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第18話 学園のマドンナは遅れて現れる

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 水平線に陽が沈んでいくのを静かに見守っている。
 夏は陽が沈むのが遅いとはいえ、時刻は18時30を回ったばかり。

 あれほどいた海水浴客はまばらになっていて、今では日没を観るために訪れている人たちが浜辺を歩いている。

 この海岸は、全国でも有数の絶景スポットらしく、遠くに見える灯台のある岬に映る日の出は素晴らしい美しさらしい。

 そんな、観光名所として名高い場所で現在俺は釣りをしていた。

「やっぱり夏の海といえばこれだよな」

 気温が落ちた夕方の潮風を肌で感じる。海面は穏やかにゆれ、堤防にぶつかる波音に心が安らぐ。
 あれから、石川さんと沢口さんも引き上げ、俺と相沢はバイトを終了した。

 相沢は用事があるとあっという間にいなくなり、俺はどうしようか悩んでいたところ、オーナーから「釣りをしたらどうか?」と提案されたのだ。

 なんでも、相沢が俺の情報を事前に話していたらしいのだが、オーナー自身もたまに釣りをしているのだという。
 そんなわけで、オーナーのお言葉に甘えて釣り道具一式を借り、近くの堤防へと来ていた。

 昼間がどれだけ騒がしくても、堤防というのは釣り人が集まっているもの。日中を海水浴で楽しんだであろうカップルや、地元の人たちも夕日を見ながら釣りをしている。

「それにしても、たまにしか釣りをしないというのは嘘っぽいな」

 それというのも、オーナーから貸し出された竿やリールはハイブランド品で、一本十万円近くするもの。
 専用の竿置き場に案内されて選んだのだが、一度は使ってみたいと思っていたメーカーのものばかりで、思わず目移りがしてしまったくらいだ。

「バイト期間中は好きに使っていいって言われたし、これだけでもこのバイトを受けて良かったかも」

 バイト代が入ったら新しい竿とリールを買うつもりだったし、試投できるのならそれにこしたことはなかった。

 ――ジイイイイイイイイイイイイイイイイ――

 リールから糸が出る音が聞こえる。
 これは魚が掛かった時に出る音だ。

 大物が掛かった時に糸を切られないように、あらかじめ緩めておくことで魚を自由に動かし、徐々にこちらのコントロールにおく。

「これは、結構大物だぞ!」

 夕方のこの時刻、狙ったのは海底付近。大物が潜んでいる可能性が高い場所だ。

 これまで感じたことのない引きに自然と笑みが浮かぶ。

「兄ちゃん、根がかりか?」

 根がかりというのは、海藻や海底の何かに引っかかって仕掛けがとれなくなること。

「いえ、ちゃんと手ごたえあります!」

 俺の引きに、周囲で釣りをしていた人たちの注目が集まる。
 釣り人は、他人が釣り上げる魚にも敏感で、大物の気配を感じると自然と皆が集まってくるのだ。

「タモだすぞ!」

「お願いします!」

 返事をしている間にも、獲物との戦いは続く。向こうは決して釣られてたまるものかと抵抗し、こちらは逃がすものかと方向を誘導し徐々に手繰り寄せていく。 

「くっ! 足が!」

 ここにきて、足の疲労が隠せなくなる。無理もない、日中はバイトでフロアを歩き回って体力を削られている。
 ただでさえ、万全ではないのに、このような大物が掛かったら限界が来てもおかしくなかった。

 糸の先から反応がある。こちらが弱っているのを察してか、抵抗が一段と激しくなった。ここで全力を出して、一気にこの場から逃げるつもりのようだ。

「なめるなあああああああああっ!」

 釣りに必要なのは、魚がいる場所を見極めて仕掛けを落とすこと、魚を誘うためのテクニック。最後は……根性だ!

