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前兆

その3

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「ひ、姫様…少しだけ休ませてください…」

「姫、さすがに急に呼び出されて、一晩で来いとか…きついです…」

赤髪と茶髪の夢魔が、金髪の背の低い夢魔の少女へと息を切らせながら懇願する。

ルビナの村でひっそり暮らしていた、ガーベラとデイジー、そして夢魔王である。

あと1人の夢魔のラベンダーは、万が一で別動隊が村を襲うかもなので、一人残って守るように指示をしている。


「仕方ないじゃろう、時間がないのじゃ。ほれ、お前らもこれを体に巻いて、正体を隠すのじゃ」

夢魔王は夜の内に準備しておいた黒い大きな布を2人に渡す。

言われた様に二人が頭を覆い体に巻くと、パッと見では正体が分からなくはなった。

夢魔王はうんうんと満足げに頷いている。

「では、今から作戦を言うのじゃ───」



「───という流れなのじゃ。分かったか?」

名案じゃろう?と聞こえてきそうな夢魔王のドヤ顔に対して、2人の夢魔の顔は暗かった。

あまり上下関係に慣れてないのか、茶髪の方(デイジー)は露骨に嫌そうな顔をしている。


「あの、姫様?。それだとヘタすると、私達は城を襲いに来てるだけに見えませんか?」

「し、仕方ないじゃろっ!?。この姿なりで正面から行ったら、それこそ捕まるじゃろっ!」

「でも、いきなり王の間に行くのは大丈夫なのですか?」

「もちろん、ただそこに行くつもりはないのじゃ。麻痺パラライズでも撃ち込んでおけば、人間共も動けないじゃろ?」

2人の目が、呆れを通り越してジト目になる。

「…それ、完全に襲いかかってますよ、姫様」

「他は何かないんですか、姫?」


他と言われて、夢魔王の目が分かり易く泳ぐ。

そんな自分達の姫を見て、2人はため息を漏らした。



「…高名な魔法使いだと言って、屋根ぶち抜いて目の前に行けば何とかなるのじゃ?」

「姫様、それも完全に襲撃です。屋根壊してる時点で逃げようがありません」

「そもそも、私達は攻撃魔法使えないじゃないですか…」

2人に一気に詰め寄られて、夢魔王は「う…」と言葉に詰まる。


「…でも、あと使えそうなものといったら、昨日襲ってきたオークくらいじゃぞ?」

「え?。オークが居るんですか?」

「うむ。とりあえずそこで寝かしておるのじゃ」

そう言うと夢魔王は、後ろにある小さな倉庫を指さす。


「あっ!。オークが生きてるなら、なんとかなるかもしれないですよ、姫様!」

赤い髪のガーベラが手をパンと叩いて、目をキラキラさせながら2人を見る。

そんな先輩夢魔の姿を見て、何とも言えない不安をデイジーは感じずにはおれなかった。



【城門前に着いたのじゃ。いつでもいいのじゃ!】

【分かりました、では行きますよ。くれぐれも上手くやってくださいね、姫様】

【姫、ファイト】


(…なんか、久々の子だからなのか、デイジーは儂への敬意が足りない気がするのじゃが?)

建物の陰から、ボロの布を纏った大きな人影がノソノソ出てくる。

そしてノロノロと腕に持った片刃の斧を頭上に掲げると、そのままノロノロと城門へと進んでいく。


【ちょっと、ガーベラ!。もっと上手く操れんのか、お前っ!?】

【だって、魅了テンプテーションとか私、初めて使うんですよっ!?】

(…これは、落ち着いたら集めて魔法の修行じゃの)

夢魔王は通路の陰で、はぁと大きなため息をひとつ吐いた。



「オークだーっ!?」
「なんでこんなとこにモンスターが!?」
「キャーっ!!」

まだ早朝ながらも、そこそこいた街人が向かってくるオークに気付いて悲鳴を上げて逃げ惑う。

その騒ぎを聞いた城門前の兵士達も、オークの姿を見つけて持っていた槍を構えはしたものの、焦りの色は隠せてはいなかった。


そんな兵士達とオークの間に割って入るように、黒衣を纏った小さな人影が通路から飛び出してきた。

「オノレおーくメ!、儂が止メテヤルノジャー」


抑揚0の見事なまでの棒読みだった。

「クラエー、ウリャーッ!」

小さな人影が手を前に出すと、小走りしてたオークがパタリとうつ伏せに倒れる。

もぅお分かりだろう、飛び出してきた人影、その正体は夢魔王だ。


夢魔王は手をかざしたままオークの上に乗ると、城門の兵士へ顔を向けると、声をあげる。

「おーくヲ抑エ込ンダゾー。サァ、動ケナイ内に縛ルノジャー!」

相変わらずの棒読みだったが、気が動転してるのか、それともただ状況についていけないのか、とりあえず兵士が太い紐を持って来てオークを縛りあげた。


「───魅了テンプテーション

夢魔王は、周りの兵士にも聞こえないくらいの声で魔法を唱える。

【…ここからは儂が操る。お前達も出てくるのじゃ】

言われて、通路の陰から長身の黒衣の人影が2人追加される。

当然、ガーベラとデイジーの2人の夢魔である。


「…ええと、オークを押さえ込んでいただきありがとうございます、冒険者の方」

いきなり人影が増えて困惑したものの、兵士は一応お礼の言葉を継げる。

「儂等3人は、高名な魔法使いなのじゃ。シェイドという者の言伝ことづてで、この国の王に伝えねばならぬ事があるのじゃ。案内するのじゃ!」

演技の必要がなくなったからか、普通にしゃべり出した自分達の姫を、2人は「おー」と称賛する。

称賛を受け気をよくしたのか、夢魔王は胸を張って、再び兵士に顔を向ける。


「さぁ、早く王に会わせるのじゃ!」

 
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