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第12話 学園のマドンナは買い物をする

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「さて、どうしようか?」

 ベッドの上に服を並べた俺は、アゴに手を当てて考え込む。
 明日は学園のマドンナである渡辺さんと出掛ける予定になっているのだが、着ていく服がない。

 いや、厳密に言えば服はそこにあるのだが、それらはところどころほつれていたり、古いデザインだったりするからだ。

 男の友人と出掛けるのならともかく、渡辺さんと出掛けるにはいささか失礼な格好にあたる。

「流石に、あのクラスの人の隣を歩くのはな……」

 前回は釣りのための装備というスタンスだった為問題なかったが、今回は都会というお洒落空間な上、目的地は中高生にも人気の水族館だ。

 渡辺さんは当然お洒落をしてくるだろうし、そうなると隣を歩く人物が妙な格好をしていると彼女に恥を掻かせることになってしまう。

 そうならない為には何としても今日中に服を仕入れる必要がある。
 時刻を見ると今は土曜日の昼を回ったころだ。俺は溜息を吐くと、

「……相沢。服買いに行くの付き合ってくれ」

 こういうのに適任な友人に電話をするのだった。





「まさか、お前から休日に電話が掛かってくるとは思わなかったぞ」

 気だるそうに欠伸をしながら待ち合わせ場所に現れた相沢は、会うなりそんな言葉を口にする。
 周囲には、そんな相沢をチラチラと見る女子がいるのだが、見られ慣れているからかまったく意識していない。

 ボーダーのシャツにパーカー。白のジーンズと、完全に服を着こなしており、アドバイスをもらうのに間違いない相手だと俺は思った。

 俺たちが待ち合わせをしていたのは、最寄りから数駅先にあるアウトレットモール。ここはドーム型の屋根があるし、駅から直通なので雨が降っていても問題ない。

「悪いな、忙しいところ」

 自分の都合で呼んでしまったので謝る。服を調達し終えたらカフェで一杯奢ろう。

「平気だったぞ。練習試合は雨で中止になったし、期末試験の勉強をしろと親に言われてただけだから」

「……本当に悪いな。忙しいところを」

 俺はやつの中間試験の成績を知っているので、頭を下げた。

「それより、服を見たいんだろ? どんなのがいいんだ?」

「そりゃ、できるだけ安くてお洒落に見えるやつ」

 俺は自分の要求を相沢へと伝える。

「それは無理だぞ」

 ところが、相沢はバッサリと否定すると、冷めた目で俺を見てきた。

「釣りの道具だってそうだろ? 安いものと高いものじゃ性能が違う。魚を釣るという目的では使えるかもしれないが、高級品の方が釣れやすかったりするだろ? 服だって同じだ。一見すると安物でもそれなりのはある、だが女の子は生地の品質まで見てくるから、あまり安いのを着ていると見限られるんだよ」

