカードを見つめている。
 今回俺に潰してほしいと依頼が入ったのはこいつなのだが、目的は隣にいるシーラだろう。

 これまでこのカジノで様々な女性を俺は見てきた。
 貴族の令嬢から豪商の娘まで。彼女らは華やかなドレスに身を包み、化粧を施していることからとても美しく映った。
 目の前のシーラは化粧を一切していないのにも関わらず美しく、ドレスはさほど高価とも思えないが恐ろしい程に似合っている。

 べモンドの旦那が何としても手に入れたがるはずだ。

『それでは、カードを切り直します』

 俺が入ったことでデッキが回収され、新たなカードが配られる。それぞれの席の下には身分証を置くための場所がある。俺はそこに自分の身分証を置いた。

 プレイヤーに二枚と場に五枚のカードが配られる。
 このゲームは手持ちの二枚とその場の五枚の中の七枚から手役を作って勝負するのだが……。

「ベット」

 他のプレイヤーが賭けたようでテーブルの上に『10000』と数字が表示される。
 このテーブルは賭けを行う際にチップを使わず直接ベルでやり取りをする。

 チップで賭ける場合、足りなければその都度交換させなければならないが、それでは勝負の熱が冷めてしまう。
 高レートのテーブルではこういった仕組みが採用されていた。

「コール」

「コール」

「コール」

 流石は高額を動かすテーブルだ。一万ベル程度では誰一人動じずにコールしてくる。

「チェック」

 そんな中、水を差すようにピートはカードを投げて勝負から降りた。
 しかも賭ける前なので完全にノーダメージである。
 潰すように言われた相手が勝負に出てこないのでは意味がない。

 俺もコールをして勝負を終わらせる。
 結果は俺の勝ちだ。やはり今日のカード運はまだまだ続いているらしい。

 それから何度かゲームをするが、このピートとかいう男。大胆に仕掛けてくることがない。
 大金を賭ける気配を感じるとフォールドでゲームを降りるし、強い手が入っているにも拘わらずレイズもしてこない。

 これでは大勝負を仕掛けるどころか、ただ無意味に時間が過ぎていくだけ。
 しばらくプレイしてみて感じたのはピートは勝負をする気がなくただゲームを流しているだけのようだ。

 勝敗に拘らず、この場でゲームをしていることに酔い楽しむ厄介な、俺が一番苦手とする相手だ。

 こういった相手を潰すにはまず段階を踏む必要がある。それは周囲のプレイヤーを排除すること。
 方針を決めた俺は、テーブルに他のプレイヤーを攻撃することにした。

 ターゲットを仕留めるため、イレギュラーを認めない。そうして一人また一人とテーブルを去り、気が付けば俺とピートの一騎打ちになった。

 こうなれば簡単だ。俺は周りの人間に合図を送る。

『皆、あのホイスラーがカードで勝負してるぞー!』

『本当だ、これは見物だぞ!』

『相手の男はいい女連れてやがる』

『今夜の最大イベントはこれに決定だろ』

 周囲から人が集まり、俺たちのテーブルを囲い始める。
 こうなれば逃げ道はない。これまでは複数を相手にしていたので気を回すことができなかったが、今の対戦相手はピート一人。
 しかも、周囲を観客で固めることによりよほどの人間でも場の空気に飲まれて大勝負をしなければならなくなる。

 シーラが周囲をみてギョッとしている。

「すまないな、俺ここで有名だから。騒がしくなるがまぁ頼むわ」

 罠にかかった獲物を見るようにニヤニヤと笑って見せる。相手も嵌められたことがわかったのだろう、ためいきを吐いて眉を揉んでいた。

「おおそうだ、せっかくギャラリーも増えたんだここからは上限なしで行こうじゃないか」

 ピートが持つ資金は恐らくべモンドの旦那からもらった百万ベル。それに自力で貯金していたとしてもたかが知れている。

 対する俺はこれまでこのカジノで散々カモにしてきたお蔭で十億ベル持っている。
 こうして二人になったからには金の力で押しつぶすことも可能なので条件を突き付けてみる。

 俺の言葉を聞き、周囲が盛り上がりますます断れない雰囲気になる。
 おれはほくそ笑むとピートの返事を待つのだが……。

 ――ゾクリ――

 なぜか背筋が寒くなった。先日一緒に寝た女にシーツを奪われたから風邪でも引いたのか?
 そんな風に考えていると……。

「いいですよ、その条件で」

 ピートは口元を緩めるとそう答えるのだった。
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