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思惑

その5

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見るからに高そうな雰囲気の入り口の宿屋がある。

扉を開けるとそこは広いホールと受付があり、びしっとした正装に身を包んだ受付がズラリと並んでいた。


そんな高級感溢れる宿には不似合いの、黒衣で全身を包んだ青年と、薄汚れた感じの神官服の少女。

周囲の商人風の客たちも、あまりに場違いな二人を見てクスクス笑っていた。



周囲の反応は気にせず、青年は受付の方へと進み、少女はその後を追う。

あまりに場違いな格好の二人ではあるが、受付は接客のプロとしてきちんと対応する。

「お客様、いらっしゃいませ。『赤い雄羊亭』へようこそ。どのようなご用件でしょうか?」

「ここにアドルって商人が泊ってる筈だ。案内してくれ」


青年が言うと、目の前の受付は明らかに怪訝な目となり青年を値踏みする。

(…どう見てもまとも商人の感じではないな)

その上、アドル様はアドル商会の社長─────うちにとっても特上のお客様だ。

そんなアドル様の部屋にこんな不審者を簡単に案内するわけにはいかない。



「申し訳ございません、宿泊中のお客様の安全もございますので、あなた様のお名前などをまずお伺い出来ますでしょうか?」

「シェイドだ」
「マレット=リラシアと申しますの」

2人の名前をとりあえずメモすると、お客様に確認をするのでしばらく待つように言う。

(…こんな小汚い冒険者がアドル様のお客のはずがない)

その時に備え、小声で屈強な黒服を数名呼んでおく様に他のスタッフに指示をする。

アドル様の関係者と違うと分かったら即叩き出してやるためだ。


少しすると確認に行かせた後輩のスタッフが戻ってきた。

そしてこちらに耳打ちしてきたのは、意外にも「案内しろ」とのこと。


(…は?。この小汚い冒険者を、あのアドル様の部屋に案内させる?)

受付の男性は、あまりにも意外な返答に目を大きく見開いた。


「お前、適当なこと言ってるんじゃないだろうな?」

「いえ、間違いなく案内しろっておっしゃっておりまして…」

もちろんこの会話は、少し離れた場所で待っている2人の不審者には聞こえない程度の声量だ。



もしかしたら、あの2人組はアドル様の知人の名を語っているのかも知れない。

それで、騙されたアドル様が案内しろと言ったのだろう。

「おい、お前。ちょっと受付を代われ」

そう言って後輩に任せると、受付の男性はアドルの部屋へと走った。


部屋の扉の前に着くと、急いだ間に少し乱れた服装を整え、一呼吸入れてからノックをした。

「おう、中に入れてくれ」

「すいません、シェイド様とマレット様と名乗られてますが、明らかに不審な冒険者なので、もしや名を偽ってるのではないかと思いまして…」

受付の男性は自分の機転の良さで、事故を未然に防げたはずと確信する。

もしかしたら、厄介を未然に防いでくれてありがとうと、チップも弾んでもらえるかもしれない。

そう思うと、あやうく顔にニヤニヤが出そうになるのを、必死に自制する。


すぐに扉が勢いよく開き、アドルが出てくる。

「だから、その二人を案内しろって言ってるだろうがっ!。お前らは高い金取っておいて、揃いも揃って無能の集まりかっ!?。サッサと連れてこいっ!!」


突然、今まで見た事もないくらいに激昂したアドルに怒鳴られる受付の男性。

何度も深く頭を下げて、何が何やら分からないままホールに戻ると、すみません、すみませんとこちらでも何度も頭を下げて二人を部屋前まで案内する。

ノックをして案内したことを告げると、アドルは満面の笑みで二人を迎え入れる。

扉を閉める直前に、受付に向けた目には、明らかに怒りがこもっていて、受付の男性は扉が閉まった後もしばらく、深く頭を下げたまま扉の前で動けないでいた。


その後この受付の男性は、お客様の要求に応えずに怒らせ、店の看板に泥を塗ったと解雇されるのは、また別のお話である。



「なんかすまないな、宿のヤツが無能で。かなり待たせてしまっただろう?」

アドルは部屋に招き入れた青年と少女に謝罪する。

「アドルさんが悪いわけではないですの。そんなに気にしなくて大丈夫ですの」

「そうか、本当にすまない。しかし、今日の今日で尋ねてきてくれるとは、なんか面白い話でもあるのかい?。もしや儲け話とかな」

はっはっはとアドルは笑いながら、楽しげに話す。


「その事なんだが、お前たちは会社をやってるのだろう?。色々数字にも強いかと思ってな─────ちょっと話がある」

「…話?。冒険者の旦那が、本当に儲け話を持って来た、って事か?」

アドルの顔がきゅっと締まり、一瞬にして商人の顔になる。


「可能かどうかは分からない。ただお前が上手い事やれるならという話なんだが───」



「───なるほど、それは面白いな。もし噛めるなら是非とも噛みたい話だが、果たして国がそれを許すのか?」

「分からんが、人は損を絶対にしないならやるものだと思っているが、違うのか?」

ふむふむとアドルはうなずいた。


「じゃあ明日、旦那はその方向で話を進めて見てくれ。オレはオレのやれる準備をしておこう」

青年は頼むぞと言うと、いつの間にかソファーで寝ていた少女を所謂お姫様だっこで抱えると、そのまま部屋を出ていった。


残されたアドルは、横に居たエルフの女性2人を呼び寄せると、かなり熱の入った打ち合わせを開始するのだった。

 
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