「わかった……。降参だ、普通にお洒落なのを頼む」

 まさかこいつが釣りにたとえてくるとは思わなかった。同時に納得できた部分でもあるので、俺は素直に両手を上げる。

「しかし、意外だな」

「何が?」

「今までのお前なら『別に女と出掛けるわけじゃないし、見てくれが同じなら浮いた分で釣具を買う』とか言ってただろ?」

 流石は学園で俺に対する理解が一番深い相沢だ。いかにも俺が言いそうなことをズバリ的中させた。

「それに、何か最近のお前って、ちょっと柔らかくなったというか……うーん?」

 抽象的なことを言いながら俺を見てくる相沢。

「いや、最近って……まだ知り合って二ヶ月ちょいだろ」

 そこまで深い付き合いのつもりはない。きっと相沢の勘違いだろう。

「それに、相沢の言葉じゃないが、もし誰かと歩くなら、ちゃんとした格好をしておいた方がいいと思っただけだ」

 なので、今日着てきた服も、自分の中では一番の組み合わせを自負している。これを参考に、これ以上の服を買えば今日の目標は達成というわけだ。

「さてはおまえ、誰か女子に誘われてるな?」

 ところが、俺の詭弁は通じないようで、相沢は勘を働かせると笑みを浮かべた。

「委員長か? あの娘もいいよな。世話焼きタイプだし、色々と無関心な相川にぴったりだ」

「どうしてそこで委員長が出てくる?」

 女の子に誘われたと言い当てられた時は動揺したが、流石の相沢も俺と渡辺さんに接点があるというところまでは見抜けなかったようだ。

「良く話してるじゃないか」

「まあ、そうだけど、天気の話とかテストの話とか、わりとどうでもいい話が多いような?」

 委員長とはときおり教室で話すのだがそれだけだ。その程度で一緒に遊びに行くという発想にはならない。きっと相沢は何か勘違いしているのだろう。

「それより、さっさと買い物に行こうぜ。結構混んでるし」

 週末のアウトレットモールには若者が溢れている。雨ということで出掛けられる場所が限定されており、同じような考えの人間が集まってきているのだろう。

「そうだな、追求はいつでもできるし、とりあえずまずは服を買いに行くとするか」

 相沢にからかうようなことを言われながら、俺たちはショップを目指した。





 メンズ服を取り扱うショップに入ると相沢は迷うことなく進んでいく。流石はファッションにも定評がある男。とても頼もしい限りだ。

「なあ、一体何を買うつもりなんだ?」

 どんどん奥へと進むので、俺は期待に胸を高鳴らせ聞いてみる。

「安心しな、お前の希望すべてを叶える服の選び方ってやつをみせてやるからさ」

 そう言って店の真ん中に差し掛かったころ。

「すみません、こいつの全身コーディネートお願いします」

「はい、大丈夫ですよ」

「おいっ!」

 あろうことか、相沢は店員に丸投げしてきた。

「御予算は?」

「お前、いくらもってる?」

 俺の抗議など聞かず、相沢は財布事情を探ってくる。

「……二万円」

 高校生にとっては二万円は大金だ。今回はハイブランドの竿を買うためコツコツと貯めていた貯金から持ってきていた。

「どのような感じでコーディネートしますか?」

「えっと、今の格好とそんなに変わらない感じで……」

「いや、店員さんからみて、一番こいつに似合うと思うのでお願いします」

「わかりました。少々お待ちくださいね」

 そう言って、店員が離れていく。

「俺の希望を叶える服装じゃなかったのか?」

 遠くで服を見繕う店員を見ながら、俺は相沢に問いかける。

「こういう店だと、どんな服があるのかは店員が一番よく知っているからな。予算が決まっていて、全身コーディネートするというのなら俺がやるよりもそっちの方が早い」

「だったら、なぜ俺の希望を遮ったんだよ?」

「お前の今の格好、見られないわけじゃないけど多分中学時代に買った服装だろ? 若干子供っぽいというかアカ抜けしてないんだよ」

「な、なるほど……」

「それに、こういうのは自分以外のセンスを取り入れることも大事なんだ。ショップの店員なら沢山の着こなしを見てきているし、素人の俺らよりも客観的な視点で判断してくれるからさ」

 いう事がいちいちもっともなので感心する。

「お待たせしました、こちらから順番に着替えてみてください」

 試着室の前で、服を持って待機する店員さん。

「ほら、しっかり品定めしてやるから行ってこい」

 この後、俺はムチャクチャ試着させられるのだった。




「はぁ、かなり疲れた」

 あれから、数時間の検討の結果、ギリギリ19500円で服数点、ズボンに上着と、思っていたよりも多くの服を買うことができた。

「後は、これを基本に、後日足りない部分を買って行く感じだな」

 今回選んでもらった服は今までの俺のセンスとかけ離れていた。せっかくなので早速着替えて歩いているのだが、店に入る前とは違い、俺にまで視線が向いているのは自意識過剰なのだろうか?

 そんなことを意識しながら髪を触る。普段と違うので気になる。

「せっかくワックスでセットしたんだからあまり弄るなよ?」

 全身コーディネートをするならと、サービスで髪型まで整えられてしまった。

「何か気になるんだよな」

 結局そのワックスも購入したので、家に帰ったら練習をしないといけない。
 そんなことを考えながら歩いていると、

「おっ!」

 相沢がふと立ち止まった。どうしたのかと思い見てみると、三人組の女子がこちらを見ている。

「相沢じゃん。買い物?」

「里穂と真帆! そっちもか?」

 こちらを見ていたのは、同じ学園に通う同級生の石川里穂と沢口真帆。そして……。

「うん、セールやってたから三人で色々見て回ってたんだけど」

 そう言って石川さんは手提げ袋を見せてくる。

「ねぇ、ここ人多いし、話すならどっかはいらない?」

 沢口さんがそんな提案をする。

「俺たちはちょうど休憩するつもりだったけど、そっちはいいのか?」

「美沙どうかな?」

「うん、私も大丈夫だよ」

 そして、明日会う予定の渡辺さんが笑顔でそこに立っていた。

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