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第19話 バベルの街並
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「これは……なんて美しい街なのかしら」
魂を持っていかれたようにシーラが呟く。
目の前に広がっているのはそれほどまでに素晴らしい風景だった。
場所としては山脈の地下になるはずなのだが、空は青く雲が見え、穏やかな風が吹いている。
整理された街並みは中心に向かって高くなっていく。中央に立つクリスタルの城はその周囲を透き通るような水で囲まれており四方から橋が架かっている。
更に城の頂上からは螺旋を描くように何かが輝いている。その上空には一点、黒い穴のようなものが開いているようだ。
見る者を圧倒してやまない光景が目の前に展開されていた。
「これは、確かに人の手では作れない美しさだな」
あまりの美しさに俺はあっけにとらわれた。
「そうでしょう、皆さま最初はそのような反応をされます」
俺たちが出てきた扉は地上にあるらしく、遠く離れた城を見渡せる距離だった。
「こちらのエスカレーターを使って移動します。どうぞお乗りください」
しばらく歩くと、整備された道が見える。
「えすかれぇたぁ?」
首を傾げながらも、兵士に促されるままに階段に足をかける。
「うおっ! 動いたぞっ!」
「きゃっ! なんなのこれっ!」
突然、階段が動き出し俺たちはお互いに抱き合った。
「これは神が残した【エスカレーター】と呼ばれる魔導具です。魔力によりこうして動かすことができ、歩くよりも早く高い場所に移動することができます」
「す、すごいですね……」
「仕組みは理解できたが、こんなものを平然と誰でも使えるようになっているとは……」
この中に入ってからというもの、圧倒されっぱなしだ。
「間もなく第十層のフロアに到着します」
エスカレーターに乗りながら変わる景色を楽しんでいた俺たちだが、ある程度昇ったところで兵士にそう言われた。
「このままあの城まで行くんじゃないの?」
シーラが疑問をぶつけると、兵士は答えた。
「このバベルでは階級制を用いておりまして、私が持つ身分証明書ではこの第十層のフロアまでしか立ち入る権利がないのです」
「階級なんてものがあるのか? それはどうやって決まる?」
俺は兵士に質問をする。
「まず、下に見える十二層と十一層。こちらには奴隷が住んでいます」
下を見ると高さと仕切りで区切られた十二層と十一層があり、そこには家が建っている。それなりに古くぼろい作りになっている家が乱雑に並んでいた。
「バベルには奴隷なんてものがいるの!?」
外の世界でも昔は存在した。だが、スタンピードで国民が激減したあと、開拓に回る人間が足りなくなったことからその制度は消滅した。
「ええ、もっともあなた方がそうなる可能性は皆無です。あそこに住んでいるのは外の世界からきてゲートで犯罪者と判定された者、その犯罪者から生まれた子供、あとはバベル内で重い罪を犯した者に限られますから」
ようするに、罪さえ犯さなければあそこに落とされることはないと兵士は言っている。
エスカレーターを降りた俺たちは下層を見せつけられながら移動する。
各層には間違えて落ちないように手すりがあり、絶壁がある。上層からはいつでも下層を見下ろすことができるが、下層からは上がどんな生活を送っているのかはわからない。
階級による住み分けはそのまま上層への畏怖と憧れへと変わるというわけだ。
上の階級になればなるほど良い待遇が与えられるのはさきほどの口ぶりから明らかなので、これを俺たちに見せたのも計算のうちなのだろう。
「それでは、本日はこの宿でお休みください。こちらの手続きが完了しましたら一週間ほどで役人が参りますので、そちらの指示に従っていただければと」
そう言われ、俺たちは案内された宿へと入っていった。
食事を終え、風呂で身体を洗った俺は部屋へと戻った。
この宿の食事は種類も量も満足できるもので、俺もシーラも久しぶりに摂るまともな食事を楽しんだ。
宿は広く、そこら中に照明が使われている。浴場も大きく、俺以外の人間は見当たらないことから、現在ここに泊っているのは俺とシーラだけのようだ。
人と遭遇しないことで、気兼ねなく風呂に入った俺は、十分に温まると部屋へと引き上げてきた。
あらかじめ用意されていたバスローブを身に着ける。
肌着に関しては宿の従業員が「洗濯が必要な物があれば」と言われたので預けてある。
神器などは亜空間に仕舞っておいた。
俺は部屋の中を動き回り、魔導具に触れていく。
