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第七話

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 それからまた月日は流れ一九五二年。
千代は無事に嫁に行き、家には昌だけが残されていた。周りからはいつまでも結婚せずに一人でいるのを不審がられたが未だに徹司の生存確認が出来ていない為、ここを離れるわけには行かなかった。
 今日は八月十五日。
国民は自主的に家に籠り、外で遊ぶ子供もいない。そんな日でも昌は欠かさず徹司の家へ足を運んでいた。彼にとって戦争はまだ続いているのだ。
「これでいいだろう」
 全ての日課をこなし襖を閉める。衣服から匂いはもう消えてしまい、昌は徹司の匂いが分からなくなっていた。それでも、あの匂いを辿るように家へ向かい、また欲を吐き出している。
「今年も咲いたぞ、向日葵」
 庭に咲く、二輪の向日葵。縁側に座り、向日葵を見つめながら、手紙を広げる。用紙の端がかすれ始めている。それを丁寧に手のひらで伸ばし、蝉の音を聴きながら、声に出して読む。
 読み終えた後、恋人を抱きしめるように懐にしまい、自宅へと戻る。
「あれは……」
 家の門の前に誰かが立っている。背中だけでも分かるその廃れた衣服は、まるで囚人が着る様に簡素なものだ。こんなみすぼらしい人間はここいらでは見かけない、だが立ち姿ですぐに誰だか気が付く。
 待ち焦がれていた男がそこにいた。
「徹司!」
 足が怪我をする前のように動く。草履が脱げ、暑い地面に足裏を焼かれても、昌は駆け寄った。振り向いた男は、頬が痩せこけていた。しかし、紛れもなく撤司だった。
「昌ッ!」
 骨ばってしまった両腕を広げた撤司に飛び込む。撤司の匂いを吸い込み、喜びを噛み締める。
「生きていたんだな」
「ああ。ようやく、ようやく昌に会えた」
 終戦日にそぐわぬ喜びを爆発させる2人。そのまま寄り添いながら、昌の家に入り、玄関で再び抱きしめ合う。
「千代さんは?」
「嫁に行ったよ」
「……すまない。お前に千代さんを頼まれたのに俺は……」
 千代を振ってしまったことを謝る幼なじみに、昌は首を横に振った。
「いいのだ。本当は千代に渡したくなかった」
「昌……」
 昌は、想いを溢れさせ、撤司を見つめた。
「私は、撤司を好いている。ずっと、君の帰国を待っていた」
「では……昌、お前はまだ……」
「独り身だ」
 その言葉に撤司は、胸を熱くし、撤司に唇を寄せた。
「俺も昌を思い続けていた。どうすればいい? もう我慢ができそうにない」
 あれ程、見境なく身体を重ねていたのに、途端に気恥ずかしくなる2人。昌は撤司の汚れた身体を労う事にした。
「とりあえず食事と風呂だ。それからゆっくり過ごそう。もう戦争は終わったのだから」
 千代に食事の仕方から掃除全てを教えこまれた昌が甲斐甲斐しく世話をする。骨格は細いままだが、身なりを整えた撤司と、握り飯を持参して、2人は撤司の家へと向かった。綺麗にされている家を突き抜け、撤司は縁側へ。
「今年も二輪、咲かせてくれたのだな」
「ああ。君のご両親だろ」
「いや、あれは俺と昌だ」
 昌は準備していた握り飯を落としかけた。
「笑わないでくれよ。想いを伝えられない代わりに、毎年夏に寄り添わせていたのだ」
「何故、向日葵なのだ」
「花言葉がな……あなただけを見つめている……と知って」
「君がそこまで洒落ている男とは思わなかった」
「洒落ているか……どうだろうな。想いも伝えられぬ臆病な男だよ」
 撤司は、庭に出て、向日葵を撫でる。縁側に座ったままの昌は、懐から手紙を取り出す。
「千代さん宛の手紙だよ、それは」
「そういうことにしておくよ」  
 そう言って、昌も庭に出る。上をむく向日葵を一緒に眺め、静かに手を繋いだ。
「七年もよく待ってくれたな」
 シベリアに捕虜として抑留されていた日本人は徐々に解放され、徹司も七年の捕虜生活・強制労働の末ようやく解放された。そして帰国後すぐさま昌の家に向かったが留守だった。自分の恋文は届かなかったのか、それとも空襲で命を落としたのか。何も分からぬまま焦る気持ちだけを逸らせ足踏みしていると「徹司」と胸を掻き立てる声がしたのだ。
「私にとっての戦争は君の無事の帰国をもって終わる」
「では、今日、一九五二年が終戦記念日だな」
「そうだな」
 ようやく、長く苦しい不器用な敵同志を相手にした片思いが終戦を迎えた。
しかしそれは同時に新しい関係の開戦でもあった。



 

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