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一線の越え方
12...焦燥【Side:三木直人】
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自分の部屋の前に立ち、のろのろとポケットから鍵を取り出した。
扉を開けて中に入ると、無言のまま靴を脱ぐ。遅れて背後で、勝手に扉が閉まる音がした。
(寒……)
緩慢に踏み出して、部屋の中央まで行くと、崩落ちるようにぺたりとその場に座り込んだ。
室内の温度が思ったよりも低く感じる。
それは俺の格好の所為かもしれない。或いは、心境の表れか。
無意識に落としていた視線が、見るとも無く、自分の姿を目に留める。
いま自分が着ている服は、自分のものじゃない。
サイズが合わない所為で、幾分だぶついているのが嫌でもそれを自覚させる。
本当は着るのも嫌だった。
だけどあのまま帰るわけにも行かず、必要にかられて仕方なく袖を通した。
「…くっそ……」
堪え切れなく呟いて、俺は思い切ってその裾に手をかける。
一息に脱ぎ捨てたそれを、遣り切れない心地のまま壁際のゴミ箱に向かって投げつけた。
だけどそれは中には入らず、入らないどころか、引っ掛けたゴミ箱を床に倒して、ゴミまで散乱させる始末。
当然に肌寒さは身に染みるし、ますますやり場の無い焦燥感は募るばかり。
挙句、胸元に残っていた淡い鬱血の痕を、自ら見つけてしまうし――。
「何がすまなかっただ…何が気にしなくていい、だ。 ――もう遅ェよ!」
堪え切れずやつあたりめいた声を上げると、不覚にもまた涙が込み上げてきた。
大体、何を考えてアイツがあんなことをしようとしたのかわからない。
あの男が、同性をそう言う目で見る性質だと言うのは、相原の話で何となく解かっていたつもりだけど。
だからってその対象が俺に向くなんて、夢にも思わない。
…ただ、一つだけ言えるのは、そのきっかけを作ったのは、恐らく俺だということ。
俺の言い方、俺が告げた言葉。そのあたりが、きっと彼の中にある何かに触れたんだと思う。
でも、
「…つっても、解かんねーよ……」
考えようとしても、すればするほど、直後の状況まで連想されて、未だに唇の震えが止まらない。
滲んでいた涙が溢れて頬を伝い、いつのまにか、床の上には幾つもの丸い水溜りが出来ていた。
だけどそれを拭うことすら悔しくて、俺はただ唇を噛み締めたまま、緩慢に身体を起こした。そしてバスルームに向かうと、電気を点けないままシャワーコックを捻った。
酒をあれだけ飲んだくせ、車で送ると言いだした彼には、「冗談じゃない」と言い捨てて部屋を飛び出した。
彼が代わりにと差し出した服は薄手のシャツで、それ一枚だけで外に出るのはさすがに寒かったが、それでも彼の世話になるよりはずっとマシだった。
振り返ることなく、彼が車で通った道を、記憶を頼りにさかのぼり、二十分ほど歩くと、漸く見慣れた通りが見えてきた。
無意識に安堵する胸にそっと手を当て、俺は深々と息を吐いた。気持ちが緩んで、肩からも自然と力が抜けた。
そうしてやっと、俺は自宅に戻ったのだ。
家を空けていたのはたった数時間のことだったのに、まるで何日もそうしていたような心地で。
「……ああ、そうだ…」
身体が温まると、胸中も思いの外落ち着きを取り戻していた。
タオルを半端に頭からかぶり、バスルームから出てきた俺は、転がっていたゴミ箱の傍に落ちていたメモを目に留めた。
服を投げつけた時、ポケットから抜け落ちたんだろう。それは、半ば無理やり押し付けられた、彼の連絡先が書かれた紙切れだった。
「………」
一瞬躊躇い、結局拾い上げ、紙面に視線を落とすと、改めて溜息を吐く。
相原に連絡をやらなければと思うものの、このまま無かったことにして握り潰してしまいたい気持ちもある。
気遣ってやるいわれも無いけど、彼が相原とのことをOKした表情は、どう考えても普通じゃなかった。
連絡先の走り書きを俺に渡す時だって、言葉の割りに苦々しく瞳が揺れているように見えた。
俺は無言のまま、とりあえずゴミ箱を元に戻して、散らかっていたゴミを中に放った。
傍らに落ちていたシャツは――少し迷ったのち、指先に引っ掛け、
「…仕方ねー。一応、…まぁ一応な」
自分に言い聞かせるよう呟きながら、再び戻った浴室の横の、洗濯機の中に放り込んだ。