照明の魔導具に水を出す魔導具、温度の管理は暖炉でするらしいがここまでの部屋は外の世界では中々お目にかかれない。
これがバベルでの標準生活なのだとしたら、文明レベルでは勝ち目がない。
シワひとつなくセットされたベッドに横たわる。シーツもやわらかく暖かで、これまで旅で使っていたベッドと比べるべくもない。
俺が全身を預け、その気持ちよさに意識を手放そうとしていると……。
――コンコンコン――
ドアをノックする音が聞こえた。
鍵がかかっているため、ドアを開ける。
「どうした?」
すると、シーラがドアの前に立っていた。
「えっと、ピートが何してるかなと思って」
彼女はバスローブ姿をしていて、俺と同じくさきほどまで風呂に入っていたようだ。花の香りが漂ってきて、心臓が妙に高鳴る。
「俺はゆっくり休んでいたところだな」
彼女の部屋は隣りだが戻る気配がない。いつまでも立ち話をするのは気まずいので、俺は彼女を部屋へと招き入れた。
「それにしても本当にすごいわね。このバベルって」
部屋に入った俺たちは向かい合わせて座る。シーラは俺のベッドに腰かけ、俺は椅子へと座った。
「風呂場には各種洗髪剤も用意されていたし、ハーブなんかが浮かんでいる風呂もあったわ。食事も美味しかったし、何よりあの光景。完璧な統治がなければあそこまでの秩序は保てないわ」
まさに夢のようだと、シーラはうっとりとした表情を見せた。
「ああ、神の国というだけのことはある。建物内にも魔導具を多数見かけたし、皆がこれほどの生活を当たり前と思って過ごしているようだ」
外の世界では、少なくとも庶民に与えられる生活環境ではない。
「手続きが済むまでは迎えが来ないのよね? ピート、明日はどうするの?」
兵士の話だと、上層から役人が来るまで一週間ほどかかると聞いている。それまではこの宿から出なくてもいいし、この層であれば自由に歩き回る許可も出ている。
「俺はひとまず、歩き回ってみてみようかと思っている」
「それ、私も一緒しちゃだめかしら?」
シーラは上目遣いでそう聞いてきた。
「別に構わないぞ」
ここに来るまで常に一緒に行動していたからだろう、彼女が俺に依存していると感じる。
「そう、良かった。それじゃあまた明日ね」
シーラは笑みを浮かべると、ベッドから立ち上がり部屋を出ていく。そんな彼女を見送ると……。
「すべての人間が幸せに暮らせる環境ってのはあるのかな?」
俺は一人呟くのだった。
魂を持っていかれたようにシーラが呟く。
目の前に広がっているのはそれほどまでに素晴らしい風景だった。
場所としては山脈の地下になるはずなのだが、空は青く雲が見え、穏やかな風が吹いている。
整理された街並みは中心に向かって高くなっていく。中央に立つクリスタルの城はその周囲を透き通るような水で囲まれており四方から橋が架かっている。
更に城の頂上からは螺旋を描くように何かが輝いている。その上空には一点、黒い穴のようなものが開いているようだ。
見る者を圧倒してやまない光景が目の前に展開されていた。
「これは、確かに人の手では作れない美しさだな」
あまりの美しさに俺はあっけにとらわれた。
「そうでしょう、皆さま最初はそのような反応をされます」
俺たちが出てきた扉は地上にあるらしく、遠く離れた城を見渡せる距離だった。
「こちらのエスカレーターを使って移動します。どうぞお乗りください」
しばらく歩くと、整備された道が見える。
「えすかれぇたぁ?」
首を傾げながらも、兵士に促されるままに階段に足をかける。
「うおっ! 動いたぞっ!」
「きゃっ! なんなのこれっ!」
突然、階段が動き出し俺たちはお互いに抱き合った。
「これは神が残した【エスカレーター】と呼ばれる魔導具です。魔力によりこうして動かすことができ、歩くよりも早く高い場所に移動することができます」
「す、すごいですね……」
「仕組みは理解できたが、こんなものを平然と誰でも使えるようになっているとは……」
この中に入ってからというもの、圧倒されっぱなしだ。
「間もなく第十層のフロアに到着します」
エスカレーターに乗りながら変わる景色を楽しんでいた俺たちだが、ある程度昇ったところで兵士にそう言われた。
「このままあの城まで行くんじゃないの?」
シーラが疑問をぶつけると、兵士は答えた。
「このバベルでは階級制を用いておりまして、私が持つ身分証明書ではこの第十層のフロアまでしか立ち入る権利がないのです」
「階級なんてものがあるのか? それはどうやって決まる?」
俺は兵士に質問をする。
「まず、下に見える十二層と十一層。こちらには奴隷が住んでいます」