 次第に盛り返し、リールを回し糸を巻き取る。海面にはバシャバシャと魚が跳ねる姿が映る。

「後少しだ!」

「頑張れ!」

 背中に他の釣り人の声援を浴び、最後の力を振り絞ると――

「よし、網に入ったぞ」

 最初に声を掛けてきたおじさんが、魚を捕獲してくれた。

「これは、重てえな……」

 タモを引き上げ中を見ると……。

「こりゃまた立派なチヌだな」

「大きさは……45センチか」

 そこには立派な黒鯛の姿があった。




「はぁ、疲れたぁ」

 宿に戻った俺は、厨房に辿り着くとクーラーボックスを下す。中には先程釣り上げた黒鯛が生きたままの状態で入っている。

「取り敢えず、少し休憩してそれから捌くとして」

 どのような料理にしようかと考えていると、

「おっ。戻ってきたのか?」

 相沢が顔を出した。

「ただいま、中々の釣果だったぞ」

「へぇ、これってアレだろ? 鯛?」

「黒鯛だな。釣れたての黒鯛は美味いぞ」

 俺自身、黒鯛を釣るのは実は初めてなのだが、他の釣り人から聞いたところ、活け締めにしてから刺身にすると筆舌し難い美味さだとか。

 俺は相沢にどんな料理方法で食いたいか、意見を求めようと口を開くのだが、

「うわっ! 魚が生きてる! 相川っち釣ったの!?」

「へぇ、思ってるよりでかいじゃん」

「えっ? なんで?」

 相沢に続いて沢口さんと石川さんが現れた。

「言ってなかったか? 真帆たちもこの宿に泊まるって」

「聞いてねえよっ!」

 相沢のしてやったりという表情に思わず突っ込みを入れてしまう。
 今日一日で、一体どれだけ俺にサプライズを仕込んでくるつもりなのか。

「他に、隠し事はないだろうな?」

「あー、うん。多分な?」

 この表情はまだ何かを隠しているに違いない。俺が相沢を徹底的に締め上げようと考えていると……。

「それより、相川も戻ってきたし晩御飯外に行くんでしょ?」

 石川さんがそんな言葉を口にした。
 どうやら、この後食事に行くつもりで俺を待っていたようだ。

 黙っていた相沢は悪いが、彼女たちが待っていてくれたのも事実。俺はアゴに手を当て考えると……。

「良かったらこの鯛、皆で食べない?」

 気が付けばそう提案していた。


「おおおおおっ! 本当に鯛の活け造りだよおおおお!」

 沢口さんが大げさな様子でテーブルの中央に鎮座している鯛の刺身を見て叫んでいる。
 あれから、俺が米を炊き、黒鯛を捌いている間に、相沢はコンビニに足りないおかずの買い出しに、沢口さんと石川さんは風呂に入っていた。

 目の前の二人は用意された桃と青の浴衣に着替えている。学園では見ることのできないレアな姿に、もしこれがバレたら同級生や先輩から血祭りにあげられるのではないかと考えてしまった。

「早く! 早く食べようよ!」

 沢口さんが畳の上でぴょんぴょんと跳ねる。

「真帆、落ち着け」

 そんな彼女を相沢が窘めた。

「本当にうちらも食べていいわけ?」

 石川さんが遠慮がちに聞いてきた。

「どうせ一人で食べきれないから良いって。それに、おかずは三人に金出してもらってるし」

 飲み物代やおかずについては三人で支払ってくれたので、物々交換のようなもの。

「それじゃあ、早速食べようぜ」

 相沢の音頭で俺たちは一斉に刺身に箸をのばす。
 厚めに切った刺身にワサビを乗せ、巻いて醤油に付けて口に運ぶ。

 プリプリとした素晴らしい弾力と、淡い甘みを感じ、続いてワサビと醤油が舌を刺激する。
 まさに、海そのものを閉じ込めた新鮮の極致のような素晴らしい味わいだ。

「んーーーー、美味しぃーーー!」

 沢口さんは頬に手をやり、全身で美味しさを表現している。

「本当にね、釣った魚を直ぐ捌いてこんな風に食べたの初めて。美味しいじゃん」

 石川さんも口元に手を当てるとそんな感想を口にした。

「だから言っただろ、相川は凄いやつなんだよ」

 相沢が上機嫌で二人に話し掛ける。

「あ、相沢はその一切れで終わりだからな?」

「何でだよ!?」

 俺の言葉に、相沢は絶望の表情を浮かべる。

「バイト先についても隠してたし、石川さんと沢口さんが来ることも泊まることも内緒にしてたからな」

 これまでの報復とばかりに俺は罪状を告げた。

「すまん、許してくれ!」

 刺身を味わったせいか、相沢はプライドを捨てて拝んでくる。

「仕方ないな、食えよ」

 元々そこまで怒っていたわけではない。ずっと振り回されていたので少し意地悪を仕返してみただけだ。

「いやー、相川っち本当に凄い。料理までできるなんて一家に一台欲しいよ!」

「俺は家電か何かか?」

 ここに来て、沢口さんとの会話にも慣れてきたのか、ついつい突っ込みを入れてしまった。

「アレだ! 今ファミレスとかにあるロボットだ! 相川っち『オサカナヲタベルノニャー』って言ってみて!」

「それ、運ばれる前になくなってないか!?」

 気安い態度をとっても気まずくならないとわかったからか、沢口さんのボケに突っ込みをいれてしまう。
 気が付けば、この四人でいる間は普段の調子が出せるようになり、あっという間に刺身を平らげ食事が終わった。

「うー、今日は泳いだりナンパされたりしたからもう疲れたー」

 沢口さんは畳の上でごろんと横になっている。

「真帆、男子の前だよ」

 浴衣がはだけそうになっているのを察し、俺は彼女の方を見ないようにしている。
 石川さんはしっかりしており、沢口さんの面倒を見ていた。

「いやー、楽しい食事だったよなー」

 足を投げ出した相沢が満足げに呟いた。
 確かに、こんな楽しい食事は久しぶりだ。相沢が言う「夏の楽しい想い出」とはこのことだったのだろう。

「俺はこれ片付けてくるから」

 三人は満腹なのかもうしばらく動く気配はない。
 俺は、早く風呂に入りたかったので、食器を持ち台所へと向かう。

「こんな美味しい刺身なら、渡辺さんにも食べて欲しかったな」

 家の用事でここに来られなかったということを残念に思い、彼女の姿を思い浮かべていると、玄関口のドアが開く音がした。
 ここは、離れの建物なので、現在は俺と相沢、それに女子二人しか宿泊しない予定だ。オーナーが用事があってきたのかと思い、視線を向けると……。

「あっ、相川君」

 白のキャリーケースを引きずりながら俺に笑顔を向ける。

「渡辺……さん?」

 彼女の姿があった。

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