手にしていたメモは、着替えたスウェットのポケットに再び突っ込んで。
――別に彼を許したわけじゃない。
そう、何度も心の中で反芻しながら。
扉を開けて中に入ると、無言のまま靴を脱ぐ。遅れて背後で、勝手に扉が閉まる音がした。
(寒……)
緩慢に踏み出して、部屋の中央まで行くと、崩落ちるようにぺたりとその場に座り込んだ。
室内の温度が思ったよりも低く感じる。
それは俺の格好の所為かもしれない。或いは、心境の表れか。
無意識に落としていた視線が、見るとも無く、自分の姿を目に留める。
いま自分が着ている服は、自分のものじゃない。
サイズが合わない所為で、幾分だぶついているのが嫌でもそれを自覚させる。
本当は着るのも嫌だった。
だけどあのまま帰るわけにも行かず、必要にかられて仕方なく袖を通した。
「…くっそ……」
堪え切れなく呟いて、俺は思い切ってその裾に手をかける。
一息に脱ぎ捨てたそれを、遣り切れない心地のまま壁際のゴミ箱に向かって投げつけた。
だけどそれは中には入らず、入らないどころか、引っ掛けたゴミ箱を床に倒して、ゴミまで散乱させる始末。
当然に肌寒さは身に染みるし、ますますやり場の無い焦燥感は募るばかり。
挙句、胸元に残っていた淡い鬱血の痕を、自ら見つけてしまうし――。
「何がすまなかっただ…何が気にしなくていい、だ。 ――もう遅ェよ!」
堪え切れずやつあたりめいた声を上げると、不覚にもまた涙が込み上げてきた。
大体、何を考えてアイツがあんなことをしようとしたのかわからない。
あの男が、同性をそう言う目で見る性質だと言うのは、相原の話で何となく解かっていたつもりだけど。
だからってその対象が俺に向くなんて、夢にも思わない。
…ただ、一つだけ言えるのは、そのきっかけを作ったのは、恐らく俺だということ。
俺の言い方、俺が告げた言葉。そのあたりが、きっと彼の中にある何かに触れたんだと思う。
でも、
「…つっても、解かんねーよ……」
考えようとしても、すればするほど、直後の状況まで連想されて、未だに唇の震えが止まらない。
滲んでいた涙が溢れて頬を伝い、いつのまにか、床の上には幾つもの丸い水溜りが出来ていた。
だけどそれを拭うことすら悔しくて、俺はただ唇を噛み締めたまま、緩慢に身体を起こした。そしてバスルームに向かうと、電気を点けないままシャワーコックを捻った。
酒をあれだけ飲んだくせ、車で送ると言いだした彼には、「冗談じゃない」と言い捨てて部屋を飛び出した。
彼が代わりにと差し出した服は薄手のシャツで、それ一枚だけで外に出るのはさすがに寒かったが、それでも彼の世話になるよりはずっとマシだった。
振り返ることなく、彼が車で通った道を、記憶を頼りにさかのぼり、二十分ほど歩くと、漸く見慣れた通りが見えてきた。
無意識に安堵する胸にそっと手を当て、俺は深々と息を吐いた。気持ちが緩んで、肩からも自然と力が抜けた。
そうしてやっと、俺は自宅に戻ったのだ。
家を空けていたのはたった数時間のことだったのに、まるで何日もそうしていたような心地で。
「……ああ、そうだ…」
身体が温まると、胸中も思いの外落ち着きを取り戻していた。
タオルを半端に頭からかぶり、バスルームから出てきた俺は、転がっていたゴミ箱の傍に落ちていたメモを目に留めた。
服を投げつけた時、ポケットから抜け落ちたんだろう。それは、半ば無理やり押し付けられた、彼の連絡先が書かれた紙切れだった。
「………」
一瞬躊躇い、結局拾い上げ、紙面に視線を落とすと、改めて溜息を吐く。
相原に連絡をやらなければと思うものの、このまま無かったことにして握り潰してしまいたい気持ちもある。
気遣ってやるいわれも無いけど、彼が相原とのことをOKした表情は、どう考えても普通じゃなかった。
連絡先の走り書きを俺に渡す時だって、言葉の割りに苦々しく瞳が揺れているように見えた。
俺は無言のまま、とりあえずゴミ箱を元に戻して、散らかっていたゴミを中に放った。
傍らに落ちていたシャツは――少し迷ったのち、指先に引っ掛け、
「…仕方ねー。一応、…まぁ一応な」
自分に言い聞かせるよう呟きながら、再び戻った浴室の横の、洗濯機の中に放り込んだ。
手にしていたメモは、着替えたスウェットのポケットに再び突っ込んで。
――別に彼を許したわけじゃない。
そう、何度も心の中で反芻しながら。
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