下を見ると高さと仕切りで区切られた十二層と十一層があり、そこには家が建っている。それなりに古くぼろい作りになっている家が乱雑に並んでいた。
「バベルには奴隷なんてものがいるの!?」
外の世界でも昔は存在した。だが、スタンピードで国民が激減したあと、開拓に回る人間が足りなくなったことからその制度は消滅した。
「ええ、もっともあなた方がそうなる可能性は皆無です。あそこに住んでいるのは外の世界からきてゲートで犯罪者と判定された者、その犯罪者から生まれた子供、あとはバベル内で重い罪を犯した者に限られますから」
ようするに、罪さえ犯さなければあそこに落とされることはないと兵士は言っている。
エスカレーターを降りた俺たちは下層を見せつけられながら移動する。
各層には間違えて落ちないように手すりがあり、絶壁がある。上層からはいつでも下層を見下ろすことができるが、下層からは上がどんな生活を送っているのかはわからない。
階級による住み分けはそのまま上層への畏怖と憧れへと変わるというわけだ。
上の階級になればなるほど良い待遇が与えられるのはさきほどの口ぶりから明らかなので、これを俺たちに見せたのも計算のうちなのだろう。
「それでは、本日はこの宿でお休みください。こちらの手続きが完了しましたら一週間ほどで役人が参りますので、そちらの指示に従っていただければと」
そう言われ、俺たちは案内された宿へと入っていった。
食事を終え、風呂で身体を洗った俺は部屋へと戻った。
この宿の食事は種類も量も満足できるもので、俺もシーラも久しぶりに摂るまともな食事を楽しんだ。
宿は広く、そこら中に照明が使われている。浴場も大きく、俺以外の人間は見当たらないことから、現在ここに泊っているのは俺とシーラだけのようだ。
人と遭遇しないことで、気兼ねなく風呂に入った俺は、十分に温まると部屋へと引き上げてきた。
あらかじめ用意されていたバスローブを身に着ける。
肌着に関しては宿の従業員が「洗濯が必要な物があれば」と言われたので預けてある。
神器などは亜空間に仕舞っておいた。
俺は部屋の中を動き回り、魔導具に触れていく。
照明の魔導具に水を出す魔導具、温度の管理は暖炉でするらしいがここまでの部屋は外の世界では中々お目にかかれない。
これがバベルでの標準生活なのだとしたら、文明レベルでは勝ち目がない。
シワひとつなくセットされたベッドに横たわる。シーツもやわらかく暖かで、これまで旅で使っていたベッドと比べるべくもない。
俺が全身を預け、その気持ちよさに意識を手放そうとしていると……。
――コンコンコン――
ドアをノックする音が聞こえた。
鍵がかかっているため、ドアを開ける。
「どうした?」
すると、シーラがドアの前に立っていた。
「えっと、ピートが何してるかなと思って」
彼女はバスローブ姿をしていて、俺と同じくさきほどまで風呂に入っていたようだ。花の香りが漂ってきて、心臓が妙に高鳴る。
「俺はゆっくり休んでいたところだな」
彼女の部屋は隣りだが戻る気配がない。いつまでも立ち話をするのは気まずいので、俺は彼女を部屋へと招き入れた。
「それにしても本当にすごいわね。このバベルって」
部屋に入った俺たちは向かい合わせて座る。シーラは俺のベッドに腰かけ、俺は椅子へと座った。
「風呂場には各種洗髪剤も用意されていたし、ハーブなんかが浮かんでいる風呂もあったわ。食事も美味しかったし、何よりあの光景。完璧な統治がなければあそこまでの秩序は保てないわ」
まさに夢のようだと、シーラはうっとりとした表情を見せた。
「ああ、神の国というだけのことはある。建物内にも魔導具を多数見かけたし、皆がこれほどの生活を当たり前と思って過ごしているようだ」
外の世界では、少なくとも庶民に与えられる生活環境ではない。
「手続きが済むまでは迎えが来ないのよね? ピート、明日はどうするの?」
兵士の話だと、上層から役人が来るまで一週間ほどかかると聞いている。それまではこの宿から出なくてもいいし、この層であれば自由に歩き回る許可も出ている。
「俺はひとまず、歩き回ってみてみようかと思っている」
「それ、私も一緒しちゃだめかしら?」
シーラは上目遣いでそう聞いてきた。
「別に構わないぞ」
ここに来るまで常に一緒に行動していたからだろう、彼女が俺に依存していると感じる。
「そう、良かった。それじゃあまた明日ね」
シーラは笑みを浮かべると、ベッドから立ち上がり部屋を出ていく。そんな彼女を見送ると……。
「すべての人間が幸せに暮らせる環境ってのはあるのかな?」
俺は一人呟くのだった。
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