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第20話 バベルを散歩してみる

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「本当に……国なのね」

 翌日、朝食を摂った俺たちは着替えを終えると早速街へと繰り出した。

「一体どれだけの人間が暮らしてるんだ?」

 町は活気にあふれていて、大人から子供までが笑顔で歩き回っていた。その人数は、よくこんなダンジョン内にと思うほどに多く、一体どのような生活をしているのかと疑問を抱いた。

「それ似合ってるわね。完全にこの場に溶け込んでいるみたいだから見失わないようにしないとね」

 俺たちが着ているのは宿の人間に用意してもらった服だ。
 この街の一般的な衣装らしく、外の世界の格好は目立つからと注意された。

「そっちは浮いているようだけどな」

 シーラも同じような服を着ているのだが、艶やかな髪と見惚れそうになる美貌。均整の取れた身体が人の目を惹きつけるため、大いに目立っている。

「そうかしら……うん、そんな私と一緒できるなんて嬉しいでしょう?」

 口元に手をやると少し考え笑ってみせる。

「言ってろよ」

 そう言った俺は、彼女を突き放すようにさっさと歩き出すのだが……。

「うそうそ、ごめんって」

 後から追いかけてくる彼女を見ながら、最近張りつめていたシーラの様子が元に戻ったことに安堵した。



「とりあえず、どこでもいいから買い物をしておきたいな」

 街並みをしばらく歩く。
 これまで通ってくる途中には様々な店があり、様々な物が売っていた。

「この身分証がそのままお財布にもなってるのよね?」

 兵士から説明されたのだが、バベルでのお金のやり取りはすべてこの身分証で行われるらしい。
 ひとまず、俺とシーラの身分証にそれぞれ二十万ベルずつお金が入っているのだが、本当にお金を持っているのか実感がわかないので、どこかで使ってみようと思ったのだ。

「あそこに地図があるから、見てみましょうよ」

 途中、シーラが街頭に立っている地図を発見した。

「これに近くの店が載っているのね、この【ⅩーⅥーⅡ】ってなにかしら?」

 地図に映っているのは十層の一部の形で、左から順番にⅠ~Ⅸの番号が振られている。

「さあ、とりあえず近くの人に聞くのが早そうだ。聞いてみてくれないか?」

 人と話すのは苦手だ、俺が提案するとシーラは「仕方ないわね」とためいきを吐くと近くを歩いていた女性に話し掛けた。

「わかったわよ、ピート。最初の【Ⅹ】はこの層を示していて、次の【Ⅵ】は区画らしいわ。全部で十二の区画に分かれているらしくてここは六番目なんだって」

「最後の【Ⅱ】というのは?」

「この区画だけでも広いから、場所を示すために全部で九カ所に区切っているらしいわ」

 それで【ⅩーⅥーⅡ】というわけか、地図の現在地から確認して俺たちがこの層に入ったのは【ⅩーⅥーⅧ】のはず。つまり、北上していたことがわかる。

「それでね、何か良い店がないか聞いたんだけど、三番目の区域に美味しいケーキを出すカフェがあるらしいの」

 三番目の区域となるとここから東に行けばすぐの場所だ。情報収集だけではなく、ちゃっかりお勧めの店まで調べてきたようだ。

「じゃあ、そこに行ってみるとするか」

「うん」

 俺がそう答えると、彼女は嬉しそうに頷くのだった。



「ここがお勧めのカフェか、結構人が入ってるわね」

「……ああ、そうだな」

 シーラは興味深そうに周囲を見渡しているが、この場にいるのは女性が殆どだった。
 外の世界ではこういった店に一切寄り付かなかった俺だ、女性を同伴したからといって慣れるものでもない。
 周囲の視線を感じると、気まずさで押しつぶされそうになった。

「ふーん、ケーキセットはそこそこの値段って感じね。外と比べると……私にはわからないかも?」

 値段からバベルの水準を推測しようとしたのだろうが、首を傾げていた。

「とりあえず何でもいいから注文しよう」

 俺はそう言うと、ウェイトレスを呼ぶ。

「えっ、もう? まだ決めてないのに!」

 あくまで情報収集のために入ったのだ。とっとと食べてこの気まずい場所から離れたい。

「御注文はお決まりでしょうか?」

「ケーキセット。飲み物は紅茶で砂糖を多めにつけてくれ」

「ぷっ!」

「なんだよ?」

「砂糖多めって、ピート甘いのが好きなんだね?」

 魔道士は基本的に頭脳労働が多いので、糖分が不足しがちになる。俺はむっとすると言い返した。

「そう言うからにはそっちはちゃんとした注文をするんだろうな?」

「も、もちろんよ。私はこう見えてもこういう場所には慣れているんだから」

「どうなさいますか?」

 ウェイトレスが注文を聞き返すと、シーラはメニューから顔を上げた。

「わ、私はケーキセットダブルで……」

 これでは俺の注文とあまり変わらない。そう思っていると、

「それと飲み物は紅茶にブランデーを用意してください」

 メニューを閉じると勝ち誇った笑みを浮かべる。
 上流階級の人間はティーパーティーの際に酒も楽しむと聞いたことがあるが、それを実行するとは……。

「そうだ、一つ聞きたいことがあるんだが」

「何でしょうか?」

 注文を受けて戻ろうとするウェイトレスを俺は呼び止めた。

「ここでは一ヶ月どのくらいの金で生活できる?」

「……うーんとですね」

 ウェイトレスは口元に手を当て考え込んだ。

「両親に子供が二人の四人家族で月に二十万ベルで生活するのが一般的ですね」

「そうか、ありがとう」

 知りたかったことがわかり、俺が礼を言うと……。

「いえいえ、わからないことがあれば何でも聞いてください。私、もうすぐ上がりなので時間をとりますよ?」

 耳元に唇を寄せ囁いてくる。それは助かると思って返事をしようとすると……。

「ピート、君?」

「ひっ!」

 シーラの背後からオーラが立ち昇ってウェイトレスを睨んでいた。

「そ、それじゃあ私はオーダーを通してきますので」

 シーラの視線から逃れるようにウェイトレスが飛んでいく。

「せっかく、情報を聞けるチャンスだったのに……」

 話を聞かせてもらうなら協力的な相手の方が良い。彼女は俺に対しても嫌な顔一つせず質問に答えてくれたし適任だったのだが……。

「ふーん、ピートはああいう娘が好みなんだ?」

「何を言っている?」

 頬を膨らませたシーラに俺は怪訝な目を向ける。

「なんでもないわ!」

 それからしばらくするとケーキが到着し、シーラは黙々とケーキを食べるのだった。
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