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第21話 ~追想~シーラの過去

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「ご利用ありがとうございます。御二人で千百ベルになります」

 ケーキを食べ終えカウンターで伝票を渡すと、さきほどのウェイトレスが会計をしていた。

「えっと、支払いについてなんだが……これ、使えるか?」

 身分証を出し、半信半疑で聞いてみる。

「ええ、こちらのクリスタルにタッチをお願いします」

 カウンターの横に置かれているクリスタルに身分証をくっつける。
 すると、一瞬だけクリスタルが青く輝いた。

「はい、これで支払い完了になります」

「えっ……たったこれだけで?」

 普通、買い物をした時は金額を言われた後に財布から通貨を取り出して並べて見せる。
 それを店側に数えてもらって問題がなければ品物が渡されるのだが、目の前のウェイトレスはクリスタルが光るのを確認するだけでそれすらしなかった。
 俺がこれだけ驚いているんだ、シーラはどんな表情をしているのかと思って振り返ってみる。

「ふぇ……?」

「おい、シーラ?」

「んん?」

 目がトロンとしていて身体がふらついている。

「もしかしてお客様酔われているのでは?」

 さきほどシーラが注文した内容を思い出す。

「まさか、酒に弱いくせにあんな注文をしたのか?」

 それにしても、紅茶で薄めていたのだからブランデーの量はそんなに多くない。

 フラフラとしている彼女を見るてためいきを吐く。

「会計が済んだから行くぞ」

「……うん」

 俺はシーラの肩を抱くと外にでた。

          ★

 身体が揺れる。

 自分がいまどんな状況なのか、思考が混濁しているので理解ができない。

 胸に温もりを感じる、最近になって身近になった優しい臭い。私は次第に微睡へと誘われていく……。

 夢をみた、

 外の世界で。城に住んでいた時の記憶。
 今から一年前、トラテムは苦渋の決断をしなければならなかった。

 諸外国との間に広がる格差を無視できなくなり、冒険者ギルドと王宮が協議した結果、深淵ダンジョンに精鋭を送り出すことを決めた。
 これまで、中堅冒険者の挑戦を許可してはいたが、目に見える成果は何一つなく投資した分だけ赤字を出し、結果国力の低下を招いていた。

 そんな焦りがあったのか、国王である父が賭けにでた。

 だけど結果は散々なもの、送り出したAランク冒険者は誰一人戻らず、父は城内に不満の種を抱えることとなった。

 そして、トラテムの貴族を中心に反乱が起きたのが今から一月前。父と母は殺され、私は護衛に連れられて深淵ダンジョンに逃げ延びた。

 護衛は私を生かすため、一人また一人と命を散らしていく。そんな中、モンスターに襲われ滝に落とされた私は死を覚悟した。

 だが、私は死ななかった、不愛想ながらも大きな力を秘めた男性に助けられたからだ。
 彼はぶっきらぼうながらも私を『大切』と言ってくれた。身分を明かしたことはない。ここは王城ではないし、身分など意味がなかったからだ。

 私は彼の想いに応えるべく返事をした。外の世界がどうなっているのかわからない。自分なりに心の整理がつくまで待って欲しいと。

 そうは言いつつも、私の心は徐々に彼に惹かれていった。
 身近にいたのが彼だけだったからかもしれない、愛想をよくすることで自分を庇護してもらえるという計算も当然あった。

 だけど、彼はそれすらも見透かした上で私を守ってくれた。

 辛いながらも楽しい旅だった。
 彼は神器を持っていて、使い方を工夫することで旅を楽にする方法をいくつも考えてくれた。
 彼一人なら必要はなかっただろう、すべて私のため。

 このダンジョン内に生きている人間は私と彼だけ。私は自ずと旅の終着点で彼と結ばれることを望んだ。

 そして……私はキャロの死体とカバンを見つけた。

 私たちトラテムの王族は、これまで長きに渡って深淵ダンジョンに冒険者を送り出してきた。
 誰一人戻ってこず、成果に憤りを覚えていたが……。人が死んでいたのだ。そのことに今更気付かされた。

 ダンジョンに潜る前夜のパーティーを思い出す。
 トラテムでは、冒険者たちの士気を高めるため、前夜には豪勢なパーティーを行う。

 勇敢な冒険者を称えてその気にさせ、攻略後の報酬を大体的に発表することで士気を高めるのだ。

 私はパーティーの最中、Aランク冒険者の何人かと話をした。その中でも印象に残っていたのがキャロだった。
 彼女は小柄な身体をしていてよく笑った。そして深淵ダンジョンを攻略した暁には家族を王都に呼んで贅沢な暮らしをさせるのが夢だと語ったのだ。
 彼女には年が離れた病弱な弟がいたと聞く。

 私はその死体が彼女のものだと知りショックを受けた。
 そしてその後……。

『自分たちは安全な場所にいて、他人の功績をかっさらおうなんて碌なもんじゃない』

 ピートの言葉が胸を抉る。私たちがしてきたことは自分だけは安全な場所にいて金で賭けをしている道楽者。

 彼の瞳に憎悪が宿っていたのを私は見た。

 その日から、私はピートにどう接して良いかわからなくなった。
 私は醜い。かつて多くの人間をこの深淵ダンジョンに送り、死なせてきた。

 そんな罪を犯してきた私が、ピートと親しくする資格があるのか?

 彼もそんな私の雰囲気を感じ取って話し掛けてこなくなった。

 数日が経ち、私たちはダンジョンの中心にある国『バベル』へと到達する。
 バベルは素晴らしい国だった。

 神の魔導具による統治の元、国民が暮らしている。
 ピートもここでは気を張る必要がないのか、穏やかな表情をしている。

 私はあふれ出る気持ちがいよいよ抑えられなくなってしまった。

 意識が浮上する。

 目を開けるとピートの頭が映った。どうやら私は彼におんぶされているらしい。

「おっ、起きたか?」

 彼の声に自然と心が安らぐのを感じる。

「ううん、まだ夢を見ているわ」

 今この時だけは失いたくない。

「まったく、しょうがない奴だ」

 この先、彼と離れる時が来たとしてもこの温もりだけは忘れたくない。

 私は彼の言葉を流すと抱き着く腕に力を込めるのだった。

          ★
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