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第五話

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 満州に配属されてからしばらくして日本が負けた事を知らされた。顔を掌で覆い隠し泣くふりをして満面の笑みを咲かせる。

──日本に帰れる。昌に会うことが出来る。

 上官から引き上げの日程が知らされるのを今か今かと待つが、目の前に敵である連合国の兵士が現れ、徹司達日本兵は汽車の貨車に詰め込まれたのだ。まさかこの汽車が日本へ帰る港まで連れて行ってくれるのかと思ったが、それは揺られて数時間後の明朝に崩れ去った。
「朝陽だ」
 その声に顔を上げると、木製貨車の隙間から朝陽が差し込んでいた。仲間の一人がそこに顔を近づけて外の様子を伺う。
「後ろだ」
「何が?」
「後ろから太陽が昇っている」
 その言葉に徹司も、仲間たちも深いため息を漏らす。太陽が進行方向とは逆の後方から昇っているということは、自分たちは西へ向かっている。
「日本は東だ」
 わざわざ言わなくてもいい事を教えてくれた仲間に苛立ちと、そして日本に残してきた想い人を思いまた顔を腕にうずめる。
「お前は、あの手紙の意味を理解してくれているのだろうか」
 何度も愛しい男の名前を汽車の音に紛れさせながら漏らす。
 これが後世の歴史にも伝わるシベリア抑留だとは知らない日本兵を運ぶ汽車は、針葉樹林帯を抜け、彼らを過酷な労働の地へと運んでいた。
 汽車を降りてすぐ鞭で急かされ収容される。外の景色は殺風景で、撤司は、「向日葵は咲きそうにないな」とぼやく。それを聞いていた仲間が「洒落ているな」と声をかけてきた。
「日本では咲いているかもしれない。世話を好いている人に頼んできたのだ」
「ほお、それはまた。その女子おなごも必死に育てているだろう」
 日本男児だが、という言葉は飲み込む。
「しかし、どうして向日葵なのだ?」
「向日葵の花言葉ですよ」

 向日葵の花言葉──あなただけを見つめている。
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